スマートフォン版へ

『“競走能力と年齢”と“37年ぶりに流行したゲタウイルス”』JRA競走馬研究所(3)

  • 2015年08月24日(月) 12時00分
おじゃ馬します!

▲今回は「競走馬の走る能力と年齢」「競走馬の病気」ついて教えていただきます


今回のテーマは2つ! 一つ目は「競走馬の走る能力と年齢」について。今年、9歳馬のワンダーアキュートが史上最高齢でGI制覇。競走能力と年齢にはどんな関係があるのでしょうか。そして二つ目は「競走馬の病気」ついて。2007年に馬インフルエンザが流行しましたが、去年、37年ぶりに蔓延した病気があるそうで。今回はこの2つをじっくり掘り下げていきます。

(取材:赤見千尋)



(つづき)

成長のピークは4歳の秋


赤見 今年、明るい話題がありました。ワンダーアキュートが9歳にして、GIのかしわ記念を勝利。過去にはカンパニーが、8歳で天皇賞・秋とマイルCSを連勝したこともありますが、競走馬の成長曲線はどのようになるものなんですか?

おじゃ馬します!

▲9歳にしてかしわ記念を制したワンダーアキュート(撮影:高橋正和)


高橋 競走馬としての成長のピークは、4歳の秋頃だと言われています。これは、出走馬の平均速度が年齢と月によってどうやって変わるかというのを、距離ごとに、牡馬・セン馬と牝馬で分けてグラフ化したものです。

おじゃ馬します!

▲【芝競走での平均走速度と年齢】


 見ていただくと、デビューして日が経つにつれて平均速度は速くなっていって、ジグザグになりながらも、大体4歳の秋頃に平らになっているのがわかると思います。なので、ここの辺で能力が完成するんじゃないかなと言われていますね。

赤見 牡馬・セン馬の方ですけども、7歳になってもまだ高い水準をキープしているのがすごいですね。

高橋 個々の馬で見ると、4歳の秋以降は速度が落ちてくるのですが、「7歳」という集団としては、能力はある程度キープされていると言えます。例えば、牡馬の平均負担重量は4歳の夏をピークにだんだん減っていくんです。そういうハンディキャップレースですとか、別定でも軽くなっていきますので、そういうのも有利に働いて、集団としては同じようなスピードを保てるのかなと思っています。

おじゃ馬します!

▲【負担重量の推移】


赤見 一時期に比べると、古馬の活躍がすごく目立つような気がします。サラブレッドの丈夫さの進化というのもあるのでしょうか?

高橋 丈夫さについては、指標がないのでなかなか難しいんですけれども、賞金体系やレース体系を工夫して環境を整えていったのは大きいと思います。あと、案外経済状況も影響するんですよね。

 ピーク時は1万頭くらい生産していたものが、今では7000頭を切っているはずです。その分少数精鋭でより質の高い馬を生産しているんですけども、入れ替えを頻繁にやってしまってはというところはありますよね。そういう様々な事情で長く活躍できているんだと思います。

赤見 人間に例えると、馬の年齢は4がけとか4.5がけと言われます。高齢になってくると、1歳の差がより大きくなるのかなと思うのですが?

高橋 アメリカの競走馬を調べた論文(注1)に、個別に数百頭分の成績を追っていったものがあるんです。それによりますと、やはり4歳の秋頃にピークになって、その後はだんだんと能力は下がっていくんですけども、成長の上がり具合に比べると、落ち方はそんなに大きくないとされています。個体差もありますし、能力の衰えというのはそれほど急激じゃないと。

赤見 逆に、若馬の成長は動きが大きいんですか。

高橋 先ほどの図を見ますと、例えばデビューする2歳の秋頃から半年間の成長が、右肩上がりなのがよく分かると思います。

赤見 そう考えると、例えばドバイで行われるUAEダービーは、日本の3歳馬たちが挑戦しますが、なかなか勝てません。北半球産の3歳馬と南半球産の4歳馬(北半球の年齢表記)が戦うわけで、だいたい半年の年齢差がありますが、その時期の半年というのは、結構な差になるんですね。

高橋 そうですね。さらに季節変動も関係してくるんだと思います。2歳のデビューから順調に上がっているように見えますが、日本の馬は冬に走速度の伸びがが低迷するんですね。前回「競走馬全体として見ると冬は足が鈍くなって、夏の方が速く走れることがわかっています」とお話をしましたが、おそらく冬場は体重が増えるからなんです。そうすると、速度も伸びないのかなと。

赤見 夏場と違って、冬場は体重を絞りづらいですよね。

高橋 それは言われますよね。冬の間に代謝を落とす動物っていまして、冬眠状態にはなっていなくても、冬ごもりをするんですよね。野生馬の研究でも、やはり冬は代謝が落ちるんじゃないかと言われています。馬が家畜化されて歴史が浅いとしても、こんなにも野生の特性が残るものなのかなと思いますよね。

赤見 改めて、競走馬は生き物ですよね。

高橋 ええ。そうやって季節的なことも考えると、UAEダービーの時期は、日本馬にとっては冬から春ですけど、南半球の馬にとっては夏から秋にかけてですから、体重が減っているところになります。そういう影響もある程度あるのかなと思いますね。

赤見 そうすると、南半球産の馬を買ってきて、日本のクラッシックで走らせるとなると、生まれが半年遅れになりますし、なかなかこのハンディは大きいという…。

高橋 古馬になってしまえばそうでもないでしょうけど、2歳3歳の時期はそうでしょうね。負担重量でのアローワンスはありますが、先ほどの図を見比べると、負担重量と速度はあまり影響がないように考えられるんですよね。

 むしろ、負担重量はあまり関係なくて、成長が上回って速度が上がっているんじゃないかなと思われるので、そう考えると南半球の馬は3歳だとまだきついのかなというのはありますね。

デング熱流行の昨年、馬も蚊に悩まされた


赤見 話は変わりまして、馬の病気についてお聞きしたいと思います。大きなところで思い出されるのが、2007年の馬インフルエンザ。当時、凱旋門賞を断念する馬も出ましたが、それ以降大きなトピックスはあるんでしょうか?

高橋 ちょうど去年なんですけども、ゲタウイルス感染症という、蚊が媒介する病気がトレーニングセンターで流行りました。

赤見 ゲタウイルス??

高橋 はい。人間も、去年はデング熱が流行りましたよね。あれと同じで蚊が媒介する病気です。最初に見つかったのは、今から37年前の1978年でした。美浦にトレーニングセンターができて、東京競馬場や中山競馬場から美浦に移った馬たちが感染したんです。

 症状としては発疹ができて、足が腫れる浮腫が見られます。それと、38度5分から39度5分くらいの発熱ですね。すごく重症というわけではないんですけども、当時は在厩馬1903頭中722頭が発症しました。なので、競馬の出走頭数に影響が出ましたね。去年の流行は発症が33頭で、それほど大規模なものにはなりませんでした。

赤見 ゲタウイルスというのは、どんなウイルスなんですか?

おじゃ馬します!

▲「ゲタウイルスというのは、どんなウイルスなんですか?」


高橋 案外一般的なウイルスでして。アジア、オーストラリアなどに分布しています。人、馬、豚、山羊、牛、犬、鶏、一部の野鳥などに抗体がありますね。それまで、動物に病気を起こすことは知られていませんでしたが、流行を機に、馬にも病原性があるということがわかったんです。

赤見 発生してからはどんな対策が取られてきたんですか?

高橋 最初に見つかった年の翌年には、ワクチンが開発されました。それ以降、JRAの施設の在厩馬には全て接種するようになりました。ウィルスは日本全国に分布していて、毎年増えたり減ったりという波があるようです。なので常に監視しているんです。これまではほとんど増えてなかったのですが、たまたま去年は大量に増えてしまったということです。

赤見 その原因というのは?

高橋 去年に限っては、トレセン周辺の牧場にゲタウイルスにかかった馬がたくさんいたようなんですね。そのためトレセン周辺には、ウイルスを吸った蚊がたくさんいた状態だったと思います。ワクチンは、多くの場合トレセンに入ってきた時に打つんです。なので、その前はほとんどの馬が打っていないんですよね。

 基本的には2歳馬は1か月ほどの間隔で夏前に2回打つことになっています。しかし、夏に入厩すると、流行する前に1回しか打てていない馬も出てきます。2014年の場合、1回しか打てていない馬たちは、14%という高い確率で発症していました。2回以上打っていると、発症率は1.3%くらいにぐっと下がります。そのため、1回しか打てていない馬たちがいたことで、流行が拡大したと考えられます。

 ですので、今後の対策としては、トレセンではワクチン接種体制の維持と、蚊の駆除の強化ですね。それを周辺の牧場とも協力しながら、ということになりますね。

赤見 ワクチンをきちんと打つことが大事なんですね。毎年、馬インフルエンザとか複数のワクチンを打っているんですか?

高橋 現在打っているのは、ゲタウイルス、日本脳炎、破傷風、馬インフルエンザです。日本脳炎は同じく蚊が媒介するんですけど、ゲタウイルスと同じように9月10月に発症するので、その前の5月6月の年に2回打つようにしています。

 破傷風は土壌から感染するもので、年に1回打ちます。馬インフルエンザは年に2回ですね。あとは鼻肺炎の新しいワクチンが開発されたので、次にワクチンプログラムを変更して接種することになると思います。

赤見 インフルエンザは、人間の場合は毎年「何型が流行」という予測がありますが、馬インフルエンザの場合は?

高橋 馬インフルエンザは、諸外国ではいつも起こっている病気なので、日本では水際の検疫で摘発して防いでいるんです。人の場合だと毎年流行を予測してワクチンを作るんですが、馬の場合はそこまで頻繁には変えられないので、馬インフルエンザの進化にワクチンの効果がついていっているかを監視しながら、株を変えていっています。

 うちの栃木支所で研究しているんですけど、馬インフルエンザの遺伝子を調べると、系統樹というのがあるんですね。

おじゃ馬します!

▲【馬インフルエンザの系統樹】


赤見 「茨城2007」というのが、あの大流行ですか?

高橋 はい。その株です。諸外国での流行状況を見ながら、許可を取ってウイルスを輸入します。卵に摂取して抗体ができた馬の血清を入れていって、何倍まで薄くすると新しく流行っているウイルスを予防できるかを何種類も調べていく、というのを繰り返していきます。

 今までの日本のワクチンには、新しい株に少し古い株も入っていて。それで、大体は防げていたんです。2007年に流行った時も、増え方の方が多かったのでワクチンでは全部は防ぎ切れなかったんですけど、ちゃんと効いているというのは確認できていました。

 調べていくと、グレード2も最初は効いていたんですけども、一部の新しいものに効かなくなってきたというのが分かってきたので、昨年この中身を変える会議しました。それでグレード1の茨城の馬インフルエンザ株と横浜の検疫所で見つかったクレード2の進化したもの、それを新しく馬インフルエンザ株に決めたというのが最近の話題ですね。

赤見 毎年打っているワクチンというのは、日本では統一されているものなんですか?

高橋 そうです。研究は栃木支所で行っていまして、決めるのは農水省の動物用インフルエンザワクチン国内製造株選定委員会です。有識者や大学の教授などで協議して決めています。

赤見 馬インフルエンザって1種類だと思っていたんですけど、人間と同じなんですね。

高橋 同じですね。どんどん遺伝子が変わっていくのが、一番怖いことです。馬インフルエンザは、生命には関わらないことがほとんどですが、伝染力が強いので発熱すると大規模になりますからね。競馬開催の大きな脅威になりますので、常に監視をして、未然に防ぐことが大事だと思っています。(つづく)

注1:The Effect of Age on Thoroughbred Racing Performance.
Gramm, M. and R. Marksteiner, J. Equine Sci., 2010. 21(4): p. 73-78.

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング