スマートフォン版へ

静内農業高校に行く

  • 2015年09月16日(水) 18時00分
静内農業高校

静内農業高校の馬厩舎


公立高校の生産馬がJRA育成馬になるのは初めての快挙で、ひじょうに心温まるニュースであった

 先月開催されたサマーセールにおいて、静内農業高校で生産し育成された「夏羽月=うづき」号(1歳牝馬、父サマーバード、母ゴートゥザノース)がJRA育成馬として378万円(税込)で購買され、去る9月1日に浦河のJRA日高育成牧場へと無事に入厩した。

 今後は、初期馴致からスタートし、来春、中山競馬場で開催予定のJRAブリーズアップセールを目指して調教を積まれて行くことになるが、公立高校の生産馬がJRA育成馬になるのは初めての快挙で、セリを見ていてもひじょうに心温まるニュースであった。

 その静内農業高校とはいったいどんなところなのか。またどういう環境の下で、サラブレッド生産が行われているのかを今回見せて頂いた。

 正式には北海道静内農業高校という。新ひだか町静内田原の、桜並木で有名な二十間道路を北に向かって進むと、レックススタッド、アロースタッド、JBBA静内種馬場などを左右に見ることができる。最初の信号を右折すると静内農業高校である。

 厳密にいえば、二十間道路を挟んで、両側に敷地が広がる。総面積は約50ヘクタール。馬や牛の他、草地、畑などが多くの面積を占めており、校舎及びグラウンドなどはそのうちのほんのわずかの面積でしかない。

 馬のいる厩舎は、正門から入った奥に位置しており、背後に、角馬場を備え、馬術部がそこで練習する。近くには牛舎もあり、牛が計24頭飼育されている。また馬は乗馬が7頭、育成馬2頭、繁殖牝馬1頭の計9頭である。

 もともとこの高校は、静内高校農業科として発足し、昭和53年(1978年)に分離独立して北海道静内農業高校となった。当初は農業科、畜産科、林業科、生活科に分かれていたが、平成18年から食品科学科、生産科学科の二本立てに再編され現在に至る。

 それぞれ1クラスずつで、全日制のみ。166名の生徒が学ぶ。馬に関わるのは、生産科学科である。2年次より「馬コース」と「園芸コース」とに分かれ、馬学一般や馬利用学(基本的な性質や扱い方、乗馬の基礎などを学ぶ)が授業の一環としてメニューに入って来る。

 そんな授業のひとつ(実習といった方が正しいか)として、実際にサラブレッドを使って、交配から出産、離乳、馴致と実馬で学んで行き、集大成としてセリに生産馬を上場し、売却するまでがおおよそのサイクルだという。指導する池田幸治教諭は同校に赴任してからこの道36年の大ベテランで、学校の歴史と教員としてのキャリアがほぼ重なる。

 その池田教諭によれば「まず1年生では交配して胎児の状態、2年生で出産して離乳、3年生になってセリ上場を経験させるのが理想的な流れです。今年のサマーセールでは、担当の3年生4人が中心になって仕上げ、セリに臨みました」そして、上場の結果が出て、何もかもがうまく行った。

 現在、繋養している繁殖牝馬はゴートゥザノース1頭のみなので、放牧は他の乗馬と一緒にしている。厩舎に近い放牧地の他、二十間道路を挟んだ西側には、計3面(各1ha)の放牧地を有しており、馬にとってはかなり贅沢な環境である。つい先日、今年生まれた当歳(叶夢=かのん、と名付けられている。父バゴ、4月17日生まれ)を離乳したばかりとあって、ゴートゥザノースは少し離れた別厩舎に移されていた。

 たった1頭の繁殖牝馬だから、他の当歳と一緒に離乳はできない。そういうハンデを克服するべく、この学校では、日頃から繁殖牝馬の馬房の前の廊下に当歳を出し、反対側の馬房にいる乗馬と絶えず顔を近づけて馴らしておき、離乳時は母馬だけを別厩舎に連れて行く方法を採っている。当歳はその“乳母役”の乗馬と一緒に放牧する。そうすると、当歳にかかるストレスが最小限に抑えられるというのである。

 何せ、生徒が授業の一環で扱うサラブレッドだから、手はかかっている。削蹄や治療などはさすがに教師や獣医師が行うものの、たいていの作業は生徒が自ら率先してやる。

 厩舎の中を見せて頂いた時に、馬房に敷く寝ワラの整え方がとても丁寧に均してあり、びっくりしてしまった。池田先生曰く「これも授業の一環です」とのことで、見た目のみならず、ワラの密度まで均一にしてあるかどうかもチェックされるのだという。人間でも寝転がりたくなるくらいに素晴らしい「ベッドメーキング」であった。

素晴らしい「ベッドメーキング」

人間でも寝転がりたくなるくらいに素晴らしい「ベッドメーキング」であった



 全国でここだけにしかない馬コースで学ぶべく、地元以外の、道内各地や遠く道外から来ている生徒も少なくない。通学できない生徒の多くは敷地内にある男子寮に入り、朝5時半の飼い付けはこれら寮生の仕事だという。

 このまま順調にいけばまた来年のサマーセールには、バゴ産駒の牝馬「叶夢=かのん」が上場されることになるだろう。そして、日高育成牧場に入厩し調教が始まっている「夏羽月=うづき」の動向も気になるところだ。

「叶夢」号と池田教諭、生徒のみなさん

来年のサマーセールに上場されるであろう「叶夢」号と左から池田幸治教諭、江鳥丸(こうまる)未歩さん、酒井優花さん、桜井翔(かける)君、早川魁人(かいと)君、内山蓮さん



 もちろん、馬のみならず、静内農業高校は、乳製品製造や花卉栽培、畑作など、学習内容は多岐に及ぶ。機会あらばぜひもう一度訪れてみたい高校である。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング