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実況の神様の愛弟子! 竹之上次男アナの奮闘

  • 2015年10月13日(火) 18時00分
竹之上次男アナウンサー

竹之上次男アナウンサー(撮影:大恵 陽子)



竹之上次男アナ「吉田節も全部吸収して自分のものにしたいと思ってます」


赤見:竹之上さんは“実況の神様”と呼ばれる吉田勝彦アナウンサーのもと、園田・ひめじ競馬で実況をされているわけですけれども、どういう経緯で入ったんですか?

竹之上:もともと競馬が好きで、実況を聞いているとすごく盛り上がるので、そういう形で自分も手伝えたらいいなと。それで、ラジオNIKKEI主催のレースアナウンサー養成講座に行ってて、半年間のカリキュラムを終えた頃にちょうど吉田さんが新人を募集してはったんです。その時は吉田さんのことも、園田競馬のことも正直あんまりよく知らなくて。たまたまたどり着くことができたわけやけど、今思うと本当に良かったですね。

赤見:実際に入ってみてどうでしたか?

竹之上:難しかったですね。初めて実況した時のことは今でもよう覚えてます。めちゃくちゃ緊張したんですけど、その時は意外と吉田さんに褒められたんですよ。「じゃあ次もいってみな」って言うてもらってやってみたら、もうボロボロで。調子に乗ったらあかんかったなと思いました(苦笑)。

赤見:そこから実況アナウンサー18年目になったわけですが、大事にしているポリシーは何ですか?

竹之上:聞いている人が聞き取りやすいように、邪魔をしないような実況をしたいんです。実況って、いらんこと言うたら見たものを見えなくさせてしまうくらいの力があると思ってて。だから極力邪魔にならないよう、自分のしゃべりは記憶に残らないくらいでいいんです。なんとなく伝わったなというのがあれば良くて、何か言葉の表現によって、聞いている人に自分をアピールするような言い回しはしたくないんです。

赤見:たまにポロっとインパクトがあることも言いますよね? 兵庫サマークイーン賞(7/24園田10R)でエーシンサルサがゴール板に入った直後の「よくやった! エーシンサルサ」というフレーズは印象的でした。

竹之上:たまにの方が効果的なんですよ。スタンダードな基本がないとあかんというか、常になんか言うヤツなんやってなるとハードルも上がるし、いらんことを言うようになるじゃないですか。必要最小限のところを過不足なくしゃべる、その上で言うてもええやろなということをプラスするという風に意識してます。

赤見:地方競馬は専属の実況アナウンサーがいることが多いですけど、その分そのアナウンサーの色が出やすいというのも一つの特色だと感じているんですが。

竹之上:もちろん、それはありますよ。関係者は仲間やから、仕事仲間をあんまり悪いように言いたくないし、例えば出遅れたりとかしたらあんまり大きい声で言いたくなくて、フォローするような表現をしたいと思ってます。勝った時にはこういう状況やったけど苦労して勝ったんやっていうことを伝えたいし、ヤジったりするのもええけど、勝った時にはちゃんと称えてくれよという。そういう気持ちを言葉で誘導したいなとは思ってます。地方は一つの競馬場が小さいサークルなので、関係者との仲間意識は強くなりますよね。

赤見:地方の実況アナウンサーの方もいろいろなタイプの方がいらっしゃいますが、その中でも竹之上さんは関係者と近い感じがします。

竹之上:それは、場所的なこともあると思いますよ。実況席から検量室まですごく近いので、すぐに行って取材することができるので。競馬場によってはかなり遠い造りの場所もありますから、園田は恵まれました。実況もそうなんですけど、僕はインタビューをする時が、騎手との距離という意味では一番大きいと思うんです。自分だからこそ聞ける質問、聞きたい質問というのは、実況より強いですね。インタビューは会話やなと思うんです。聞きたいことばかりじゃなく、これどうですか? だけではなく、普段ずっと話している仲間やし、会話を聞いて欲しいです。そういう意味ではインタビューの方が面白味があるかもしれないですね。

赤見:去年行われた、吉田さんのギネス認定受賞式典(レーストラックアナウンサーとしてのキャリアの長さ世界最長で、1955年10月1日〜2014年6月13日の期間58年256日として認定)の時には、たくさんの方々を呼んだり、全国に飛んでお祝いメッセージを収録したりと、当日を大いに盛り上げましたね。

竹之上:吉田さんにはまだまだお返しできてないけど、お返しせなあかんという気持ちが強いです。誰かが動かなあかんていったら2番手の自分やから。どないかしていいセレモニーにしたいなと思って東京へ行ったり、たくさんの方に協力していただきました。お蔭で本当に盛り上がって、僕も嬉しかったです。

赤見:ギネス記録を持つ吉田さんの2番手ということで、プレッシャーはないですか?

竹之上:プレッシャーはゼロです。だって吉田さんは吉田さんやし。見方も全然違うし、吉田さんと常に比較されるわけじゃないので。だって、同じレースを2人がしゃべることはないですから。園田でマイクの前にいるのは3人(吉田アナウンサー、竹之上アナウンサー、三宅きみひとアナウンサー)のうちの誰か1人、常にそうです。吉田さんがしゃべってくれたらいいのにっていうのはもう想像でしかなくて。僕がしゃべるからしゃあないっていうしかないんです。

赤見:吉田さんはどんな存在ですか?

竹之上:うちの亡くなった父親と同い年なんです。だからね、なんか親子みたいな感じなんですよ。なんていうか、上司と部下とかいう関係ではない気がします。言い合いもあったし、反発することもあったし、いろいろあったけど仲はめっちゃいいですよ。

竹之上次男アナ

吉田勝彦アナウンサーと竹之上次男アナウンサー(撮影:大恵 陽子)



赤見:吉田さんの教えで大事にしていることは何ですか?

竹之上:いろんなこと聞いて来ましたね。でも教えるっていうのは滅多にないんですよ。こうしゃべるべきやとか、こうやった方がいいって言われるのは滅多になくて、そばでずっと聞いてて、なるほどこうやるんやなって覚えていくんです。吉田節も全部吸収して自分のものにしたいと思ってます。吉田さんが言うフレーズや雰囲気を僕がしゃべったらもう吉田節でもなんでもなくて、だからちょいちょい真似してますよ(笑)。吉田さんには、僕が思ってた競馬の実況と違う実況を教えてもらいました。こんな実況あんねやって、今でもすごく勉強になってます。実況の表現ていうのは、直線に入ったら声を張って、レースを熱く伝えると思ってたんです。でもそうじゃなくて、人気の馬が勝つ時には、「この馬が勝つのはしょうがないんですよ」って諭すような実況、この馬を買ってない人にも引導を渡すようなね、だから逆にトーンを下げたりして。そういうのもあるんやなっていう、いろんな表現方法を教わりました。ラジオNIKKEIで学んだスタンダードなことも役立ってますし、吉田さんの、ご自身では我流って言ってはるけれども、藤本義一先生の言葉で「我流も極めれば一流や」っていう、そういう吉田さんがそばに居てくれるありがたさを感じてます。

 最近嬉しかったことがあったんですよ。園田のイベントでプロレスをよくやってて、関本大介選手に勝つため吉田さんを引っ張り出して、吉田さんがチョップして僕が倒すっていうシナリオを作ったんです。僕が「うちの若いもんになにすんねん! ギネス世界記録チョップや言うてチョップして下さい」って言うたら「わかった」言うてはって、でも本番で、「関本!うちの弟子になにしてくれてはんねん」てチョップしたんですよ!これまで18年お付き合いをさせていただいて、僕のこと弟子って言ったのその時が初めてやったんです。「うわ〜弟子って言いはった」って感動しました。僕もね、師匠って言うたことないんですよ。なんだかおこがましい気がして。弟子っていうてくれはったんはものすごく嬉しかったです。思わず口を突いて出ただけかもしれへんけど、弟子って思ってくれてるんやって。

赤見:プロレス中にそんなことがあったとは…。いい師弟愛ですね! それでは、今後の目標を教えて下さい。

竹之上次男アナ

「どんどん幅を広げていって、そういう場で園田競馬の広告塔としていろいろ伝えていきたいです」と語る竹之上次男アナウンサー(撮影:大恵 陽子)



竹之上:競馬実況アナウンサーの幅を広げたいというのはあります。例えば最近で言えばプロレスもやったり、競輪や他競技のイベントに出たりしているので、どんどん幅を広げていって、そういう場で園田競馬の広告塔としていろいろ伝えていきたいです。今の園田は勢いのある馬や騎手が大勢いるので、たくさんの方に注目していただきたいです!

常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30〜)に出演中。

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