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吉田豊騎手(4)『ドーベルの最後の仔に騎乗する日を心待ちに』

  • 2015年10月26日(月) 12時00分
おじゃ馬します!

▲吉田豊騎手のインタビュー最終回、メジロドーベルとのほっこり秘話を明かします


今回が吉田豊騎手のインタビュー最終回です。ラストのテーマは、吉田騎手と大久保洋吉先生の今のご関係について。20年来の師弟関係ではありますが、そこには変わらない確固たるものがあると言います。そして最後には、メジロドーベルとのほっこり秘話も明かしてくださいました。

(取材:赤見千尋)



(前回のつづき)

大久保先生と男2人でする話は…


赤見 大久保先生とは今でもお会いになるんですか?

吉田 そうですね。競馬場に来ることがあるのでそういう時に。自分の管理していた馬が今でも走っていますから、気にかけてるみたいです。

赤見 今の吉田騎手にとって、先生はどういう存在ですか?

吉田 やっぱり“先生”ですよ。師匠ですからね。騎手を辞めたとしても、仮に調教師になったとしても、それはずっと変わらないと思います。

赤見 去年お話を聞いた時に、「今でも怖いです」とおっしゃっていましたが。

吉田 怖いのは今でも(苦笑)。怖いというか、何かの話題がない限り、自分からは話かけられないですね。だから先生と2人でいる時なんて、先生から話しかけられないとシーン…ですよ。自分がそういう性格なのかもしれないですけど、全然しゃべれないですね。常に師匠と弟子という感じです。

赤見 男2人でエッチな話とかしないんですか(笑)?

吉田 ないない、全くないです! ほぼ仕事の話しかないですもん。

赤見 そうなんですね。本当にもう、一本筋の通った師弟関係という感じですね。どこか先生と似てる部分はありますか?

吉田 似てる部分は……、あまりないとは思いますけど、ガーッと怒鳴ったりするのは似ているのかもしれないです。

赤見 えっ、吉田騎手も怒鳴ったりするんですか!? あまりイメージがなかったです。

吉田 普段はそうではないんですけど、競馬で熱くなっちゃったりすると。カーッとなる矛先は、下にはあまりいかなくて、どっちかっていうと上にですね。それこそ、裁決だったり。「いやいや、僕は間違ってない!」って、食ってかかっちゃうんです。先生も裁決で「ああでもない、こうでもない」ってやってましたから、そういうところは先生に似ているかもしれない。

おじゃ馬します!

▲「吉田騎手が怒鳴ったりするなんて、イメージがなかったです」


赤見 振り返ってみると、自厩舎で重賞19勝。これはすごい数字ですよね。「自厩舎で重賞を勝ちたい」って言う騎手も多い中で。

吉田 数字自体がすごいのかはわからないですけど、やっぱりうちの先生はすごかったですよ。そういう強い馬が出るっていうか、厩舎一丸で馬を強くするというムードがあったんですよね。フリーになってみて、「うちの厩舎ってやっぱりすごかったんだな」って改めて思いますもんね。

赤見 それは、調教のやり方などから?

吉田 そう。そのやり方がいいのかはわからないですよ。山(坂路)三本というのは、結構ハードな調教だったんです。だから「この馬が3本乗ったら、絶対にだめになっちゃう」と思うこともあったんですけど、先生は「いいから乗れ、いいから乗れ」って。案の定、1回馬がガタッと来るんですけど、その後だんだんとシャキっとしてきて力がついてきて、いつの間にか「この馬、良くなったね」ということが結構あったんです。

 中にはついてこられない馬もいたんですけど、このしごきについて来られない馬はしようがないって割り切っていました。そういうところもすごかったですしね。先生独自の考えですよね。

赤見 何か先生に言われてうれしかった言葉はありますか?

吉田 言葉ではないんですけど、握手かな。勝って先生と握手したことって、あまりなかったんです。それが、最後にそういう機会があって。あの時は何とも言えない感じでした。

赤見 言葉ではないんですね。

吉田 そうですね。言葉だと厳しいものしかなかったですからね。でもそれも、僕にはプラスになっていると思います。今の時代って、言わない先生が多いんです。「乗り方は任せる」、競馬が終わってからは「仕方ないね」と言われて、何も言わずに次は乗り替わりみたいな。でもうちの先生は、「何でああ乗ったんだ」「何でそうしなかったんだ」って、ああだこうだ怒るんですけど、「次はちゃんと乗れよ」ってまた乗せてくれましたからね。

赤見 何がダメだったのが言ってもらった方が。

吉田 そうすれば、自分としても「もっと考えて乗らなきゃいけないんだな」って思うじゃないですか。最後の最後まで、自厩舎の馬に乗るのが一番緊張していましたよ。「先生に怒られないようにしっかり乗らなきゃ」って。そうすると展開もそうですし、よく考えて乗りますよね。

赤見 そういう積み重ねの賜物なのか、今年の成績がものすごく好調ですよね。

吉田 勝ち星は、そうですね。先生が辞める前に、周りの先生に声をかけてくれていたのもありますし、たくさん乗せてもらっていますから。今までは大久保厩舎所属でしたが、今はいくつかの厩舎の所属みたいな感じなんです。うちの先生や、今かわいがってくれている先生方への恩返しとしても、いい騎乗をして1つでも多く勝ちたいです。

メジロドーベルとの再会


吉田 最後にひとつ、フリーになってよかったなと思ったことがありました。フリーになって時間の自由がきくようになったので、ドーベルに会いに行ってきたんですよ。

赤見 会ったの、久しぶりですか?

吉田 10年ぶりくらいじゃないですかね。何かで北海道に用事があった時に、1回だけ会いに行ったことがあるんですけど、それ以来です。変な話もう21歳なので、いつ何があってもおかしくないじゃないですか。だから会える時に早く会いに行きたいなと思っていて。

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▲21歳になったメジロドーベルとの再会について語るふたり


赤見 フリーになられて真っ先にされたんですね。素敵なお話。

吉田 いや〜、すっかりおばあちゃんになっていましたよ。「こんなになっちゃうのかな」と思ってね。でも牧場の人は、「ここ最近すごく元気なんですよ」って言ってましたね。もちろん僕のことは、全然覚えていないですよ。ふと耳を絞ったり、そういう姿を見たら、「うわ〜、あの頃のドーベルだ!」と思ってね。なんだかうれしかったです。今年の種付けが最後らしいんですよ。

赤見 何がついているんですか?

吉田 ルーラーシップだったかな。その仔は牧場の方が自分でやりたいみたいで、「お前に乗せてやるからな」って言ってくれて。産まれたら見に行きたいなと思っているんです。すごく楽しみですよね。そういう馬がいてくれると、張り合いも出てきますし、まだまだ頑張らないといけないです。(了)

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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