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【特別企画】小島茂之調教師 キョウエイボーガンとの再会(2)

  • 2015年11月03日(火) 18時01分
第二のストーリー

▲小島師が育成牧場で働いている時に出会ったキョウエイボーガンと再会


(前回のつづき)

本当はミホノブルボンのファンだった


 昼下がり、キョウエイボーガンと仲良しのルージュが馬場へと放たれた。しかし走り出すわけでもなく、2頭はのんびりと柔らかな日の光を浴びている。

「実はね。僕、キョウエイボーガンはあまり好きじゃなかったんですよ、(ミホノ)ブルボンが大好きだったから」と、乗馬クラブアリサの中山光右さんは言った。

「菊花賞ではブルボンの三冠がかかっているから、記念にブルボンの単勝を買おうと思ったの。でもそれはやめて、ライスシャワーと組み合わせて勝ったから結局馬券は取ったんだけど(笑)。でもその時はやっぱり勝たせたかったというのがありましたよね、ブルボンに。

そのブルボンの三冠を邪魔したと言われたこの馬がウチに来たんですから。それで18年くらい付き合っている。それを考えるとおもしろいよね。でも可愛いから、あいつは(笑)。最近馬を馬房から出す時に、よだれをワーッとくっつけてくるんですよ。ブラーンと出ているよだれを、馬を引っ張り出した時に僕にこすりつけて拭くの。悪知恵が働くんだよね(笑)」

 そう話す中山さんの笑顔が優しい。

第二のストーリー

▲「ブルボンが好きだったのに、三冠を邪魔したと言われたこの馬がウチに。おもしろいよね」


 キョウエイボーガンが今ここにいるのは、1人の女性ファンが行動を起こしたからだった。その女性は「生後7か月で母馬を失い、母の分まで生きるために菊花賞に出走する」というボーガンについて書かれた週刊誌の記事を読み、菊花賞をテレビで観戦していた。そして逃げるボーガンの姿に心惹かれた。引退したボーガンの居場所を突き止めた時には、屠殺が間近に迫っていたという。

 女性に買い取られたボーガンは、まず高知県の土佐黒潮牧場で第二の馬生をスタートさせ、現在もその女性の愛馬としてここ乗馬クラブアリサで穏やかな日々を過ごしている。その女性が週刊誌の記事を目にしなければ、さらには菊花賞を観戦しなければ、ボーガンはこの世には存在していなかっただろう。そう考えると、馬の運命の不思議を感じる。そして育成時代のほんのひととき跨っただけの馬が小島調教師の中で特別な存在になり、二十数年の時を経て再会したというのも、運命の導きを感じずにはいられない。

「育成時代は力でゴーンと行くタイプで、柔軟さというよりは何と言うのか気持ちが強くて。小さかったですけど、根性が本当に凄い馬だったんです。ここ来た当初は、どうだったのですか?」

 小島師は乗馬クラブアリサにやって来た頃のボーガンについて、中山さんに尋ねた。

「来た時は、なかなか捕まらなかったんですよ。ちょっと人嫌いなところがあったのかなあ。それにパワーがすごくて、引っ張っていく馬でね。持っていかれちゃうもんね。でもこの小さい体でよく走ったよね」(中山さん)

 現役を退いてもなお、競走馬時代の片鱗を随所に見せていたことが窺える。

第二のストーリー

▲キョウエイボーガン(右)とルージュ(左)、仲良し2頭でのんびりと過ごしている


小島師からボーガンへのプレゼント


 馬場で乾草を食むボーガンを前に「コンデションが良さそうですね。もっとおじいちゃんっぽくなっているのかなと思ったんですけど」と小島師がつぶいた。確かに馬場までの足取りもしっかりしていたし、27歳(旧馬齢表記、現26歳)という年齢を考えれば矍鑠(かくしゃく)という表現がピッタリだった。しかし、体調が悪い時期もあったと中山さんは言う。

「一昨年でしたかね。どこが悪いかはっきりしなくて、たまたま日獣(日本獣医生命科学大学)の馬術部で教えていたから、馬の血液を持って行って調べてもらっても別に異常はなくて、ツメから来ているのではないかということでね。元々、裂蹄がひどかったんです。それで少し僕が乗り運動をやって、まあ柔軟運動だけですけど。

横運動をやるようになってから、ゴツゴツしていたのが治ってきたら、急に体調が回復してきたんです。年ですから去年あたりからは曳き運動だけですけど、運動していないとだめですよね。放牧だけだと歩かないですから。僕の運動にもなると思って、1時間ほど曳き運動をしているんです」

 ボーガンの馬房は他の馬より広めなのだが、これにも理由があった。

「年を取った馬は、広いところに入れています。自由に歩けて運動ができるでしょう? 雨が降ったら、この中でグルグル、グルグル引っ張って歩いたりとかね。やはり動かして血行をよくするのが一番ですよね」(中山さん)

 中山さんが言うように体を動かせば、血行が良くなり、代謝もアップする。筋肉の衰えも少ない。ひいては、若さを保つことに繋がっていく。また飼料にもこだわりがあった。

「畑を借りて牧草も作っているんですよ。その牧草の季節が過ぎて、他の牧草をやるとしばらく食いが悪いんです。僕、馬の食べ物はケチケチしないから、一番高い牧草を頼んでるんだけどね。作っている牧草の方が美味しいから、それを食べちゃうとどうしてもね(笑)」

 1時間の曳き運動に広い馬房、手作りの牧草と馬のためには労を厭わない。中山さんの心意気と馬への深い愛情が伝わってきた。

 小島師は、ボーガンのためにお土産を持参していた。馬が退屈しないように、馬房に吊るしておく直径22センチほどのリンゴ型のビッグレッドアップルと、馬房内や放牧地に転がしておく直径25センチほどのジョリーボールという馬用の玩具だ。小島師はジョリーボールを手に馬場に入り、2頭のそばに置いた。

第二のストーリー

▲小島厩舎でも使っているという馬用の玩具をプレゼント


第二のストーリー

▲2頭の近くにそっと置いてみると…


 2頭はチラ見するものの、乾草を食べるのに夢中で残念ながらボールで遊ぼうとはしなかった。小島師はボーガンのそばにしゃがみ込んで、2頭が顔を寄せ合って乾草を食べる様子を眺めている。秋の柔らかな日差しに包まれたその光景は、何とも言えず幸福感が漂っていた。

「季節の変わり目になると、年に1回、必ず興奮する時があるんです。闘争心がむき出しになって、小さいけど力があるから、もうグワーンという感じで引っ張り切れなくなっちゃう。馬房の中でもグルグル回ったりね。春から夏になるとか、気候が安定しない季節の変わり目に、4日間くらいかな。それが過ぎると収まるんですけどね」

 中山さんが語る、ボーガンの年に1回の異変。中山さんもその理由は明確にはわからないとしながらも「昔を、現役時代を思い出すことがあるのかな…」と付け加えた。ボーガンは、その言葉を聞いているのかいないのか、小島師がプレゼントしたジョリーボールを横に、なおも無心に乾草を食べ続けているのだった。(了)

(取材・文:佐々木祥恵)



※キョウエイボーガンは見学可です。

〒377-0302 群馬県吾妻郡東吾妻町岡崎1642-1
電話 090-1610-4668
展示時間 9時〜17時
見学の際は、前日までに連絡をしてください。

乗馬クラブアリサ HP
http://www.riding-stable-arisa.com/

引退名馬 キョウエイボーガン
https://www.meiba.jp/horses/view/1989104392

※参考文献
『逃げ馬物語 逃走者への鎮魂歌』柴田哲孝著 アミューズブックス

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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