スマートフォン版へ

スマイルジャックに会ってきた

  • 2015年12月12日(土) 12時00分


 静内のアロースタッドに繋養されているスマイルジャックに会ってきた。

 その日、12月10日はひと月ほど季節を逆戻りさせたような陽気だった。周辺に雪は積もっていないし、日中の最高気温が10度にもなり、北海道にいることを忘れてしまうほどだった。

 スマイルは、前に私が来たときと同じく、シニスターミニスターの奥の放牧地にいた。

「スマイル、スマイルー!」

 呼びかけても、耳ひとつ動かさず、顔を下げて草を探している。

熱視点

放牧地にて。筆者の呼びかけを無視して草を探すスマイルジャック。


 ギロリと目だけでこちらを見る。

 相変わらず愛想がない。

 仕方なく遠目の写真を撮っていると、不意に顔を上げ、こちらに歩いてきた。

 ――そうか、スマイル。おれと遊びたくなったのか。

 と思ったのは、ぬか喜びだった。

 ふり返ると、前日から担当になった志賀美信(よしのぶ)さんが、曳き手綱とニンジンを手に近づいてきていた。

 スマイルは、早く厩舎に帰りたいから出入口まで来ただけだったのだ。

熱視点

筆者を見ているのではなく、その後ろの志賀さんを気にしていたスマイル。


 のっし、のっしと歩くスマイルは、先週見たキズナ同様、思っていたより引き締まった体をしている。

 11月16日に計量した数字を見せてもらうと552kgだった。現役時代、500kgほどで競馬をしたこともあるので、1割ほど増えただけだ。

 主任の本間一幸さんによると、来春の種付けに向けて、ロンジングなどの運動を始めているという。

 馬房に入ると、入口近くに置かれていた草を黙々と食べはじめた。2、3分もしたら顔を上げるだろうと見ていたら、10分、20分と経過しても、バリッ、ボリッと草を食いつづけている。

「この時期、放牧地には何も生えていないので、お腹を空かせて戻ってくるんですよ」と志賀さん。

熱視点

20分以上この姿勢で草を食べつづけた。


 隣の馬房のスーパーホーネットや、奥のシニスターミニスターなどは、何度か休憩して窓から顔を出したりしているのに、スマイルは、意地になっているのかと思うほど、同じ姿勢でバリッ、ボリッとやっている。

 午後1時半を過ぎたところだった。

 馬房の扉の脇には、ファンから贈られたお守りが下げられている。

熱視点

ファンが多いので、お守りのほか、千羽鶴など、いろいろなプレゼントが届けられるという。


 水を飲むとき、反対側の窓から顔を見せただけで、また黙々と食べつづける。

 1時間ほど経ったとき、削蹄のため馬房の外に連れ出された。

 雪が積もると減りが少なくなるので変わってくるが、だいたい月に1回ほど削蹄し、減ったり、ひろがってしまったところを調整しているのだという。

 志賀さんに口を持ってもらい、装蹄師さんに爪をカットしてもらう間、暴れることもなくおとなしくしていた。文句がありそうな顔をして、嫌々じっとしているのがわかって、可笑しかった。

熱視点

装蹄師に削蹄してもらう。何か言いたげにカメラを見るスマイル。



「左前の蹄叉(ていさ)腐乱、ケアしておいて」と装蹄師さん。

 洗い場につながれ、志賀さんに、マッサージにも見えるブラッシングをしてもらってから、爪の手当てをしてもらった。

「この時期は下が湿っているので、こうなりやすいんです」と、志賀さんは、薬をつけた脱脂綿を蹄に詰めた。

熱視点

向かって右がタイキシャトル、中央がスマイルジャック、左がサウスヴィグラス



熱視点

志賀さんにたてがみを切ってもらう。


 たてがみを揃える程度に切ってもらい、馬服を着せられて馬房に戻った。

 来年はどのくらいお嫁さんが来そうか、志賀さんに訊くと――。

「初年度の頭数と同じくらいになるのが普通なので、やはりひと桁ですかね」

 今年は4頭だった。何とか、その倍、いや3倍、もっと……となってほしいのだが、そう簡単ではない。

 本間さんはこう言う。

「まず、初年度産駒の出来不出来、次にセリに行っての取引状況、そして、レースに出ての結果によって変わってきます」

 つまり、評価が変わるには、年の単位で時間を要する、ということだ。

 ところで、年明けに2016年版が出るとのことだが、ここアロースタッドの2015年版のスタリオンブックをひらくと、巻頭に近い6、7ページにスマイルが出ている。新種牡馬ということで、表紙にも写真が載っている。私は、このスタリオンブックを持っていたつもりだったが、「つもり」だけで、見たのは初めてだった。スマイルが新たな立ち位置を得た証を手にしたようで、ちょっと感動した。

 ここに「代表産駒」として、できれば小桧山悟厩舎で重賞を勝つような馬の名が載る日が来てほしい。それを夢見ながら、またスマイルの顔を見に行きたい。

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング