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今年は何の年?

  • 2016年01月09日(土) 12時00分


 今年は、根岸競馬場が開設150周年、馬事文化財団が創立40周年、そして、武豊騎手がデビュー30年目を迎える節目の年だ。

 武騎手がデビューした1987(昭和62)年は、日本中央競馬会がCI戦略で「JRA」の略称を用いるようになった年でもある。中嶋悟さんが日本人初のフルタイムF1ドライバーとなったのもこの年で、世は未曾有の「レースブーム」へと突入していく。売上税(のちの消費税)反対の集会が各地でひらかれたり、国鉄がJRになったり、岡本綾子さんが全米女子プロゴルフで初の外国人賞金女王になったのもこの年のことだった。

 横浜・根岸の「馬の博物館」や、東京競馬場の「競馬博物館」、東京・新橋と大阪・梅田の「Gate J.」などを管理運営する馬事文化財団が設立されたのは1976(昭和51)年。中国で天安門事件が起き、日本ではロッキード事件で田中角栄元首相らが逮捕された。「記憶にございません」が流行語になり、当時小学校6年生だった私もよく口にしていた。

 と、このあたりまでなら、どのくらい前のことだったのか、実感を伴って思い出したり理解することができるのだが、150年前となると、もう「歴史上の出来事」という感じがする。

 日本初の本格的な洋式競馬場である根岸競馬場が竣工したのは、1866年12月、元号で言うとひと月ズレた慶応2年11月のことだった。「横浜競馬場」とも呼ばれたここで競馬が開催されたのは翌1867年の1月。同年11月に大政奉還が成立した。日本史の勉強で、「江戸の人は虚しい(ヒトハムナ=1867)」と覚えた時代のことだ。

 日本で洋式競馬、いわゆる「近代競馬」が初めて行われたのは、根岸競馬場竣工に先立つこと4年、1862(文久2)年の春のことだった。横浜居留地にいた居留外国人のレクリエーションとして横浜新田(現在の中華街)で行われた競馬が最初とされている。

 話を根岸競馬場に戻すと、明治天皇は、1873(明治6)年10月に西郷隆盛を従えて行幸したのをはじめ、1899(明治32)年5月まで根岸競馬場に14回も行幸している。1880(明治13)年には「The Mikado’s Vase Race」が行われ、天皇から金銀銅象嵌銅製花瓶が下賜された。これが天皇賞の起源である。

『宮本武蔵』『三国志』などで国民的作家となった吉川英治(1892-1962)は根岸競馬場の近くで生まれ育ち、競馬場に向かう天皇のオープン馬車を、道端で日の丸の小旗を振って見送った。吉川少年はまた、近くに住んでいたスター騎手・神崎利木蔵に憧れ、騎手になることを夢見た時期もあったという――。

 馬券が黙許され、日本に初めての競馬ブームが訪れたのは、1906(明治39)年から08年にかけてのことだった。根岸競馬場では、それより早い1888(明治21)年から治外法権的に馬券が売られており、主催した日本レースクラブの財政は潤沢だった。その後も、皐月賞の前身である横濱農林省賞典四歳呼馬が1939(昭和14)年に行われるなど、近代競馬の中心地として栄えていたのだが、太平洋戦争の激化により1942(昭和17)年限りで開催が中止され、そのまま閉鎖された。

 戦後、連合軍に接収されたため、ここで競馬が再開されることはなかった。現在は根岸森林公園と、馬の博物館がある根岸競馬記念公苑になっている。J.H.モーガンによって設計された一等馬見所が残っている根岸森林公園は、2009(平成21)年2月に近代化産業遺産の認定を受けた。

 ところで、「馬見所」とはスタンドのことなのだが、これを「ばけんじょ」と読むべきか、「うまみじょ」と読むべきか、悩ましい。音訓に従えば前者だが、例えば、パドックは下見所(したみじょ)と湯桶読みのような読み方が定着しているので、競馬に関する用語としては後者のほうがなじみやすいかもしれない。

 どちらの読み方をしている資料もあるのが困ったところだ。難しいので、私はある時期から、自分で「馬見所」と書いても、ルビをふるのをやめた。

 このように、よく使うわりに読み方が定まり切っていないというか、分かれている言葉に「天馬」がある。私はずっと「てんば」と読んでいたのだが、「てんま」と読む人が案外多いので、いくつか辞書を引いてみたところ、普通は「てんば」と読むが、「てんま」とも読む、という解釈でいいようだ。

 やはり、「てんばトウショウボーイ」のほうが「てんまトウショウボーイ」より締まって響く……と感じるのは私だけだろうか。

 年明け最初の回から、だからどうした、という中身になってしまった。

 これに懲りず、今年もどうぞよろしくお願いします。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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