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【JRA賞受賞】ショウナン国本哲秀氏(1)『ジャパンC勝利を引き寄せた高野師の強い信念』

  • 2016年01月26日(火) 18時02分
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▲JRA賞受賞式、左から高野友和調教師、国本哲秀オーナー、池添謙一騎手


25日に都内ホテルで行われた、2015年度JRA賞の授賞式。「最優秀4歳以上牝馬」の座に輝いたのは、ジャパンCを制したショウナンパンドラだった。前年に秋華賞を勝った同馬は、古馬になってさらなる成長を見せた。春の宝塚記念で3着に入る実力を示すと、秋はオールカマーから始動し、天皇賞(秋)で4着。そしてついに、ジャパンCで頂点に立ったのだった。出走を予定していた有馬記念は回避したものの、それは翌年の活躍を期待しての判断。大阪杯から最大目標の宝塚記念へ。オーナーの国本哲秀氏が思いを語った。(取材・文:不破由妃子)

寸分の狂いもない見事な騎乗


 次点のストレイトガールに139票もの大差をつけ、2015年度のJRA賞最優秀4歳以上牝馬に輝いたショウナンパンドラ。オーナーの国本哲秀にとっては、昨年のショウナンアデラ(最優秀2歳牝馬)に次ぐ2年連続の受賞で、クラブ馬主全盛の昨今において、今一番勢いのある個人オーナーと言っていいだろう。

「長いこと競馬に携わってきたけれど、いつの時代もジャパンCだけは特別な存在だった。35回という歴史のなかで、日本馬がようやく勝てるようになったのは、開催回数が2桁になってからでしょう。なにしろ、僕が馬主になったころは、日本のレースとは思えないくらい遠い存在だったし、ましてや日本の牝馬がジャパンCを制する時代がくるなんて、当時は考えられなかったからね」

 中央競馬の馬主となって約30年。少々意外な気もするが、国本の所有馬がジャパンCに出走したのは昨年が初めて。その記念すべき初舞台に、いきなりパンドラとバッハの2頭を送り込み、馬主として初出走初勝利という快挙を成し遂げた。有馬記念こそ回避となったが、宝塚記念からジャパンCまで、歴戦の男馬たちと互角以上の戦いを繰り広げ、2015年の競馬界を盛り上げたショウナンパンドラ。国本の目を通して、改めてその戦いを振り返ってみたい。

「勝利のキーパーソンは、間違いなく高野調教師だよ。39歳の若い調教師だけど、勝負の世界では年齢なんて関係ない。彼の勝負師としての強い信念が勝利引き寄せたんだと思う」

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▲「39歳の若い調教師だけど、勝負の世界では年齢なんて関係ない」と高野師への深い信頼を語る


 ジャパンCについて話を振ると、開口一番、指揮官の功績を称えた国本。

「最後の叩き合いは今でも目に浮かぶし、もちろん感動したよ。ただ、勝ったこと以上に、あのレースに出られたこと自体がね、僕にとってはもっともっと不思議なこと。ましてや2頭も出走させることができるなんてね…、考えてもみなかったよ。それもこれも、勇気ある決断をしてくれた高野先生のおかげ。彼はすごいよ」

 昨秋のパンドラは、オールカマーから始動。人気は同世代のライバルであるヌーヴォレコルトに譲ったが、直線は内から抜け出したそのヌーヴォを外から並ぶ間もなく差し切り、最後は1馬身半差をつけての完勝。少々面食らうほどの強さだったが、2着のヌーヴォレコルトがそうであったように、次走はエリザベス女王杯というのが古馬牝馬にとっての既定路線。しかし、高野の選択は違った。

「オールカマーのあと、『オーナー、次は天皇賞に行きましょう』と言われたときには、『え? エリザベスじゃないの?』って思わず聞き返したよ。そうしたら先生は、『いえ、この馬の路線はそこではありません』と即座に言い切った。エリザベス女王杯に行けば勝ち負けなのはわかっていたし、みんなGIの勲章が欲しいわけだから、大抵の調教師はそっちを勧めますよ。でも、高野先生は違った。結果がどうあれ、調教師がそこまで言うということは、それはもう信念ですよ。それが十分に伝わってきたから、『わかりました、行きましょう』と即答したんですけどね」

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