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アブソリュート、馬の世界を目指す少年少女のパートナーに/動画

  • 2016年02月02日(火) 18時01分
第二のストーリー

▲2009年東京新聞杯勝ち馬のアブソリュートと、担当している16歳の内藤叶琉(かなる)君


田中勝春騎手の導きで始まった第二の馬生


 今週末に東京競馬場で東京新聞杯(GIII)が行われる。2009年に同レースに優勝したアブソリュート(セン12)が、競馬や乗馬の世界を目指す少年、少女たちが学ぶ学校で第二の馬生を過ごしていると聞き、千葉県成田市のインターアクションホースマンスクールを訪ねた。

 前日のポカポカ陽気と打って変わって、その日は気温が下がり、午後から降り出した雨が夜には雪に変わる予報が出ていた。そのためアブソリュートとの対面は、厩舎内となった。当スクールの教務主任・腰越将樹先生に案内され、厩舎の中に足を踏み入れる。生徒たちがそれぞれに作業をしており、こちらに気づくと元気良く挨拶をしてくれた。

 人懐っこいところがあるというアブソリュートは、馬房から顔を出して来訪者に興味津々の様子だ。腰越先生が差し出したおやつを食べ終わると、こちらには目もくれずに馬栓棒をなめ出した。

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▲馬栓棒をなめ続けるアブソリュート


「不思議なことに、何か食べた後は必ず(馬栓棒を)なめるんですよねえ。柵癖に繋がるかなとも心配したのですが、幸いそれは大丈夫でした」(腰越先生)。

 なぜそのような行動をするのか、理由は不明。馬栓棒に食べたものの匂いや味をすりつけて、余韻を楽しんでいるのだろうか? とも考えたが、馬語が理解できないので真相は闇の中だ。動画も撮影してみたが、止める気配が一向にない。結局こちらの根気が続かず、なめ終わるまでの撮影は断念した。


 アブソリュートは、2004年3月7日に北海道千歳市の社台ファームで生まれた。父はタニノギムレット、母はプライムステージ。プライムステージは、毎日王冠(GII)など重賞を5勝、オークス(GI)3着の名牝ダイナアクトレスを母に持ち、父サンデーサイレンスの初年度産駒にあたる。気性が激しく、オークスの本馬場に入場の際には鞍上の岡部幸雄元騎手を振り落としそうになるほど暴れ、その姿はまるでロデオのようだった。

 曾祖母の重賞2勝のモデルスポートからダイナアクトレス、プライムステージと続く名門の牝系出身のアブソリュートは、薗部博之氏の所有馬として美浦の宗像義忠厩舎からデビューすると、新馬、500万下と2連勝して一躍クラシック候補として注目された。しかし体質の弱さもあって、クラシックには駒を進めることなく休養に入った。復帰後は、しばらく条件クラスで走っていたが、2008年12月のクリスマスCで1600万下を勝ち上がると、オープン入り初戦でいきなり東京新聞杯に優勝。その年の秋には、富士S(GIII)で2度目の重賞制覇を成し遂げた。

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▲自身の初重賞制覇となった東京新聞杯、その後富士Sも勝利(撮影:下野雄規)


「デビュー時から腰がずっと甘くて、体質も弱かったんですよね。大きいところを狙えると思っていたけど…」と、28戦中26戦で手綱を取ってきた主戦・田中勝春騎手が言うように、休養を挟むことも多かった同馬は、なかなか続けて好成績を出せずにいた。さらに母譲りの気性難もあった。アルゼンチン共和国杯(GII・7着)では、ゲート内で暴れて危険防止のために外枠発走となり、発走調教再審査というペナルティーが課された。

「13レースまで行きましたからねえ」(田中騎手)

 田中騎手の言う13レースとは、競馬開催日の競馬場で、全レース終了後に実際のコース上にあるゲートを使用して発走調教再審査を行うことだ。

「年を重ねるごとに頑固になっちゃって、ゲート内で立ち上がるようになってしまいましたから。手段としては、もう去勢しかなかったんですよね」(田中騎手)

 去勢手術、発走調教再審査という試練を乗り越えて、明けて8歳になったアブソリュートは現役を続けたが、2012年11月のキャピタルS(OP・18着)を最後に、同年12月6日に競走馬登録が抹消された。

「セン馬になってしまって、種牡馬になれなかったですからねえ。引退後について、薗部オーナーや先生と相談しました」(田中騎手)

 GIというビッグタイトルには手が届かなかったが、デビュー時から能力の高さを買い、大切に乗ってきた田中騎手。

「新馬の時に、ゴールした後にカーブで曲がらなくて真っすぐ走っていっちゃったり…(笑)。いろいろと思い入れがある馬でしたからね」

 なおのこと引退後の行き先が気になったのだろう。オーナーや調教師の快諾を得て、田中騎手自身が特別講師を務めるインターアクションホースマンスクールで、アブソリュートの乗馬としての第二の馬生が始まった。

独特で個性的、一方で競技馬としての才能も


「早いもので、アブソリュートがこちらに来て3年ちょっとになります。普通、競馬を引退した牡馬は、去勢して乗馬としての調教をしていきます。うるさい馬でも、去勢すれば大人しくなりますしね。でもアブソリュートは来た時にはもうセン馬だったのに、結構うるさくてどうしようかなと(笑)。でも明けて12歳になりましたし、まあまあ落ち着いては来ましたね」(腰越先生)

 そうは言いつつも、やはりここまで苦労も多かった。

「競技会場で暴れることもありますし、生徒が曳き馬をすると突然止まってみたり、逆に勝手に行かれちゃったり(笑)。扱いはさほど難しい馬ではないんですけど、どこか独特で個性的なところがあるんですよね。乗ってみたら止まらないということはなかったですけど、曲がらないですし、生徒が乗ると一歩も動かなかったとか(笑)。ここに来てから半年くらいは大変でしたね」(腰越先生)

 このように個性的な馬だったからか、競走馬時代からのファンも多い。

「現在も会いに来てくれる方もいますし、競技会に出場した時には写真を撮影している方もいます。レースで活躍したのもあるでしょうけど、血統的なものもあるのでしょうね」(腰越先生)

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▲アブソリュートと教務主任の腰越将樹先生


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▲同スクールには、交流重賞で活躍したノボジャックの半弟・トーセンディケム(セン10)も暮らしている


 母系の激しさを受け継いでいるアブソリュートは、田中勝春騎手の話にもあるようにゲートに難があったが、その名残と思えるような癖もまだあるようだ。

「馬運車に乗せる時は、1回立ち止まってみて行きたくないという仕草をするんです。餌を見ると乗るんですけどね(笑)。だから必ず餌は用意して馬運車に乗せます」(腰越先生)

 ヤンチャでちょっぴり手がかかるアブソリュートだが、障害飛越の競技馬としてはなかなか良い素質を持っている。

「障害に対しては良い子ですし、飛ぶという能力はありますね。まださほど高いクラスではないですけど、110センチのクラスでは勝てるかなというくらいにはなってきましたよ」(腰越先生)

 アブソリュートを現在担当しているのは、香川県丸亀市出身の内藤叶琉(かなる)君、16歳だ。ジョッキーを目指していたが、体重が増えて目標を厩務員に切り替えた。アブソリュートを「アブちゃん」と呼んで、熱心に世話をしている。(上部の写真)

「ヤンチャですし、よく噛まれます(笑)。かまってほしいのだと思います。甘噛みしてくるところが、可愛いです。顔を半分くらい水桶に入れて遊んでいる時も可愛いです」とアブちゃんの性格や癖を教えてくれた。他の生徒たちとともに寮生活の内藤君が香川県に帰省するのは年2回だけだが「1日がとても早いです」という言葉通り、目標に向かって充実した毎日を送っている。

 スクールの馬で、現在高い障害を飛べるのは、ピュアブロッサム(牝6)、白毛で初めて競馬で勝利を挙げたハクホウクンを父に持つハクバノデンセツ(セン12)、そしてアブソリュートだ。世話をするのは内藤君ら担当する生徒たちだが、競技馬として活躍するアブソリュートの運動や調整は、普段は腰越先生が行っている。競技にも腰越先生がメインで出場しているが、乗馬クラブに就職希望者がいる場合には、生徒たちもアブソリュートの手綱を取る。

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▲競技会で活躍しているピュアブロッサム(牝6)


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▲競技会でのアブソリュート、騎乗しているのは腰越先生(提供:インターアクションホースマンスクール)


「昨年卒業した生徒は110センチのクラスですけど、アブソリュートに騎乗して優勝しています。その生徒はうまく乗っていましたね。気分屋で、障害は絶対に飛ぶのですけど、動かないこともあれば、ブワーッと走って跳ね回ったりもしますので、そのあたりが平気じゃないとアブソリュートに乗るのは難しいです(笑)。飛越もきれいなんですけど、結構派手なアクションで飛ぶので、人間がついていきづらいんですよ。それだけ馬に力がある証拠だと思いますけど、なかなか手強いですし、自分もすべて掴めたという感じはまだしていませんね」(腰越先生)

 今はオフシーズンだが、3月からまた競技会に出場し始めるという。

「9月の全日本(障害馬術大会)の110センチのクラスに出場したいですね」と腰越先生。そのためには、公認の競技会に出場してポイントを積み重ねなければならない。

「全日本には1年間の獲得ポイントの上位70頭は出られるんです。昨年は補欠の127位でエントリーしてみたんですけど、頭数が多くて弾かれてしまいました。だから今年はポイントをもう少し取りに行こうと思っています。せっかくアブソリュートに乗っていて、ファンの方も応援してくださっていますし、頑張ります!」と、腰越先生は、明るく力強く目標を語ってくれた。

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▲アブソリュートほか、インターアクションホースマンスクールの馬たちが、競技会で獲得したリボン


 アブソリュートが全日本障害馬術大会に出場する時には、競技会場まで取材に訪れてみよう。楽しみがまた1つ増えた。


※アブソリュートは見学可です。見学の際は、必ず事前に連絡してください。

インターアクションホースマンスクール
〒287-0214
千葉県成田市横山204-48
電話 0476-85-8161
HP http://interaction-school.com

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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