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未完のまま3歳で引退 アダムスブリッジの第二の馬生/動画

  • 2016年02月09日(火) 18時01分
第二のストーリー

▲ターフを去って5か月、アダムスブリッジの今


屈腱炎発症、惜しまれながれターフに別れ


 新馬、若駒S(OP)と2連勝して、昨年のクラシック戦線での活躍が期待された馬がいる。栗東の石坂正厩舎の管理馬だったアダムスブリッジ(牡4)だ。デビューからわずか5戦と未完のまま競走馬登録を抹消した同馬は、千葉県山武郡の「ホースライディングクラブ バランス」で乗馬として第二の馬生を送っていた。

 バランス代表取締役の三宅勇気さんに案内されて、馬房の中のアダムスブリッジに対面する。「可愛らしいですねえ」と思わず言ってしまうほど、顔がスッと細くて、瞳が優しい。どちらかというと華奢な印象を受ける。若駒Sで繰り出した豪快な末脚と、目の前にいる穏やかなアダムスブリッジがどうも結びつかない。

第二のストーリー

▲若駒S優勝時、デビュー2連勝を飾りクラシックへの期待が膨らんだ


「すごい人懐っこいですよ。でも、牡馬っぽく力任せに甘えてくることはないです。どちらかというと控えめで、こちらが近寄っていくと撫でてみたいな(笑)、そんな感じです」

 三宅さんの言葉通り、カメラを向けても、手を差し伸べても、穏やかな表情のままじっとしている。馬と馬との間をついて伸びてきた新馬戦が信じられないほど控えめだ。

 アダムスブリッジは、2012年4月21日に北海道安平町のノーザンファームで生まれた。父はゼンノロブロイ、母がシンハリーズ。同馬の半兄には2011年のラジオNIKKEI杯2歳S(GIII)勝ちのアダムスピーク、全姉に桜花賞(GI・9着)や秋華賞(GI・8着)にも出走し、チューリップ賞やローズS等の重賞で3着の実績があるリラヴァティ(牝5・現役)がおり、血統的にも期待の大きな1頭だった。

 2014年12月に芝2000mでデビューし、見事に初陣を飾った。ちなみにこのレースでは、昨年の青葉賞(GII)と今年の日経新春杯(GII)を制したレーヴミストラル(牡4)を退けている。年が明けた1月、クラシックの登竜門とも言われる若駒S(OP)に出走すると、最後方からレースを進め、直線では上がり33秒台の豪快な末脚を披露して、1番人気のストーンウェア以下をあっさりと下した。

 3月の若葉S(OP)で3着と初黒星を喫したのち、挫石で皐月賞(GI)を回避。日本ダービー(GI)に直行する形となったが、状態が本物ではなかったのだろうか。18頭中17着と精彩を欠いた。放牧を挟んで、結果的に最後のレースとなった8月の新潟の日本海S(1600万下)に参戦。1番人気に推されたが7着に敗れ、その後、無情にも屈腱炎を発症。9月半ばに競走馬登録が抹消されている。

「ノーザンファームしがらきの厩舎長が、アニマル・ベジテイション・カレッジ時代の同級生なんです。卒業後は彼は競馬の世界、僕は乗馬の世界と道は分かれたのですけどね。その関係で、アダムスブリッジがウチに来ることになりました」(三宅さん)

 三宅さん自らが滋賀県に赴き、千葉県までアダムスブリッジを運んできた。ノーザンファームしがらきサイドも、才能あるアダムスブリッジの引退は、かなり残念で悔しい出来事だったという。

「ノーザンファームしがらきの厩舎長は僕と4年間一緒にやって来た仲間なのですが、その厩舎がしっかりと馬を作ってくれていますので、乗用馬として既にしっかりとできていました。そこの厩舎からは過去にも何頭かウチに来ているのですが、そのすべての馬がしっかりできていました」(三宅さん)


新しいことをどんどん習得、賢さが光る


 バランスに到着してからのアダムスブリッジは、しばらくは放牧生活となった。

「屈腱炎もありましたし、環境の変化で暴れてしまって外傷も負ったので、およそ1か月半ほど放牧をしていました。その生活を送る中で『僕は競走馬として走らなくてよいんだ』と、良い意味で闘志がなくなってくれたのか、放牧期間を終えて跨った時には別馬のように落ち着いていました」(三宅さん) 

 競走馬から乗馬へ、気持ちの上でのスイッチがうまく切り替わったアダムスブリッジだが、実はまだ牡のままだ。

「去勢をしていないのですけど、本当にお利口さんです。念のため、牝馬とは離すようにするなど対処はしていますけどね。これまで何頭も競走馬を引退した馬が来ましたけど、その中でも一番お利口さんなのではないかと思うくらい、賢いですね。サンデー(サイレンス)の血が入っていますけど、この馬は乗っても素直ですしね。当初は屈腱炎というのもあって、餌も少なめにして管理していたのですけど、それも戻してきている最中です。引退が3歳と早かったですけど、しっかりと第二の馬生を踏み出せていますし、乗馬として活躍できるのではないかと思いますね」(三宅さん)

 調教も順調に進んでいる。

「ノーザンファームしがらきからは、人が乗ろうとするとスッと逃げて乗せないようにすると聞いていたのですが、やはりこちらに来てからもそうでした。でも乗馬では、踏み台から人が乗れるようにならなければいけないですから。最初の頃は、その場にちゃんと止まっていたらご褒美をあげるというのを繰り返しました。賢いんでしょうね。すぐにそれもできるようになりましたからね。

 獣医に診てもらいましたが、屈腱炎の影響はほぼ出ていないとのことでしたし、障害飛越も練習し始めて、80センチほどの障害も飛んでいます。素質はありそうですね。今はフライングチェンジ(手前を替えること)を教えているところです。勢いで手前を替えるのではなく、正しい合図で替えるというのをやり始めて1か月ほどになるのですが、本当に賢くて左右とも差がなくできているので、今後が本当に楽しみですね。まだ4歳と若いですし、もう少し落ち着いてきたら、みんなからもっと愛される存在になるのではないかと思います」(三宅さん)

 アダムスブリッジの練習パートナーは、女性スタッフの斉藤笑夏(えみか)さんだ。

「彼女が自分で馬を出して、乗って、お手入れまでして、細かいことや難しいことをする時には僕が乗って調教をするというのが、アダムスブリッジの毎日ですね」(三宅さん)

第二のストーリー

▲バランス代表取締役三宅さんによる調教


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▲練習パートナーの斉藤笑夏さんが騎乗


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▲手入れをしてもらうアダムスブリッジ、斉藤さんとのスキンシップは絆の証


 三宅さんから数々のエピソードを聞いているうちに、アダムスブリッジの運動時間となった。斉藤さんが馬装をすると、三宅さんが調馬索(ちょうばさく:馬を円周上で調教するための紐)で準備運動をさせた。いよいよ斉藤さんが騎乗して、馬場を回り始めた。速歩はやや反動が高いようだが「この子の魅力は駈歩ですね。柔らかい駈歩をするんですよ」と、三宅さんが教えてくれた。

 惜しまれつつターフに別れを告げて、およそ5か月。目の前には、軽快に馬場を回るアダムスブリッジがいた。未完のまま競走馬生活を終えたが、乗馬としての第二の馬生は始まったばかりだ。

(次回へつづく)


※アダムスブリッジ見学希望の方は、必ず事前にお問合せください。

ホースライディングクラブ バランス
〒289-1622 千葉県山武郡芝山町宝馬156
電話 0476-37-8041
HP www.balance-hrc.com
月曜日定休(月曜日が祝日の場合は営業)

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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