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【幻の女性騎手】斉藤すみ(後半) 時代に見放されながらも夢を追いつづけ

  • 2016年03月09日(水) 17時59分

免許はあるのにデビューができない


 彼女は、昭和7(1932)年春、ラジオで第1回東京優駿大競走、つまり日本ダービーの中継を聴き、一度は諦めかけた夢をまた追いかけることを決意する。

 東京競馬場の調教師、谷栄次郎(谷善晴と同一人物)のもとに入門し、昭和9(1934)年に騎手試験を受けた。しかし、学科も実技試験も合格したのに、各競馬倶楽部をまとめていた帝国競馬協会は免許を交付しなかった。女だから、というだけの理由で。

 すみは、京都競馬場に移った師匠の谷について下乗りをつづけた。男装もつづけ、煙管を買って刻み煙草を吸うなど、より男っぽく見えるようにした。

 そして、昭和11(1936)年2月、ついに騎手試験に合格した。今からちょうど80年前、23歳になっていた。福島の本多厩舎で修業を始めてから7年。ずっと追いかけつづけてきた夢が、ようやく叶った。

 京都日出新聞、神戸又新日報などが、日本初の女性騎手誕生のニュースを、社会面で大きく報じた。

女性騎手

▲昭和11年3月15日の京都日出新聞の記事


 しかし、悪夢のような現実が彼女の行く手を阻んだ。

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