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奇跡と悲劇の母系

  • 2016年04月30日(土) 12時00分


 先日、日本で昔からつながる牝系について調べていると、1920年代にオーストラリアで生まれ、日本に輸入されたサラ系のバウアーストツクという牝馬に行き着いた。

 そのバウアーストツクが、イギリスから輸入されたトウルヌソルと配合されて産んだ牝馬バウアーヌソルは、菊花賞、天皇賞・春などを勝ったキタノオーの母となった。トウルヌソルはサンデーサイレンスと並ぶ6頭のダービー馬を送り出した大種牡馬。キタノオーは、日本にモンキー乗りをひろめた保田隆芳とともにアメリカに渡ったハクチカラのライバルだった。つまり、バウアーストツク系のファミリーは、日本の競馬界の黎明期から中興期にかけて、ど真ん中にあった血脈のひとつと言っていい。

 この血脈に関して、「KTF(旧)」というタイトルのブログに、バウアーストツクの血が現在までどうつながっているかが記されている。その末端にある2012年生まれの牝馬キョウエイカオリという馬について調べると、生産者が新ひだか町の藤沢牧場となっていた。代表の藤沢澄雄さんも、夫人の雅子さんも、跡取りとしてバリバリやっている息子の亮輔さんもよく知っており、先月上旬、お邪魔したばかりだった。

 亮輔さんに電話をし、バウアーストツクの末裔であるキョウエイカオリの母ローズサーカスがまだいるか訊いてみると、もう人に譲ってしまったという。

 よもやま話をしているうちに、4年前、『週刊競馬ブック』の連載エッセイに書いたことのあるシャドウリングという繁殖牝馬の話になった。そのとき見せてもらった、亮輔さんお気に入りのシャドウリングの2012(父タニノギムレット)は中央で勝ち上がることはできなかったが、川崎で1勝し、今も現役をつづけている。今は、半妹のシャドウリングの2015(父アドマイヤコジーン)に期待しているようだ。

「シャドウリングも古くから日本にある血統の馬なんですよ」

 電話を切ってから、その亮輔さんの言葉を思い出して調べてみると、シャドウリングの5代母の波友は、牝馬として初めて日本ダービーを勝ったヒサトモの全姉だった。

 波友は、1933(昭和8)年に千葉の名門・下総御料牧場で生まれた。父は前述のトウルヌソル、母はアメリカから輸入された星友。サンタアニタという競走馬名で走り、3勝を挙げた。

 1歳上の半兄である月友(父マンノウォー)は持込馬で、競走馬として走ることはなかったが、種牡馬としてカイソウ、ミハルオー、オートキツと3頭のダービー馬を出すなど活躍した。

 1歳下の全妹であるヒサトモは、ダービーを勝った1937年、第1回天皇賞・秋(帝室御賞典)と、翌38年の第2回天皇賞・春で3着になったあと、同年の第3回天皇賞・秋を制した。牝馬でありながらダービーと秋天を勝ったのだから、今で言うとウオッカのような大仕事をやってのけたわけだが、アイルランドで繁殖生活を送る平成の名牝に対し、昭和の名牝の末路は哀れだった。

 ヒサトモは、旧5歳時の1938年限りで現役を退いて繁殖牝馬となった。が、終戦後の馬不足のため、地方競馬で現役に復帰させられ、旧16歳だった1949年11月19日、浦和競馬場で病死した。

 しかし、ヒサトモの血は奇跡的につながれ、唯一の牝馬の産駒ブリユーリボンの流れを引く牝馬を「トウカイ」の冠で知られる内村正則オーナーが購入し、トウカイクインと名づけた。その孫のトウカイローマンが1984年のオークスを優勝。ローマンの甥のトウカイテイオーが1991年に無敗の二冠馬となるなど、現代の競馬界に蘇った。ヒサトモはトウカイテイオーの6代母、ということになる。

 ダービー馬を何頭も送り出す種牡馬や、競馬史に残る女傑などが輩出したファミリーだけあり、その活力は、半世紀以上のときを経ても衰えなかった、ということか。

 同じ血を有する波友の子孫からは、1981年のアルゼンチン共和国杯、日経賞を勝ったウエスタンジェット、81年の阪神大賞典、82年の京都記念を制したアリーナオーなどの活躍馬が出てはいるが、GI級の勝ち馬はまだ現れていない。それだけに、シャドウリングには大仕事を期待したくなる。

 ところで、先日、シャドウリングの母系を当サイトの「血統」ページでさかのぼってみたところ、波友の母のところが空欄になっていた。『サラブレッド血統大系』(サラブレッド血統センター)などの紙媒体の資料には記されているのになぜだろう……と、編集者に問い合わせたところ、当サイトの血統データの古い時代のものは、担当者が手作業で入力して構築しているのだという。

 それを今再度チェックして驚いた。波友の母が、しっかり「星友」となっている。ただでさえ忙しいところ、仕事を増やしてしまい申し訳ないことをした。が、こうしてきちんとつながると、波友のファミリーの価値がさらに高まったようで嬉しい。

 これはますます、シャドウリングに頑張ってもらわないといけないな。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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