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母の日にちなんで 13頭の子を世に送り出してきたマザートウショウの今

  • 2016年05月03日(火) 18時01分
2019年5月18日、北海道・浦河の渡辺牧場で余生を過ごしていたマザートウショウが老衰のため29歳で死亡しました。本記事は2016年の公開記事となります。


高齢の馬たちを配慮しての対処


 5月8日に東京競馬場で行われる第21回NHKマイルC(GI)の登録馬に、トウショウドラフタが名を連ねている。ファルコンS(GIII)を制して3連勝でGIの舞台に臨む同馬にとって、1ハロンの距離延長が鍵となりそうだが、名門トウショウ牧場の生産馬としてのプライドを見せてくれるのではないかと、個人的には期待をしている。

 トウショウドラフタが生まれ育ったトウショウ牧場は、昨年10月に惜しまれつつ閉場している。トウショウボーイ、シスタートウショウなど、歴史にも心にも残る数々の名馬を輩出してきた牧場だけに、そのニュースに寂しさを覚えた人も少なくないだろう。

 トウショウ牧場には繁殖牝馬以外にも、1998年の北九州記念優勝のトウショウオリオンと、1993年のクイーンCなど重賞3勝を挙げたマザートウショウが功労馬として余生を過ごしていた。この2頭が閉場後も穏やかに暮らせるよう、トウショウ牧場側は認定NPO法人引退馬協会に相談を持ちかけたのだった。

第二のストーリー

▲クイーンCなど重賞3勝を挙げたマザートウショウ(提供:認定NPO法人引退馬協会)


「高齢の馬たちに極力負担をかけたくない」という牧場側の温かい配慮を感じた引退馬協会は、フォスターホースとして2頭の受け入れを決定した。

 昨年10月26日、慣れ親しんだトウショウ牧場を出発した2頭は、トウショウオリオンは新ひだか町の本桐牧場、マザートウショウが浦河町の渡辺牧場にそれぞれ移動した。

 マザートウショウを受け入れた渡辺牧場は、元々生産を手掛けていたが、以前から引退馬の受け入れも行っていた。現在は養老馬専門の牧場となり、ナイスネイチャやその母ウラカワミユキ、セントミサイル、キャプテンベガなど数多くの引退馬を繋養している。中でもウラカワミユキは、35歳と高齢ながら健在だ。

 引退馬協会は当時25歳と高齢だったマザートウショウを気遣い、相性の良い馬と放牧できるようパートナー候補がたくさんいて、高齢馬の管理にも信頼がおける渡辺牧場に預託することに決めたのだという。

「最初はもっとソワソワするのかなと思いましたが、環境が変わったわりには落ち着いていましたよ。年齢よりも若い印象を受けました」と、渡辺牧場の渡辺はるみさんはマザートウショウと初めて会った時の印象を語った。

 マザーの放牧パートナーは、キララ(競走馬名サンキララ)という馬に決まった。キララとマザーは奇しくも1990年生まれの同い年。仲良く並んで草を食んでいる時もあれば、マザーがそばに寄っていくとキララがキッと耳を伏せることもあった。けれどもマザーが放牧地のパートナーだと理解したキララは、夕方それぞれの馬房に戻って離れ離れになると、寂しくて大騒ぎをした。こうして2頭の距離は徐々に縮まり、今では放牧地で絶妙なコンビネーションを見せている。

第二のストーリー

▲渡辺牧場に移動してきたマザートウショウ(提供:渡辺牧場)


第二のストーリー

▲マザートウショウと、パートナーのキララ(向かって右)(提供:渡辺牧場)


「この2頭がいる放牧地は直線が300mくらいあって、そこをマザーとキララが半分以上一緒にダーッと駈けて行くと、今度はそこで円を描くように走っています」

 北の大地の澄み切った朝の空気の中を気持ち良さそうに放牧地を駈け回る2頭の牝馬の姿を想像した時に、競馬や繁殖を引退した馬たちの幸せはこういうところにあるのではないかと感じた。

マザーの放牧地ダッシュ!


 来た当初から落ち着きがあったというマザーには、意外な癖があった。

「朝、放牧地に放すと、ものすごい勢いで走っていくんです」とはるみさん。厩務員の手を振り払うようにして返し馬に飛び出していくレース前の競走馬のような勢いに「馬をおさえる手がもう1本あったら…」と思うほどだったが、はるみさんも今ではすっかりコツを掴んで、タイミング良く馬を放せるようになった。競走馬時代の記憶がマザーにそうさせるのかはわからないが、この年にしてそれだけダッシュをする力があるということは、まだまだ若い証拠だ。

「昨年11月にトウショウ牧場の場長ご夫妻が訪ねてきた時に、マザーは落ち着いているとお話をしたら、奥様が『えっ? マザーが?』とおっしゃったんですよね。その言葉を聞いて、マザーにはまだ隠された素顔があるのかなと思いました(笑)」。その隠された素顔の1つが、放牧地に出る時の猛ダッシュだったのかもしれない。

「トウショウ牧場の牝馬の中でのマザーの序列はどのくらいだったのか、その時に聞いてみたんです。するとボスではないけど、下の方でもない。真ん中くらいだったと教えて頂きました」

 いじめられたり仲間外れにされるわけでもなく、かと言ってボスとしての責任や統率力も不要。当たり障りなく、放牧地でもうまい具合に日々過ごしてきたマザーは、かなり賢い馬に違いない。そんなマザーに、まだ隠された素顔があるのか否か。今後の展開を期待して、はるみさんが綴る愛情たっぷりのブログを折に触れてチェックしていこう。

 マザーが渡辺牧場の仲間入りをして、半年以上が経過した。

「年齢のせいもあって歯があまり良くないので、時折、口に入れた物を噛み出して(噛みきれずに出すこと)いました。草を細かく切る機械を探して購入しましたので、それでチモシーとルーサンを機械で細かくして、ビートパルプ(ビートから砂糖を抽出をしたあとに残る副産物)をお湯に浸したものを混ぜています」

 こうした工夫のもと飼い葉はほぼ食べられるようになり、エネルギーを蓄えたマザーの放牧地ダッシュにも、ますます磨きがかりそうだ。

 4月11日に満26歳の誕生日を無事に健康に迎えたマザー。母として13頭の子供たちを世に送り出してきたマザーの穏やかで優しい表情の写真を眺めるうちに、8日が母の日であることをふと思い出したのだった。

第二のストーリー

▲4月11日に満26歳の誕生日を無事に健康に迎えたマザートウショウ(提供:渡辺牧場)




■マザートウショウは見学可です。

渡辺牧場
〒057-0036 北海道浦河郡浦河町字絵笛497-5
電話 0146-22-5466
直接訪問可能

渡辺牧場HP
http://www13.plala.or.jp/intaiba-yotaku/index.html

引退名馬のマザートウショウの頁
https://www.meiba.jp/farms/view/1000032


■マザートウショウのフォスターペアレントを募集中!お問い合わせは下記まで

認定NPO法人引退馬協会
〒287-0025 千葉県香取市本矢作225-1
メールアドレス info@rha.or.jp
公式HP http://rha.or.jp/

※引退馬協会では、たくさんの人で1頭の馬を支える「フォスターペアレント制度」というシステムで引退馬の余生を支援しており、直接の支援者である里親を「フォスターペアレント」、養っている馬を「フォスターホース」と呼んでいる。

※フォスターペアレントになると、月額、会費1000円、馬の維持管理費2000円(0.5口)〜が、かかります。(複数口を持つことも可能)

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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