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【C.ルメール×藤岡佑介】第1回『ダービーを負けたあとの“うれしい”という言葉』

  • 2016年06月08日(水) 18時01分
with 佑

▲C.ルメール騎手が登場。佑介騎手がフランス滞在中にもお世話になったという、親しい2人の奥深い競馬トークをご堪能ください


ゴール前の大熱戦の末、マカヒキが見事勝者となった今年の日本ダービー。2着のサトノダイヤモンドとの差は、わずか8cm。今月はそんな大一番を終えたばかりのC.ルメール騎手をゲストにお迎えします。レース後、負けたけども「うれしい」という言葉を発したルメール騎手。そこに込められた、ホースマンとしての純粋で気高い思いとは。さらに、悔しい経験もした今春のGI戦線についても振り返ります。(構成:不破由妃子)

※このインタビューは6月2日に取材しました。ルメール騎手はその週末の競馬で負傷し、左第2中足骨骨折との診断。現在症状は安定し、早期復帰を目指しているということです。


京都のジョッキールームでも、自然と拍手が沸き起こった


佑介 クリストフ、今日は来てくれてありがとう。

クリストフ どういたしまして。“とりあえず生ビール”でしょ?

佑介 そうだね(笑)。さっそくですが、春のクラシックが終わりました。今の気持ちはどうですか?

クリストフ 桜花賞とダービーは勝てるかと思っていたけど、ちょっとアンラッキーだったね。桜花賞のメジャーエンブレムは、スタートが悪かったことに加えて、レース全体のペースが落ち着いてしまった。前に行くのが好きな馬だから、ああなってしまったらダメ。

佑介 クリストフは“絶対に勝てる!”と思っていたはずだから、僕も見ていて残念な気持ちになったよ。ただ、次はオークスだと思っていたんじゃない? 無理にプッシュしないのは、(距離が延びる)次を考えてのことなのかな…と思いながら見てた。

クリストフ うん、プランが違ったね。佑介の言う通り、スタートのタイミングが合わなかった時点で、すぐにたくさんの事を考えたよ。桜花賞を勝つために、どうするべきかが最優先だったけど、少なからず次のレースの事が頭の中にあったのも事実。もちろん、レースの中で精一杯のトライはしたけど、彼女に合わないレース展開になってしまったので、100%の力を見せることができなかった。

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▲メジャーエンブレムで挑んだ桜花賞は4着に 「彼女の100%の力を見せることができなかった」とルメール騎手(C)netkeiba.com


佑介 去年、JRAのジョッキーとしてデビューする前に、「春のクラシックにお手馬で出たことがない。レースを通して自分で育てた馬で出てみたい」って言ってたよね? もちろん、桜花賞もダービーも残念ではあったけど、本来、クリストフがやりたかったことが叶っているのかなって。

クリストフ 1頭の馬を育てるという点では、クラシックではないけど、NHKマイルCを勝てたことは大きいよ。サトノダイヤモンドにしても、ダービーはわずか8cm差で負けてしまったけれど、成長の過程をともに歩めていることをうれしく思う。

佑介 それにしても、ダービーは素晴らしいレースだった。レース前は正直、クリストフに勝ってほしいと思ってたんだよ。

クリストフ そうなの!?

佑介 皐月賞からの流れも含めて、すごく自信があるって言ってたから。でも、ゴール前で接戦になったときは、思わず「将雅!」って叫んでた。やっぱり、日本人としてのプライドもあるし、将雅との関係性もあるからね。だけどレース後、クリストフは「負けたけど、すごくいいレースができてうれしい」って言ったじゃない? あのコメントには考えさせられたよ。

クリストフ 若いころならもっともっと悔しかっただろうし、「チクショー! 負けた!」って言ってたかもしれない(笑)。

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▲マカヒキとサトノダイヤモンドの大接戦 8cm差でマカヒキが栄冠を手にした(撮影:下野雄規)


佑介 「負けたけどいいレースができてうれしい」ってコメントが許されるのは、クリストフがたくさんの人から認められているからだよね。競馬がギャンブルである以上、難しい部分もあるんだけど、ギャンブルという側面を考えすぎなければ、素晴らしいレースの後には、素直にああいうコメントがジョッキーから出ても良いのかなって、個人的には思った。だから、クリストフの口からあのコメントが出たことで、これからの日本の競馬にとって、良い変化が起きてくれたらなぁって。

クリストフ ダービーを負けたあとの「うれしい」という言葉は、経験が言わせたものだと思う。さっきも言ったけど、若いころなら違ってたよ。

佑介 やっぱりそこは経験が大きいんだね。ゴール直後に将雅に手を差し伸べたのも、クリストフにしてみればごく自然な行動なんだよね?「自分なら悔しくて絶対にできない」って、将雅が感動していたらしいよ。

クリストフ うん、至って自然に手が出たよ。誰が勝ったとしても、自分のジョッキー仲間がダービージョッキーになったわけだから、彼の美しい一日を心から喜ぶべきでしょ? 自分が勝ったときも、周りの人たちから「おめでとう!」って言ってほしいから、自分も仲間の勝利を喜べる人間でいたい。

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▲「ダービージョッキーになった川田将雅騎手の美しい一日を心から喜ぶべき」とルメール騎手(撮影:下野雄規)


佑介 日本の競馬に足りないところというか、みんながちょっと忘れかけていたことを思い出させてくれたような気がするよ。確かに競馬はギャンブルだけど、もっと奥にある本質的な魅力が、あのレースからもクリストフからも伝わってきた。

クリストフ ボクシングだって、終了のゴングが鳴った瞬間にお互いのファイトを称え合う。たとえ負けても、試合が終われば同志だからね。僕はあの瞬間、ギャンブルであることも、周りの人のことも、一切考えなかった。ただ、自分の同僚がすごくいい戦いの末に勝った。だから、「おめでとう、将雅」。ただそれだけのことだよ。

佑介 そうでありたいと僕も思うけど…、その境地にたどり着くまでには、やっぱりいろんな経験が必要だよね。しかも、クリストフにとって、勝ったマカヒキはもともと自分が乗っていた馬だし。

クリストフ うん。もちろん、マカヒキのすごさも知ってる。だからこそ、ほかの馬ではなく、マカヒキが勝ってくれて良かったと心から思う。

佑介 そう言えるクリストフはやっぱりすごい。そういうことも含めて、本当に本当にいいレースだった。京都競馬場のジョッキールームでも、自然と拍手が沸き起こったからね。で、ひとしきり感動したあと、「はい、じゃあみなさん11レースに行きましょう。3歳500万!」って(笑)。悔しいこともたくさんあったと思うけど、クリストフにとってはどんな春だった?

クリストフ 僕の乗り方は見た目には激しくないけど、騎乗スタイルに正解がないなかで騎乗していて、そんななかでもどんどん馬が成長していくのを感じられた春だった。その状況は、僕にとってひとつの成功だし、実際、サトノダイヤモンドもメジャーエンブレムももっともっと強くなっていくと思う。日本で、僕なりのエスコートで馬が育つ過程を知れたのは自信にもなったし、すごく勉強になったよ。

(文中敬称略、次回へつづく)
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JRAジョッキーの藤岡佑介がホスト役となり、騎手仲間や調教師、厩舎スタッフなど、ホースマンの本音に斬り込む対談企画。関係者からの人望も厚い藤岡佑介が、毎月ゲストの素顔や新たな一面をグイグイ引き出し、“ここでしか読めない”深い競馬トークを繰り広げます。

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1986年3月17日、滋賀県生まれ。父・健一はJRAの調教師、弟・康太もJRAジョッキーという競馬一家。2004年にデビュー。同期は川田将雅、吉田隼人、津村明秀ら。同年に35勝を挙げJRA賞最多勝利新人騎手を獲得。2005年、アズマサンダースで京都牝馬Sを勝利し重賞初制覇。2013年の長期フランス遠征で、海外初勝利をマーク。2018年には、ケイアイノーテックでNHKマイルCに勝利。GI初制覇を飾った。

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