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元JRA職員の乗馬クラブで暮らすマイネルアワグラス/動画

  • 2016年07月05日(火) 18時01分
第二のストーリー

▲マイネルアワグラスとパートナーホースクラブ代表の村上一考さん


今までで1番障害センスがなかった!?


 長きに渡ってダート戦線で活躍したマイネルアワグラス(セン12)を取材したいと以前から温めていたのだが、ふと思い立って引退後、乗馬となっていた千葉県長生郡にあるエバーグリーンホースガーデンに問い合わせてみると、現在はいないという答えが返ってきた。

 競走馬も乗馬も後を追ってはいけない…。馬の世界でよく耳にする暗黙の了解的なこの言葉が頭をよぎったが、思い切って現在の居場所を尋ねた。すると応対してくれた女性は、快く移動先を教えてくれた。早速ネットで検索してみると、そこはこの4月にオープンしたばかりの新しい乗馬クラブだということがわかった。

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▲千葉県富里市にあるパートナーホースクラブ


 千葉県富里市にあるパートナーホースクラブだ。代表の村上一考さんは元JRAの職員で、1998年のアジア大会で総合馬術競技(クロスカントリー、馬場馬術、障害飛越の3種目を同一人馬で3日間かけて競う)の個人で金メダル、団体で銀メダルを獲得、全日本総合馬術大会でも4度優勝するなど選手としても活躍した。前々回の記事でも説明をしたが、富里市は古くから馬産の盛んな地域だったが、このクラブも競走馬関係の若草牧場の敷地内にあった。

 クラブの柵の外にある花を手入れしていた年配の女性はクラブの会員で「一孝先生でなければ!」と、悩んだ末に以前のクラブからこちらへ移ってきたという。それほど村上さんは教えるのが上手らしい。

 この日、マイネルアワグラスがちょうどレッスンに出るということで、その時間に合わせて訪れたのだが、馬上に跨ったのはイギリス人の少女、14歳のミランダさんだった。翌週にはイギリスへの帰国が決まっており、村上さんのもとへ最後のレッスンを受けにきたという。

 JRAで馬術選手としてならしていた頃、イギリス滞在の経験もある村上さんが、英語でミランダさんにアドバイスを送る。ミランダさんに操られたマイネルアワグラスは、流れるような動きで馬場内を移動した。脚の運びが軽やかで、力強いフットワークで砂の上を駆け抜けて行った時とは一味違うアワグラスの姿がそこにはあった。

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▲マイネルアワグラスに跨るイギリス人の少女、14歳のミランダさん。帰国前の最後のレッスンだという


 マイネルアワグラスは、父ブラインアンズタイム、母マイネプリテンダーの間に2004年5月1日に北海道新冠町のビッグレッドファームで生まれた。アワグラスの姉マイネヌーヴェルは2003年のフラワーCに勝ち、1つ上の兄のマイネルネオスは、2011年の中山グランドジャンプ(JGI)を制した、さらに1つ下の弟は2008年の京成杯、弥生賞に優勝したマイネルチャールズと、母は繁殖牝馬として実に優秀だ。

 全弟のマイネルチャールズは芝路線を進んだが、兄のアワグラスはダート路線で輝きを放った。アワグラスのデビューは2006年9月。初戦は芝で9着だったが、4戦目でダート戦で勝ち上がり、3歳の7月にはジャパンダートダービー(JpnI)に駒を進め、フリオーソの4着となっている。

 4歳になり、格上挑戦ながらシリウスS(GIII)に優勝。その後は重賞勝ちこそなかったが、地方交流重賞を含め北は北海道から南は九州まで全国を股にかけてダート重賞路線を賑わし、2013年の平安S(GIII)11着を最後に競走馬登録が抹消された。9歳だった。

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▲2008年のシリウスS優勝時のマイネルアワグラス(C)netkeiba.com


 JRAを退職してエバーグリーンホースガーデンに勤めていた村上さんが、知り合いから紹介を受けたのが、競走生活を終えたマイネルアワグラスだった。

「とても軽い馬でしたし、まだ走る気満々の感じで、最初は練習馬には向かないタイプだったんです。ブライアンズタイムの子供は、障害を飛ぶ馬が多いので、飛ぶのかなと思ったのですが、全く障害のセンスがなくて(笑)。飛ぶという行為をせずに、またいでしまうんですよね。背中が少し緩いところがあるので、それで踏み切りで踏ん張らないんです。普通に健康体の馬はたいてい飛ぶんですけど、今まで出会った中で1番センスがなかったですねえ(笑)。そういう馬は珍しいです」

 だからと言って、乗馬としての素質がないわけではなかった。 

「元々体が柔らかいですし、乗りやすい馬でしたから。カッと熱くなったり、走りたいという気持ちが強いというだけでしたので、時間をかけて調教をしました。今は本当に大人しくて、暴れるということもまずなくなりました」(村上さん)

 競走馬生活を終えてすぐに村上さんとともに歩んできたアワグラス。それだけに愛着もひとしおのようだ。

「すごく可愛い馬ですよ。人懐っこいですしね。でも最初はそうでもなかったんですけど(笑)、競走馬にはそういうタイプが多いですよね。それがどんどんどんどん性格も良くなって、最初来た時は頭絡をかけるのも危ないかもしれないと聞いていたのですけど、全くそれもないですし、扱いやすかったですね。本当に信頼できます。レッスンに使っていても、ヒヤヒヤしたりもしないです。ある程度、僕の声に反応するようになっているように、人に耳をちゃんと傾けていますし、お利口さんですよ。だから皆さんにも可愛がられています」と村上さんは笑顔を見せた。

 現在はある程度乗れるようになった人の、良い練習馬として重宝されているアワグラス。乗り心地も操縦性も良いという村上さんの言葉通り、ミランダさんを背にしなやかに、そして軽やかに、アワグラスは馬場内を駆け巡っていた。


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▲洗い場で大好きなマイネルアワグラスとの別れを惜しむミランダさん


 レッスンが終了し、アワグラスは洗い場にいた。帰国を控えたミランダさんが、大好きなアワグラスとの別れを惜しんでいる。その隣にもう1頭、馬が繋がれた。現役時代3勝を挙げたメイショウドレイク(セン11)だ。競馬学校時代の教え子からの紹介で乗馬となり、この馬も村上さんとともにエバーグリーンホースガーデンから移動してきた。

「最初から大人しい馬でしたね。暴れることもなかったです。この馬は、初心者でも乗れますし、上のレベルの方も乗ることができます」(村上さん)

 馬房を覗くと、派手な流星の馬がいた。こちらは準OP(1600万)クラスで走っていたフランコフォニー(セン11)。大人しい性格で、障害飛越の競技馬でもある。ミランダさんもこの馬で競技に出場したことがあるそうだ。

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▲現役時代3勝を挙げたメイショウドレイク(セン11)


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▲準OP(1600万)クラスで走っていたフランコフォニー(セン11)


 小学校5年、10歳の時からJRA馬事公苑のスポーツ少年団で馬に乗り始めた村上さんは、大学の馬術部を経て、JRAに入り、幼い頃から慣れ親しんだ馬事公苑に14年間勤め、1年間は競馬学校の教官も経験している。

「乗馬を始めた頃は馬が怖かったですけど、そのうち大好きになりました。馬は犬や猫とは違う魅力がありますね。ただ人間が常に主人でいなくてはいけないと思っていますので、馬をペットのようにはしたくないんです」

 可愛いがるだけのペットではない。人間とともに何かを成し遂げていくパートナーとして、馬という生き物を尊重しているのだという気持ちが、その言葉からは伝わってきた。クラブ名の由来をうっかり尋ね忘れてしまったが、村上さんの馬へのその思いこそが、「パートナーホースクラブ」という名称となったのではないかと想像した。マイネルアワグラスも、他の馬たちも、村上さんや会員さんたちの良きパートナーとして、これからも大切に可愛がられていくことだろう。


※マイネルアワグラスは見学可です。ご希望の方は事前に連絡してください。

パートナーホースクラブ
〒286-0212
千葉県富里市十倉911(若草牧場内)
電話 0476-85-6282
受付時間:9時〜17時(月曜定休)

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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