不確定要素がきわめて少なかった一戦
限られた有力馬に人気が集中し、もたらされた結果は「1、2、3、4、6、5…」番人気の決着だった。見方によっては、身も蓋(ふた)もないような必然がもたらされたレースということになるが、根幹の重賞競走が、4着、5着、6着馬まで、だれが考えても「必然の結果」として決着することなど、年間に数えるほどしかない。
新潟の良馬場の直線1000m。決着するタイムは、どの角度からだれが考えても「54秒0」前後であり、ここには、ほかのレースのように他馬が関わる「レース展開」という要素がない。自身が54秒0前後で乗り切らないことには、どうやっても勝ち負けは関係ない。
少なくとも「54秒0前後から、54秒3-4」で乗り切れると考えられた有力馬が、その通りの時計で上位3着までを占め、そこに続いた4-6着馬は、「54秒台中盤なら…」と考えられた次につづくグループだった。未知の部分は捨てがたいが、この直線1000mを54秒台の中盤より速いタイムで乗り切るのは苦しいか…と考えられた伏兵グループは、残念ながら予測通りのスピード決着になったから通用しなかったのである。非常にストレートなレースだった。
良くいえば、たまには理詰めの推理で正解に結びつくようなこんな明解なレースがあっても、原点に帰るかのようでいいかもしれない。不確定要素に満ちあふれ、レースが終了してからもまだ、「きっとたまたまの結果にちがいない」と振り返るしかないようなレースばかりでは苦しい。といって、順当すぎてもつらいが、直線1000mのレースには、当たり前のことではあるが、波乱をもたらす不確定要素がきわめて少なかったのである。
人気に応えた
ベルカント(父サクラバクシンオー)の勝ち時計は、初挑戦だった昨年とそっくり同じ「54秒1」だった。
ネロ(父ヨハネスブルグ)との着差はアタマだけ。ゴール前100mでは交わせないかとも映ったが、2馬身差の楽勝だった昨年の最後の1ハロンは「11秒5」であり、今年はレースの最終1ハロンが「11秒2」だった。800m通過地点ではまだ並びかけていなかったので、ベルカントの最後の1ハロンは「11秒1(推定)」である。
昨年の54秒1は最初から先頭と並ぶように先行し、自身の中身は、「12秒1-10秒1-10秒3-10秒1-11秒5」=54秒1。今年のベルカント自身の推定ラップは、「12秒2-10秒2-10秒6-10秒0-11秒1」=54秒1。
バランスはほとんど同じでも、昨年の自身の800m通過は「42秒6」であり、一方、ラチ沿いを逃げるネロを射程に入れながら進んだ今年は推定「43秒0」の通過だった。昨年の上がり3ハロンは31秒9であり、今年は31秒7。注目すべきはもっとも苦しい最後の200mのハロンラップでは「0秒4」も昨年を上回っていることである。勝ちタイムは同じでも、ベルカントの勝った今年の内容は、苦しい最後の200mでも鈍らなかった点で昨年以上の価値があるとしたい。
一方、敗れた5歳ネロも、ここまでの1000m【2-2-0-0】は、だいたい前半の400mを22秒2くらいのペースでなだめて進みながらも、後半600mは絵にかいたように毎回「32秒4」にとどまるのがパターンだったが、今回は「22秒2-31秒9」=54秒1。奇しくも昨年のベルカントのラップバランスとそっくり同じである。近年、1000mでもブンブン飛ばさないのは下級条件でも一般的になっているが、1000mを54秒0前後の高速タイムで乗り切りながら、なおかつ後半を「32秒0未満」でまとめられるような優れたバランスを身につけたとき、G1の1200m「スプリンターズS」でも通用するケースが多くなっている。サマースプリントシリーズが当面の目標になるベルカントのつぎの予定レースは「北九州記念(1200m)」。ネロも同じようなローテーションになると思われるが、この2頭、今回の内容ならスプリンターズSもチャンスありだろう。
3番人気の6歳牝馬
プリンセスムーン(父アドマイヤムーン)は、今回は早めに人気の2頭を射程に入れることに成功したが、ライバルの5歳ネロは、今回は素晴らしいデキの良さを誇っていたうえ、前述のようにこれまでより明らかにスケールアップしていた。プリンセスムーンはここまで新潟の直線1000m【3-2-0-0】。今回は自己最高の54秒4のタイムを「0秒1」短縮して、前を行く2頭に自己最高タイの31秒8で追いすがったが、「最後は前の2頭と同じ脚いろになってしまった(北村友一騎手)」。6歳牝馬ながら少しもスピード能力に陰りはないが、今回は先着を許した2頭の中身が良すぎた。
4着
アットウィル(父アドマイヤムーン)は、今回が初の直線1000m。「54秒6」で乗り切ったから立派なものだが、3着プリンセスムーンとはこの距離では決定的な2馬身差。同じ6歳
ローズミラクル(父フジキセキ)も初挑戦の前回と同じく54秒6。新潟直線の1000mのオープンクラスは、5月の韋駄天Sと、このアイビスサマーダッシュに限られているから、このあとはこれまで通り1200mのレースでの地道なパワーアップしかない。
5歳牝馬ベルカントはこの秋で引退し、来春の交配相手はキズナ(父ディープインパクト)になることが発表されている。サクラバクシンオー(父サクラユタカオー)の母の父としての優秀性はすでに知られるところであり、キタサンブラック(父はディープと同血ブラックタイド)、トップカミング(父ゴールドアリュール)、スターバリオン(父ゴールドアリュール)、アデイインザライフ(父ディープインパクト)、ブランボヌール(父ディープインパクト)など、近年どんどん活躍馬が増えている。