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コビさんの本と「絆」

  • 2016年08月13日(土) 12時00分


 週明けから札幌の生家に来ている。

 旅の供に2冊の本を持ってきた。「コビさん」こと小桧山悟調教師の写真集『GORILLA MY GOD』(サンマガジンムック)と、著書『馬を巡る旅』(三才ブックス)である。

 写真集はタイトルのとおり、ゴリラを撮った作品を集めたものだ。競馬の調教師がゴリラの写真集というだけで意表をついて面白いし、帯には武豊騎手がユニークな推薦文を寄せている。ページをめくりながら写真と活字に触れるほどに、コビさんが「第二の故郷」と呼ぶアフリカで見た「山の神」への、強く、熱い思いが伝わってくる。

 ゴリラが「山の神」で、アフリカの子供たちが「里の神」なら、サラブレッドは「速さの神」、いや、「美しさの神」といったところだろうか。

 そんな馬たちが、競馬場以外のところで生きる姿や、人間社会との結びつきを深めていく様を、丁寧な文章と写真で紹介しているのが、後者の『馬を巡る旅』だ。

 章立ては「神馬(しんめ)を求めて」「島に生きる馬たち」「競馬のある風景」「駆け抜けたゴールの先で」となっている。「週刊競馬ブック」および「優駿」に掲載された文章に加筆・修正し、一冊にまとめたものだ。

 競走馬を扱うプロだからこそ意識せざるを得ないサラブレッドの難しさがある。それが馬たちの第二、第三の「馬生」で浮き彫りになってくる――。

 和種ならではの、日本人、日本文化との相性のよさがある――。

 神事としての「くらべうま」も、江戸時代の終わりに居留外国人が始めた近代競馬とは別のつながり方で、現在の日本の競馬の根っこになっている――。

 そうした馬の姿、馬と人との関わり方があることを知り、その営みに思いを馳せることが、現在の競馬の奥にひろがる世界に触れることにもなる。この本は、そんな世界への道しるべとなる良書である。

 さて、先日、ニュースコーナーでもとり上げられたように、東日本大震災の翌年、当サイトに連載していた競馬小説「絆」が、来年3月NHK地上波で放送されるドラマの原作となった。

 大手制作会社所属のプロデューサーAさんから、私のサイトに掲載してあるアドレス宛てにメールが来たのは、去年の7月25日、土曜日、相馬野馬追初日のことだった。メールに気づいたのは、夜、いつも泊めてもらっている小高郷の騎馬武者・蒔田保夫さん宅の2階で、その日撮った写真を整理をしたり、翌日の取材の準備をしていたときだった。

「絆」が映像化される予定はあるか、もしなければ、Aさんの会社で実現に向けて動くことを検討してもらえないか、といった内容だった。

 最初はイタズラか何かの可能性も疑ったのだが、私でも名前を知っている会社の責任ある立場の人からの依頼だ。ウーンと思っていたら、追伸のメールが来た。Aさんは福島の出身で、いつか震災と向き合った作品に携わりたいと思っていた、とあるのを見て、ぜひお願いしたい、と返信した。

 Aさんと初めて会ったのは8月1日、私の自宅兼事務所から近い駅ビルの喫茶店だった。

 野馬追の日にメールをくれたのは、心を動かす効果を狙ってのことだったのかと訊いたら、彼は、その日に野馬追が開催されていたことすら知らなかった。つまり、偶然だったのだ。

 私は、なぜ「絆」を書こうと思ったのか、そこに至る過程で、なぜ相双地区の被災馬を取材するようになったのか、蒔田さんとの出会いなどを含めて、2時間ほど話した(長い話に付き合わせてすみませんでした)。そして、「絆」の精神というか魂というか、作品にこめた思いさえ共有してもらえれば、登場人物やストーリーをキャストに合わせて変更するなど、映像のプロのよかれと思うようにやってもらいたい、と伝えた。

 しかし、大前提があった。Aさんは、こうしたテーマを常時何本も抱えていて、実現まで年の単位で時間がかかることがほとんどで、また、キャストも放送局も確保できず、ボツになるケースも多い、とのことだった。映像化が実現しなければ、精神や魂を共有しても、そこで終わってしまうのだ。

 途中、ひと月かふた月ほどAさんから連絡のない時期もあった。

 ――あの話はなくなったのかな。

 と思ったこともあったのだが、こうして実現にこぎつけた。登場人物やストーリーの変更に関しては、「競馬」や「相馬野馬追」という専門性の高い分野の作品だけに、私もたびたび打ち合わせや会議に加わって考えを述べた。

 よく「すごいですね」と言われるのだが、すごいのは私ではなくAさんであり、また、彼の求めに応じて動いた人たちだ。

 初めてメールをもらってからほぼ1年後、撮影現場で、主演の役所広司さん、新垣結衣さん、勝地涼さん、田中裕子さんら豪華キャストと数十名のスタッフの前で原作者として挨拶をしたとき、Aさんと駅ビルの喫茶店で向き合っていた日のことを思い出し、

 ――プロデュースって、こういうことか。

 と、Aさんの手腕に感心しつつ不思議な気分になり、夢のようだけど妙に腑に落ちたというか、ひとり感慨にふけってしまい、何を言っているのかわけがわからなくなってしまった。

 好調な馬券の売上げ、セレクトセールの大盛況、藤田菜七子という新しいスターの登場、そして「絆」。

 私は以前、1973年に中央のクラシックを走ったハイセイコーが主役となった第1次競馬ブーム、90年に「奇跡のラストラン」を演じたオグリキャップが盛り上げた第2次競馬ブームにつづく第3次競馬ブームは、第1次と第2次の間が17年あったので、1990年+17年=2007年に到来する、とあちこちで言ったり書いたりしていた。

 それは非常に惜しい結果に終わった。ディープインパクトが06年限りで引退したため、07年に牝馬として64年ぶりにダービーを勝ったウオッカとの対決は実現せず、三浦皇成騎手が華々しくデビューしたのは08年、と、いろいろなことが少しずつズレてしまったのである。

 さらに10年ズレた2017年、つまり来年が、あとで振り返ったら第3次競馬ブームの起点だった、なんていうことになってくれないだろうか。あんなこともあったね、こんなことも……というファンの述懐に、「絆」という言葉も聞かれるようになっていれば、もっと嬉しい。

 当たり前だが、馬が競うと書く競馬でもっとも大切なのは、馬だ。どんなスターホースが現れ、どんなふうに競馬を盛り上げてくれるのか。

 今の競馬を、しっかり見つめたいと思う。


 原稿を送ったあと、武豊騎手の父であり、騎手時代「ターフの魔術師」と呼ばれた武邦彦氏の訃報が届きました。

 素晴らしいホースマンであり、素敵なお父さまであり、ダンディな方でした。

 何度も取材でお話を聞かせてもらいましたが、だいたい息子さんについての話ばかりでした。タケクニ先生ご自身の騎手時代のお話も、もっとゆっくりうかがいたかったです。

 本当にありがとうございました。

 やすらかにお眠りください。

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作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊ギャロップ、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。趣味は読書と読売巨人軍の応援。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。最新刊はテレビドラマ原作小説『絆〜走れ奇跡の子馬』。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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