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夫婦で築いたホースセラピーという名の愛情

  • 2016年09月27日(火) 18時00分
御殿場カルチャーファーム

御殿場カルチャーファームの野口克之さん&操子さんご夫妻



笑顔になって帰るのを見ると力を貰えるんです

 金沢競馬場で行われたサンクスホースデイズにて、地元の専門学生に向けてのホースセラピー公開授業が行われました。ポニー3頭に障がい者の方々を乗せてデモンストレーションを行ったのが、静岡県にある御殿場カルチャーファームの野口克之さん&操子さんご夫妻。何百人という観客に囲まれても動じずに歩くポニーたちと、1周回るごとに筋肉の硬直が和らいでいく障がい者の方を見て、心底感動したものです。そこで今回は、御殿場カルチャーファームを訪ねてみました。

野口克之さん

牧場を始めた野口克之さん



赤見:この牧場を始めたのは2年前なんですね。

克之:そうですね。その前は東京で日の出乗馬クラブをやっていました。もともとは親父が経営していて、僕は手伝いをしていたんですけど、親父が亡くなって跡を継ぎました。僕に対して噛んだり蹴ったりして来た馬たちが、親父が姿を見せなくなってパタッとやらなくなったんですよ。その時、「馬ってボスっていうのがわかるのかな」と感じましたね。人間と馬だけど、馬はきちんと見ているんだな、俺をボスと見てくれているなと思いました。

赤見:現在はホースセラピーに力を注いでいらっしゃいますが、どんなことがきっかけだったんですか?

克之:いろいろな要因があるんですけど、一つは馬の能力の幅広さを知ることができたからです。先ほど言った馬の変化もそうですし、子供を乗せると慎重に歩くなとか、観察しているといろいろなことがわかってきます。馬の能力って、僕らが思っているよりもたくさんあるんですよ。そういう能力を活かしていきたいということでホースセラピーにたどり着いたんです。

 それまでにもホースセラピーということは知っていたんですが、「障がい者が乗ったら危ないんじゃないか」とか、「自己満足なんじゃないか」と感じていて。でも、馬の能力を実際に体験した人間こそがやらなきゃいけないんじゃないかと思うようになりました。うちは子供が自閉症だったり、障がいを持っている子がいるんですけど、馬に乗せるとすごく楽しそうなんですよね。「交代」って言っても「嫌だ」って言って(笑)。自閉症の子は好き嫌いがハッキリしているので、本当に楽しいんでしょうね。

 もう一つ、僕の永遠のテーマとしては、馬文化を伝えて行きたいという気持ちがあります。今、うちには農耕馬がいるんですけど、農耕馬が実際に畑を耕したり、仕事をしているのをリアルタイムで見ているのは、世代的に僕らしかいないんじゃないかと思います。それに、親父が騎兵隊だったので、馬が人間のためにどれだけ犠牲になって来たかさんざん聞いて来ました。今の時代は馬の存在が薄れて来ているけれど、ホースセラピーやお祭りなど、今の時代に即した馬の使い方がまだまだあるんじゃないかということで、それを伝えて行きたいです。うちは僕が馬の目線で見ていて、奥さんが障がい者の目線で見ているので、いい連携ができているんじゃないかと思います。

赤見:今は何頭くらいの馬たちがいるんですか?

克之:今は22〜23頭です。外に貸している馬もいるので。その中でポニーは7頭くらいです。

ホースセラピーで活躍するポニーたち

ホースセラピーで活躍するポニーたち



赤見:ホースセラピーをするのは全部ポニーですか?

克之:大きい馬もしてますよ。種類はパロミノなどの中間種です。それに農耕馬も使っていますね。障がいを持っている子は引きこもって肥満になる子もいるので、ポニーだと小さいんですよ。なので、大きい馬も必要なんです。

赤見:サラブレッドでは難しいですか?

克之:ダメではないですし、日の出乗馬クラブの時はサラブレッドでやっていたこともありました。ただ、何かあった時のために横を歩くんですけど、その時にサラブレッドだと背が高すぎるんですよね。ポニーや中間種なら、すぐに乗っている方を抱きかかえられるので、とても扱いやすいんです。だから、気性の問題というよりは体格の問題が大きいです。

赤見:金沢での公開授業では、体の麻痺がある障がい者の方が、ポニーに乗ることで筋肉が和らいでいくところを間近で見せていただきました。

操子:障がい者の方はどうしても体の緊張が強いんですけど、ポニーに乗って一周すると気持ちも体もリラックスして筋肉がほぐれていきます。リハビリとしては床の上でやるよりも緩むのが早いんですよ。日本ではまだ医療行為というところまではいっていないんですけど、うちに来てくれた子たちは本当に楽しそうだったりして親御さんも喜んでくれるんです。ただやっぱり、通うとなると日々の生活もあるので難しいんですよね。だから今は、こちらから行けるようにしていきたいと動いています。

赤見:こちらから行くというのは?

操子:先日の金沢サンクスホースデイズもそうですけど、馬たちを連れてこちらから会いにいけるようになれば、もっとたくさんの方々に触れていただけると思うので。そのためには、どこに行っても動じない馬を育てることが重要になってきます。

克之:馬を育てるのは難しいんですよ。ポニーならなんでもいいっていうわけでもないですし。その子供によって足の開く幅が違いますし、筋肉がほぐれてくれば徐々に開くようになるので、ポニーも細身の馬から太目の馬まで段階的なサイズを揃えたいんですよね。

赤見:わたしもその効果を実際に目にして驚きましたが、さらに障がい者の方々が生き生きしているのが印象的でした。

操子:本人もそうなんですけど、障がい者の子を持つ親御さんにとっても大きいと思うんです。わたしも娘がそうなのでよくわかるんですけど、介護していく親たちもキツいんですよ。でも馬に乗ったり触れたりすることで子供たちが笑うと、親御さんたちがとても喜んでくれて。麻痺があって表情が動かせない子でも、「うちの子、笑ってます!」って。子供たちはもちろん、親御さんたちにとってもホースセラピーは癒してくれるものなんです。

 今はどちらかというと子供たちに向いてるけれど、もちろん大人でも大丈夫です。例えば脳梗塞など障がいが残った方のリハビリもできますし、心のケアだったり、腰痛や肩こりでもいいんです。それに、ホースセラピー=障がい者という考え方はちょっともったいないんですよね。健常者の方も、親子でもカップルでも、気軽に遊びに来て欲しいです。

赤見:ホースセラピーというと敷居が高い気がするんですよね。

操子:確かにそうですよね。でも、会社でむしゃくしゃして馬に会いに来たというのもセラピーですし、休みの日に馬と触れ合って、「これで月曜日からがんばれます!」って言われたらわたしも嬉しいです。

御殿場カルチャーファームのみなさん

御殿場カルチャーファームのみなさん



赤見:どんな想いで続けているんですか?

克之:人に評価されようというんじゃないですね。障がい者を馬に乗せると自分が癒されるんです。そこですよね。僕は長く馬をやって来た経験があるし、長い間馬をやって来たからこそ使命感もあります。馬の世界って、子供を扱うクラブ、障がい者を扱うクラブはランクが下に見られるふしがあるんですけど、でも競技会で結果出すことだけがすべてじゃないでしょと。将来的に自分のやり方を支持してくれる若い人が増えれば嬉しいですね。自分の知識を伝えて行くのが自分の使命かな。

操子:お金を稼ごうと思ったら厳しいですけど、お客様が笑顔になってくれたり、来た時と帰る時で表情が変わったり。そういうのを見ているとこちらが力を貰えるんです。そういう人たちのために続けて行きたいです。

常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30〜)に出演中。

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