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スマイルジャックの娘たち

  • 2016年10月01日(土) 12時00分


 先日、スマイルジャック(セン11歳)の娘たちに会うため日高に行ってきた。

 競走馬、種牡馬につづく「第三の馬生」となる乗馬としての道を歩みはじめた父の貴重な血を宿した2頭は、それぞれに個性的で、愛らしい姿を見せてくれた。

 札幌の実家から道央自動車道を通って1時間半ほど。鵡川の上水牧場に、スマイルの次女にあたるブーティーの2016がいる。

 会うのは今回が2回目。前回、5月20日に来たときは、まだ生後4日目だったので、馬房からパドックに移るときも、曳き手綱を使うのではなく、人間に体を抱えられるようにして歩いていた。

 あれから4カ月。どれだけ成長しているか、ワクワクドキドキしながら待っていると、驚いた。

5月17日生まれのブーティーの2016。母の父はフジキセキ。左は上水牧場代表の上水明さん。9月26日撮影(以下同)


 流星はそのままだが、全体の毛色が濃くなって、後ろ脚の白が明瞭になり、何より馬体のボリューム感がまるで違い、もう、立派なサラブレッドのそれになっていた。

「どんどんスマイルジャックに似てきて、皮膚が薄く、やわらかいんですよ」と、上水牧場代表の上水明さんは微笑む。

 胸前に手のひらをあてると、あたたかく上質なカーペットに、すうっと沈み込んでいくかのような感触だった。

「スエードみたいでしょう。皮膚感は、今年の当歳で一番いいかもしれません。内臓のよさが、そこに現れているのだと思います。馬体もいいですよ。お尻が大きくて、ぼくの好きなタイプです」

 先日のサマーセールで、この馬の半兄ブーティーの2015(1歳、父スウェプトオーヴァーボード)が1550万円で落札された。父の種付料が出生条件で80万円(2014年)だから、それだけ馬っぷりが高く評価された、ということだろう。

 大伯母にゴールドティアラがいて、その11歳下の弟ポエッツボイスは10年の英クイーンエリザベスII世ステークスなどを勝ち、種牡馬になっているなど、底力のある母系だ。

 この次女も、もしセリに出たら、いい値がつくと思われる。

上水さんに曳かれて歩くスマイルジャックの次女。左は母のブーティー。


 私が訪ねたのは午前10時ごろだった。前日の午後2時から、この日の午前8時ごろまで夜間放牧に出されていたので、まだ疲れていて眠かったのだろう、じっとしたままおとなしく撫でさせてくれた。

 馬体の立派さだけではなく、身のこなしや、カメラを持った私を見るときの目などは、スマイルにそっくりだ。スマイルはいつも、

 ――なんだ、またお前かよ。

 とギロリとガンを飛ばしてきたのだが、この次女も、

 ――なによ、アンタ。

 という感じで、こちらをジロリと見る。可憐な少女に「ジロリ」なんて言っては申し訳ないが、そんなところが、いかにもスマイルの娘という感じで、たまらなく可愛い。

「ズブいというか、我が道を行くような性格です」と上水さん。

 上水牧場では生後5カ月を離乳の目安としているので、来月、10月17日をメドに離乳させる予定だという。

 さらに2時間弱、海沿いをクルマで行き、浦河の三好牧場を訪ねた。

 スマイルの長女、「ラブちび」ことラブインザミストの2016と3度目の対面を果たすためである。

スマイルジャックの長女、3月18日生まれのラブインザミストの2016。母の父ルールオブロー。


 初めて会ったのは生後ひと月強の4月23日、2度目がふた月ほどの5月20日、そして、半年強の今回だ。

 こちらも、ひと回り、いや、ふた回り体が大きくなっていた。顔は可愛らしいままだが、同世代の仲間たちと放牧地で草を食べる姿は、すっかり一人前のサラブレッド、という感じである。

「だいぶ気性的に落ちついてきました。人ずきがいいのは相変わらずです」と三好悠太さん。

 離乳したのは9月10日。同じ放牧地にいる数組の親仔から1頭ずつ母馬を離していくやり方で、9月22日に最後の母馬を離し、この放牧地にいるのは当歳馬4頭だけになった。

 メンバーは、ラブちびのほか、シンコウベルデの2016(牝)、ナンヨーサフラウアの2016(牡)、ファミリーバイブルの2016(牡)と、牡牝が2頭ずつだ。

左から、シンコウベルデの2016、ラブちび、ナンヨーサフラウアの2016、ファミリーバイブルの2016。


 悠太さんの妻・美穂さんによると、ラブちびはこの放牧地のアイドルだという。シンコウベルデの2016も女の子なのだが、体が大きくて性格がキツいので、男の子2頭は、いつもラブちびばかり追いかけているとのこと。

 確かに、私がカメラを向けると、ラブちびが草を食べながら(食べているふりをしながら?)こちらにズンズン迫ってきて、ほかの馬たちもつづいて接近してくる。

 サラブレッド版ジャンヌダルクではないが、放牧地のリーダーになってしまうこともあり得そうだ。

「動きも機敏で、尻っ跳ねの打点はすごく高いですよ」と美穂さん。

 いやはや、なんとも頼もしい。人間の男の子が走り回ってあちこちにケガをするのと同じように、左前脚にすり傷をつくっていたりと、男勝りな面もあるようだ。

 こちらも3代母の兄に天皇賞馬キョウエイプロミスがいるなど、母系にも貴重な血が流れている。

 個人的な話になるが、前にスマイルの長女と次女を見に来た日は、夜、札幌に戻って母の入院先に行き、母を看取ることになった。

 それもあって、贔屓のスマイルジャックが残したふたつの新しい命は、どんなときでも忘れようがない特別な存在になっている。

 このまま元気に、すくすくと育ってほしい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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