遠征経験の差が出た「菊花賞15連敗」の関東馬
1番人気に支持された
サトノダイヤモンド(父ディープインパクト)が中団から抜けて快勝。
大種牡馬となったディープインパクトは、6世代目の産駒によって「7つの3歳GI競走」完全制覇を達成。皐月賞は
ディーマジェスティ、日本ダービーはマカヒキ、そして菊花賞をサトノダイヤモンド。同一種牡馬の異なる産駒による牡馬3冠制覇は史上初めてだった。
どうしてもGI競走に手の届かなかった里見治オーナーは、1992年に所有馬をJRAに出走させて以来、約24年8カ月で悲願のGIタイトルを手にすることに成功した。また、C.ルメール騎手にとっても日本での初のクラシック制覇だった。一方、関東馬は、クラシック競走の歴史の中でありえない「菊花賞15連敗」という大変な記録を更新することになってしまった。
レース全体のペースは「59秒9」-「64秒5」-「58秒9」=3分03秒3。強力な先行タイプがいない年の流れで、レースの中盤1000mが64秒台に落ち込み、坂の下りあたりからの後半は3000mの長距離戦とは思えないほど速くなった。今年のレース上がりは「46秒7-34秒7-11秒6」。上がり3ハロン34秒台は、2000年代の前半によく出現した後半の1000mだけの勝負の典型的なパターンである。
パドックに各馬が登場した瞬間、サトノダイヤモンドから馬券を買っていたファンは的中を確信したかもしれない。ルメール騎手は、パドックでまたがった瞬間「前回とはまるで違った」と振り返った。サトノダイヤモンドの落ち着き払った気配、しなやかながら鋭い歩様には抜きんでたものがあった。3冠レースに全部出走し、「皐月賞3着→日本ダービー2着→菊花賞1着」の尻上がりの成績を記録したのは、史上、1999年のナリタトップロードにつづき2頭目になる。
一方、最大のライバル=ディーマジェスティ(父ディープインパクト)の2冠達成に期待していたファンは、「なにかが違う」ことに不安になった。いれ込んでチャカついているわけではないが、やけにチョコチョコ、チャンピオンらしくない歩き方のディーマジェスティ(さすがにいつもこんなに小さい動きはしない)をみて、敗戦を覚悟したかもしれない。サトノダイヤモンドと、ディーマジェスティは身体のバランスも歩き方も異なるから、2頭を比較することには意味はないが、かもしだすレース直前の雰囲気が、もう勝者と敗者だったのである。
中盤に著しい中だるみのラップが刻まれた地点でも、中団より少し前で折り合って進むサトノダイヤモンドの前後には、不思議なほどのびのび走れるスペースがあった。「勝者の空間」である。2周目に入って大事に外に出たサトノダイヤモンドを射程に入れマークするようにディーマジェスティ。やがてサトノダイヤモンドとともにディーマジェスティも動くのは分かっているから、懸命になだめながらディーマジェスティの直後でこれを徹底マークしていたのが、福永祐一騎手の
レインボーライン(父ステイゴールド)だった。
自分のリズムで折り合って進むことが求められる3000m。しかし、快走するためにもっと重要なのは、間違いなく勝ち負けするだろう馬を徹底マークして射程圏から逃がさないこと。秋華賞を勝って意気上がる福永騎手は、すぐ前にいるディーマジェスティをみながら、その前にいるサトノダイヤモンドも射程に入れていた。結果、同じようにスパートして2馬身半差は仕方がない。現時点での力の差である。
菊花賞15連敗となった関東所属のディーマジェスティのパドックと、おなじく関東馬6連敗となった先週の秋華賞の関東馬ビッシュをみながら改めて思ったのは、近年の有力馬はJRAのトレセンと、民間のトレセンを再三行き来しているから、輸送は慣れっこ。ビッシュも、今回のディーマジェスティも関西圏への輸送を苦にしたわけではない。帯同馬との関係もあり1日早く輸送したディーマジェスティは、当日輸送がないせいか、シャープに研ぎ澄まして出走するケースが多い菊花賞で、自己最高の馬体重482キロだったくらいである。
ただ、秋華賞を勝ったヴィブロスも、2着パールコードも、トライアルとの関係はあるが、春から2度も3度も関東圏のレースに遠征経験のある牝馬だった。直前の輸送が平気だったとかではなく、遠征してレースをした経験が豊富であり、心身両面でタフだったのである。3歳クラシック競走は東西に場所を移して行われる。遠征経験は当然必要である。
しかし、キャリアもあるが、ビッシュは初めて関東圏以外のレースだった。菊花賞のサトノダイヤモンドは、春からの有力馬なので中山へも東京へも遠征して激戦を経験し、結果的に心身両面で鍛えられていた。2着のレインボーラインも、見事にあわやの3着に巻き返した
エアスピネルも、ニュージーランドTや、弥生賞のころから再三関東圏を飛び回っていた。
ところが、春のクラシック2冠は関東圏だからとはいえ、ディーマジェスティも、
プロディガルサンも、
ウムブルフも、関東所属の有力どころは関西でのレースがまったく初めてだった。平然と落ち着き払って周回するサトノダイヤモンドの後ろで、チョコチョコ、もじもじ歩くディーマジェスティは、たしかに直前輸送くらいは平気でこなした。でも、最初から慣れない雰囲気に飲まれて負けていた部分もあったのではないだろうか。
最近のビッグレースでは、必死に巻き返しが叫ばれた10年くらい前と異なり、栗東に滞在して結果を出す関東馬は少なくなった。だからというわけでもないが、菊花賞15連敗。秋華賞6連敗である。だれがみても「桜花賞の有力候補」を、関東の厩舎に入れるオーナーランキング上位の著名オーナーは存在しない。桜花賞は、最初から阪神で行われることに決まっているからである(アパパネのように関東馬が桜花賞で結果を出すためには、栗東滞在の手段も求められる)。
桜花賞の目的は、「次代につながる優れた牝馬を早く選定」することにある。関西に将来を嘱望される牝馬の入厩が多くなると、その子供たちも親と同じ系列の関西の調教師のもとに入厩するケースが多くなるから、とくに牝馬の場合は、もともと関西所属の牝馬のレベルが高くなるのは自然の成り行きでもあり、「桜花賞→オークス」路線の関西馬攻勢は理由がある。
牝馬のレベルが高くなると、つれてその産駒たちの全体レベルも高くなるが、皐月賞、日本ダービーは関東で行われるから、牡馬のレベルも最初から関西の方が高いとするのは飛躍しすぎ。
でも、さすがに菊花賞15連敗はあまりにもまずい。仕上げの流儀、出走レースの選び方に主張はあるだろうが、これだけ負け続けては、神戸新聞杯(ローズS)出走うんぬんは別にして、菊花賞(秋華賞)を狙うというなら、関西圏への遠征経験くらいは必要である。3歳春を展望して、わざわざ東京に遠征する関西の秋の2歳馬の未来展望を見習いたい。やがて菊花賞を勝つために、「京都2歳Sに遠征する」。そのくらいの男が出てこないと、16連敗、17連敗…である。