スマートフォン版へ

素晴らしさが、余すところなく爆発/天皇賞・秋

  • 2016年10月31日(月) 18時00分


望外のスローペースならもう相手は関係ない

 1番人気に支持された5歳牡馬モーリス(父スクリーンヒーロー)の素晴らしさが、余すところなく爆発した天皇賞・秋2000mだった。びっしり仕上がり、かつ筋肉モリモリだった。

 直線に向いて記録されたラップは「11秒5-11秒0-11秒7」。一気にペースが上がったところで、そこまで望外のスローペースに乗って好位を追走できたモーリスのR.ムーア騎手は、こんなペースならもう相手は関係ない。猛然とスパートするのみ。一気に抜けだして勝利を確定させてしまった。

 もともとコンビで制した15年のマイルチャンピオンS、15年の香港マイルの内容から、2000mへの距離延長など「ほとんど心配ない」と考えていたR.ムーア騎手にとっても、厳しい流れの東京2000mを追走する形は、黙ってはいても本当は死角だったろう。それが、レースは先頭のエイシンヒカリのラップが「36秒9-48秒8-1分00秒8-1分13秒1-1分25秒1…」

 最近10年では、信じがたいスローとされた2014年の「1分00秒7-59秒0」=1分59秒7と並ぶゆるい流れであり、もう相手をみる必要も、馬体を併せる必要もない。モーリスは邪魔されずに独走できる外に回って、一気にスパートするだけだった。

 ただ、芝コンディションもあれば、前半からの位置取りもあるが、レース上がり「34秒2」のなか、モーリスの最後は「33秒8」にとどまった。位置取りは異なるが、2着リアルスティール(父ディープインパクト)の上がりも、3着ステファノス(父ディープインパクト)の上がりも33秒5である。記録面からすると、あのスローに乗っていたモーリスが、ムーア騎手が叩き出して再三ムチを入れ、めったにないほど激しいアクションで追い続けたのに、ゴール寸前はほぼいっぱいの脚いろで1馬身半差。流れを考慮しても平凡な1分59秒3。

 モーリスに2000mに対する不安は(あまり)ないことは再確認できたものの、しかし、残り2ハロンあたりで叩き出したモーリスは「ぶっちぎって勝てそう」に思えた。でも、そうはならなかったのは相手が力量十分のリアルスティールであり、ステファノスだったからなのか。あるいは、爆発的なスピードで抜け出しながら最後は少々苦しくなって「11秒7」は、本当は1600m前後がベストを示しているのか。モーリスの能力を絶賛しながらも、距離にカベがあるのは否定できないとも感じた。あくまで感覚の世界だが、リアルスティールやステファノスの父ディープインパクト級なら、あの楽勝パターンに入ったら4〜5馬身差の圧勝だったのではないかと想像したい。このあとの予定は発表されていないが、引退レースは昨年勝った香港マイルか、2000mの香港カップ(昨年の勝ち馬はエイシンヒカリ)なのか、出走予定メンバーと、ムーア騎手、モレイラ騎手が乗れるかどうかによるとされる。気になる選択である。

 そのエイシンヒカリ(父ディープインパクト)は、どうしたのだろう。パドックでは最後の1〜2周になるまで落ち着き十分。止まれのあと、奇声の歓声が飛んで驚き怪しくなりかけたので、本馬場へ先出し。エイシンヒカリとすれば珍しく優等生だった。レースでは大外のラブリーデイ(父キングカメハメハ)にうながされるほどのスローに持ち込み、「折り合いはつき過ぎるくらいだったけど、突き放そうとしたら、思ったほど伸びなかった。難しいな。走らないときのこの馬だった」というのが武豊騎手の首をひねりながらの談話のトーンである。

 イスパーン賞(仏)1800mを圧勝の内容などから、武豊騎手はスローで引きつけてレースを作るつもりなのか、とレースが始まってから思った。たしかにイスパーン賞では、追い出して突き放している。また、昨年の天皇賞・秋では明らかに入れ込んで消耗した状態ながら、クラレントの2番手追走の手に出て、それでも直線は抜け出して伸びかかり一旦は先頭。1分59秒1(0秒7差)でがんばった。あのときのエイシンヒカリの前半1000m通過は、今年とそっくり同じ60秒8前後である。今年は明らかに昨年より地力アップしている。だから、今年も再び同じペースで行って少しも不思議はなかったのである。

 しかし、当日の午前中まで、単勝だけは1番人気だったエイシンヒカリを支持したファンの多くは、初の東京2000mだった3歳秋でさえ、前半1000m通過「58秒2」で行って1分58秒3の自己最高タイムを持つエイシンヒカリは、モーリスを筆頭に、切れ味優先型の良さを削ぐようなそれなりの厳しいペースで行ってくれるはずだ、と期待したのではないかと思える。

 実際に騎乗してエイシンヒカリの能力を全開にしなければならない武豊騎手と、切れ負けすること必然となるスローではなく、もう少し行ってくれるのではないかと考えたファン(当然、わたしも)の間には、大きな温度差があったということである。武豊騎手のコメントだから、そのまま額面通りがとても真意ではないけれど…。エイシンヒカリは妙に淡々と走っていただけでもあるし…。

 エイシンヒカリも、12月は香港C2000mに出走の予定。モーリスは(たぶん)距離よりムーアか、モレイラの騎乗可能なレースに出走するので、モーリスと、エイシンヒカリ(武豊)の香港カップ2000mでの再対戦はありえる。今度は逆のペースがあるかもしれない。

 2着リアルスティールは、休み明けだったことを考慮すれば、さすが昨年の3冠「2、4、2着馬」であり、ドバイターフ(G1)の勝ち馬だった。今年はまだこれで4戦しただけの4歳馬である。このあとの選択肢も展望も大きく広がった。

 ステファノスは、数字のうえでは猛然と伸びて2着した昨年と同一にも近い上がり33秒5だった。脚の使いどころが難しい馬だけに勝ちみにおそい印象が連続するのは仕方がない。とくにスローだと難しい。この馬も昨年同様に香港カップに登録すると思われる。

 アンビシャス(父ディープインパクト)は、「60秒8-58秒5」=1分59秒3のスローが合わなかったと同時に、この日は後半になるほどインを通った馬の伸びない芝変化が痛かった。

 牝馬ルージュバック(父マンハッタンカフェ)は、間隔が詰まっての馬体減は最小限にとどまり、当日の気配も少しも悪くなかった。また、スローの切れ味優先の流れも望むところだったが、全体にタイムのかかる芝になっていたのが不利。爆発力の燃焼型だけに、続けて好走は間があいたときだけ。今回のように間隔が詰まると、元気はよくても、最近の天皇賞・秋で快走したブエナビスタ、ジェンティルドンナ、ウオッカなどより線が細かった。ただ1頭の牝馬に、スローで直線まで馬群の固まった展開も味方しなかった。

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング