第二のストーリー 〜あの馬はいま〜/佐々木祥恵

【追悼ムービースター(2)】「最期に皆を集めたね」たくさんの人に囲まれての旅立ち(読者リクエスト)

2016年11月01日(火)18時01分

注目数:95人
第二のストーリー

▲恋敵と一緒に外を眺めているムービースター、よく見ると無口がズレている!?(撮影:掛田利恵さん)


(前回のつづき)

周りを惹き付ける、ムービースターの優しい一面


 ムービースターは、およそ13年間、岩手県奥州市にある湯澤ファームで余生を過ごした。ファームスタッフの菊池真希さんは、ムービースターの最晩年の3年間をともに歩んできたが、その歳月は濃密なものだった。

 菊池さんは高校時代に乗馬の経験はあったものの、競馬はほとんど知らなかった。以前勤めていた職場で出会った掛田利恵さんとともに、癒しを求めて訪ねたのは、菊池さんの実家近くの湯澤ファームだった。

「私はゲームを通してムービースターの存在を知っていた程度で、活躍をリアルタイムで見てなかったですし、競馬もやっていませんでした。でもムービースターというすごい馬がいるんだよというのを聞いていたので、そんなにすごい馬がいるなら見てみたいし馬に癒されたいと思って、まっきー(菊池さんの愛称)と行ったのが最初でした」と掛田さんは当時を振り返る。

 2人は馬たちと触れ合って心が癒されるうちに、ムービースターが可愛くて仕方なくなっていた。ムービースターについて調べてみると、ファンもたくさんいることがわかり、過去の成績を知るにつれ、本当にすごい馬なのだなと、尊敬のまなざしでムービースターを見るようになっていた。

「それでも間近にいるムーは、性欲旺盛で牝馬にムラムラしていました(笑)。中央競馬で颯爽と駆けていた時の姿と、牝馬を見てムラムラしているじっちゃん馬というそのギャップがまた可愛かったんです(笑)」(掛田さん)

 全国のムービースターファンに向けて、そんな愛嬌たっぷりの姿をYoutubeにも投稿して発信もした。(→ムービースターの動画はこちら)

 ムービースターをはじめ馬たちに心を癒され、気持ちを新たにすることができた菊池さんは、ムービースターの世話がしたいと決意。前職を辞して、湯澤ファームで働き始めた。

「最初はきつかったです。腱鞘炎になって寝わらかぎ(馬房掃除に使う道具)を持つのも大変でした」(菊池さん)

 ヤンチャなムービースターの扱いも、結構大変だった。

「外に出す時はすごくうるさいんです。嬉しさが爆発して立ち上がった時に、顔を蹴られたこともあります(笑)。多分現役の頃と変わらない歩き方をしていたと思いますよ。従業員に対しては人なつっこくないですけど(笑)、ファンの方が訪ねて来ると、ちゃんと営業用の顔をするんです(笑)。こっちにもたまにはデレッとしてほしかったですね(笑)」と菊池さん。

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▲しつこくスマホを向けて写真を撮っていたら怒ってしまった…(撮影:菊池真希さん)


「でもすごく優しくて、空気が読める馬でした」と話すのは掛田さんだ。

「ムーの斜め向かいの馬房に、トレセンに入厩前の2歳馬がいたんです。その子をすごく愛して、可愛がってたんですけど、その子がとうとう美浦に旅立ってしまって、別れがすごく辛くて泣いていたんです。いつもならムーはイライラしていて、カメラなんか向けると写真撮るなとガーッと怒ったりするんですけど、その日は私の様子をジーッと見ていました。だから思わず、ムーちゃんみたいに活躍できるかな、怪我しないで帰ってこられるかな、ねえムーちゃんと問いかけていると、本当に優しく穏やかな表情で私を包み込んでくれました」

 その日の掛田さんのフェイスブックにも「いつもは寒くてご機嫌ナナメのあなたが、とっても優しい目をしてるから、私は笑顔になれました」そう綴られていた。

「いつもイライラしたおじいさん馬が、その時は気にするなよ、何とかやるよ若僧はって、ムーは励ましてくれたなと強く感じましたし、そういう表情を見せてくれる馬なんです。やはり空気読めてるなって思いました」

 掛田さんは、ムービースターの優しい一面に触れ、なお一層魅かれていった。

 1頭の馬との出会いは、人生を変える。菊池さんは湯澤ファームに転職し、競馬をほとんど知らなかった掛田さんは馬が生きがいとなった。全国各地にムービースターに魅せられた人がいて、直接岩手まで会いに来る人もいる。ムービースターという名前の通り、たくさんの人々を虜にしてきた。

「私がここで働き始めてすぐの頃に、重度の疝痛になって命が危ないかなということがありましたが、復活しました。それ以外は健康でした」(菊池さん)

 元気だったムービースターも、今年の5月1日に馬房で倒れ、立ち上がれなくなってしまった。

「倒れている間に、口元にある藁をムシャムシャしようかなという仕草をし始めたんです。それなら水分も取れるし青草をあげようと思って、口元に持っていったら、食べ始めて3口目に自分で立ち上がりました」

 倒れてからおよそ3時間半後のことだった。このまま起立不能だったら、安楽死も覚悟していたという関係者の心配をよそに、ムービースターは復活を遂げた。腰はだいぶ弱っており、フラフラはしていた。獣医に診せても年齢的なものという診断で、うまく付き合っていくほかはなかった。

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▲倒れた後何度も立ち上がろうと頑張り、3時間半後に奇跡的に自分の力で立った(撮影:掛田利恵さん)


 それでも普通に歩くことはできていた。ただ「肉体的な老化に気づいていないんです(笑)」と菊池さんが話す通り、放牧に出ると嬉しさのあまり暴れてしまって危ないので、残念ながら放牧の楽しみはお預けとなり、運動はお散歩をする程度にとどめていたという。

「たくさんの思い出を天国に持っていってくれたと思います」


 こうして復活したムービースターは夏を無事に越し、秋を迎えた。ムービースターに関わってきた人々は、2016年を何とか乗り切って31歳を迎えてほしい。そう願っていたに違いない。しかし10月2日に、再びムービースターは倒れてしまった。

 菊池さんはムービースターの馬房の前にテントを張って泊まり込んだ。地力で立ち上がったが、再び倒れ、今度は補助具を付けて起立させた。転倒した時に右目を打って腫れあがっている。「最終ラウンドを戦ったボクサーのようだった」と、そばで見守っていた掛田さんは回想する。

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▲倒れたと聞いて翌日に撮影者が訪ねた時(2016年10月3日)(撮影:rosenkavalierさん)


 ムービースターが倒れてからは、年に数回神奈川から湯澤ファームに通ってきていたファンも深夜にも関わらず車を飛ばして駆け付けた。東京からのファンが着いた時は「ムーちゃん、来年種付けさせてやるから春まで頑張れって言ったら生きるんじゃないの?(笑)」と、そういう冗談も言い合えるほど、一時期状態が落ち着いたように映った。

 ところがそれも長くは続かず、8日の夜、また倒れてしまった。この時は以前、働いていた埼玉在住の元スタッフも駆け付けてきて、馬房の前に張ったテントで様子を見ながら夜を明かした。明けて10月9日、朝飼いの時間になるとムービースターも食べたがる素振りを見せた。場長が「最後に飯食わせてやるか」と言って、その場にいたファンも含めてみんなで力を合わせて、ムービースターを起立させた。けれども立っているのが精一杯で、前に進むのも難しいほど衰弱しており、結局餌を口にすることはできなかった。

 その日の昼、埼玉から湯澤オーナーが到着して、ムービースターと対面した。ムービースターが静かに息を引き取ったのは、その翌日、10月10日だった。湯澤オーナー、各地から駆け付けた熱心なファン、埼玉在住の元スタッフ、そして菊池さん、掛田さん夫妻など、たくさんの人に囲まれての旅立ちだった。「ムービースターは最期に皆を集めたね」と湯澤オーナーはつぶやいた。

 菊池さんと掛田さんは「自分に終の棲家を与えてくれた恩人である湯澤オーナーが到着するのを待って、この牧場に来たばかりの頃に手をかけてくれた元スタッフを待って、長年応援してくれたファンの人を待って、皆揃ったのを確認して天国へと旅立っていったのだ」と、しみじみとそう思った。

 そして何度も倒れては立ち上がり、その間、心の準備もさせてくれた。「ムービースターってすごいな。やはり空気が読める」2人は改めてムービースターの偉大さを再認識させられていた。

 菊池さんは言う。「GIを獲っていなくても、それ以上のものを持っていたと思います。掲示板を覗いても、本当に愛されているんだという書き込みが多いですよね。心からムーを愛していて、虜になっているのが伝わってきます。GIのGをじいさんのじいにして、GI馬以上のじいワン馬とよく言っています(笑)」

 湯澤ファームは、自由に馬と触れ合える場でもあった。ファンがムービースターの体を洗ったり、ブラシ掛けをしたり、ムービースターを囲んでたくさんの人が楽しいひとときを過ごしてきた。

「それがムーが望んだ余生なのかもしれないですね。たくさんの思い出を天国に持っていってくれたと思います」(菊池さん)

 そして「ムーがいなくても、ムーが窓からこの景色を見ていましたよというのを、ファンの方にも見て頂きたいんです」という菊池さんの願いが叶い、ムービースターが過ごした馬房は、今後一切他の馬が入ることなく、永久に残されることになった。

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▲亡くなった翌日に撮影者が牧場を訪ね、ムービースターとお別れをした時(撮影:rosenkavalierさん)


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▲ムービースターが見ていた景色(撮影:rosenkavalierさん)


※撮影者の皆様。貴重な写真のご提供、ありがとうございました。

(了)


※ムービースターの過ごした馬房は、記念に残されています。

湯澤ファーム

〒023-1762
岩手県奥州市江刺区藤里芦ノ口597-2
電話 0197-39-3213
時間 9時〜17時
(直接訪問可)
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コラムニストプロフィール

佐々木祥恵
佐々木祥恵
北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。