第二のストーリー 〜あの馬はいま〜/佐々木祥恵

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“私に触らないで”マイペースに馬生を謳歌するタッチミーノット/動画

2016年11月08日(火)18時01分

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第二のストーリー

▲東京都町田市にあるモーヴァン乗馬クラブで暮らすタッチミーノット


7歳の時に全治9カ月の骨折、引退が決定


 秋晴れの昼下がり、東京都町田市にあるモーヴァン乗馬クラブに赴いた。住所は東京都だが、神奈川県相模原市にも隣接しており、都会の喧騒とはかけ離れた風景がそこには広がっている。

 その場所に2013年の金杯を制したタッチミーノット(セン10)が第二の馬生を過ごしていた。クラブ名は、イギリスのモーヴァンヒル地方から由来していると教えてくれたのは、柔らかな物腰のクラブ長、芝山研文(けんぶん)さんだ。写真で見て憧れたモーヴァンヒルの森のような懐かしい風景が残るこの地に、2002(平成14)年、クラブが開設されたのだという。

「最寄りの駅はJR横浜線の相原です。その1つ先の橋本は高いビルが建って近未来ですけど(笑)、1駅こちらに来るとこのような里山の風景なんです」(芝山さん)

 芝山さんは「時々、写真を撮らせてくださいと、タッチミーノットのファンの方がフラッと訪れるんですよ」と話しながら、馬房の前に案内してくれた。タッチミーノットの馬名や血統が記されたプレートの上には、中山金杯優勝時の写真が貼ってある。

 馬房の中の黒っぽい馬体が動き、少し遠慮がちにタッチミーノットが顔を出した。その表情はとても穏やかで、金杯優勝時の耳をギュッと後ろに絞って先頭に躍り出ようとする気迫あふれる姿の写真と同一馬とは、とても思えなかった。

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▲2013年の中山金杯優勝時(撮影:下野雄規)


 タッチミーノットは、2006年4月20日に千歳市の社台ファームに生まれた。父はダンスインザダーク、母はタッチフォーゴールド、その父はMr.Prospectorという血統だ。

 美浦の奥平雅士厩舎から2009年2月にデビュー。1番人気に支持されながら9着に敗れたものの、その後は2着3着と好走が続き、勝利は目の前かと思われた。しかし、3歳9月の4戦目で14着と大敗を喫して、未勝利脱出最後のチャンスを逃した同馬は、園田競馬へと転出した。

 園田では5戦4勝と能力の違いを見せて、中央に再転入となり、美浦の柴崎勇厩舎の管理馬となった。2010年4月、中山での転入初戦をあっさり勝ち上がったタッチミーノットは、昇級後も堅実に走り、翌年2月には1600万下のアメジストSに優勝。オープン入り後は重賞路線を歩み、七夕賞(GIII)2着、新潟記念(GIII)2着、毎日王冠(GII)3着と重賞勝ちまであと一歩というレースがいくつかあった。

 そして2013年1月の中山金杯(GIII)で、ついに重賞制覇を成し遂げたのだった。前年の毎日王冠3着、そして金杯優勝、続く中山記念(GII)が4着と、この時期前後がタッチミーノットの競走馬生活の正にピークと言ってもいいだろう。だが同馬の運命は、このあたりを境に変化していく。

 その年の7月には管理する柴崎師が逝去し、デビュー時に所属していた奥平雅士厩舎へと転厩。毎日王冠に出走して10着に敗れたのちの調教中に、右前の第一指骨骨折が判明することとなる。骨折箇所をボルトで固定する手術が施されたが、全治まで9か月を要すること、そして7歳という年齢も考慮されて引退が決定。競走馬生活に別れを告げて、ここモーヴァン乗馬クラブへと移動してきたのだった。


キャラクター的には天然です(笑)


「こちらに来たばかりの頃は、まだ去勢前でしたので、馬房の前を他の馬が通るたびに『ギャオー』と雄たけびを上げて、実に猛々しかったですね(笑)。去勢した今はすっかり穏やかですけど」(芝山さん)

 環境の変化には、すぐに対応できた。

「この馬に携わった厩務員の方の話では、ヤンチャで手間がかかったようですが、こちらに来てからは手間はかかりませんでしたし、他の馬と一緒に練習をしても、キャラクター的には天然です(笑)。他の馬は頑張っているけど、この馬はどこ吹く風でマイペースですね。みんなが頑張っているから、後から頑張るということもないんですね。人を噛んだり蹴ったりと危害をくわえることもないですし、本当に天然です。幸せそのもの…そんな感じです」

 自分のことを言われているのを知ってか知らずか、やはりどこ吹く風のマイペースな風情でタッチミーノットは佇んでいる。

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▲クラブ長の芝山研文さんに曳かれて歩くタッチミーノット


 芝山さんに曳かれて馬場へと日光浴に向かうタッチミーノットの歩調は、これまたのんびりとしていた。「すぐ砂浴びするんだろうな〜」とつぶやく芝山さんの予想を裏切り、しばらくは馬場散策を楽しみ、時折、馬場の外の草を口にしては午後のひとときをマイペースに楽しんでいた。 

 ミニパドックには皐月賞馬イスラボニータのような顔の馬がいた。今年20歳の牝馬、ハイネスゴールドだ。とても20歳とは思えないほどの気の強さと、体の張りに目を奪われる。

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▲ハイネスゴールド、一度だけ出産経験があるという


 父はモガミチャンピオン。その父系を遡るとトウショウボーイ、テスコボーイと繋がっていく。父系の持つ強い遺伝子が、ハイネスゴールドにもしっかりと伝わっているようだ。

 並びのパドックにはサトノパンサー(セン8)がいた。こちらは父がキングカメハメハ、母はサンデーサイレンスの娘、ピサノベネチアンという血統で、日経新春杯(GII)など、重賞にも出走経験がある。昨年4月にこちらに来て、およそ1年半経つ。

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▲サトノパンサー、中距離の重賞戦線に多く出走した


 クラブには今年5月に亡くなったブルーコンコルドの全弟チャンピオンブルー(セン8)も在籍している。引退後は滋賀県の乗馬クラブに在籍し、そこから昨年9月にこちらに移動してきた。

「マイペースでのらりくらりです。練習も動かないですねえ。あれしろ、これしろは好きじゃないみたいです。ただ口が柔らかいので、ある程度乗れる方が乗って調子が出てくるとなかなか良い感じなので、上級者に人気です。ビギナーの方が乗って動けと言っても、何のこと〜? みたいな感じです(笑)」

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▲今年の5月に16歳で亡くなったブルーコンコルドの全弟チャンピオンブルー、屈腱炎のため競走馬としては未完のまま引退


 現役時代に美浦トレセンの出張馬房で会った時には、下唇が緩み気味だったのが印象的だったが、当時と雰囲気がほとんど変わっていないのが嬉しかった。引退の要因ともなった屈腱炎は、今は全く問題ないと聞いてホッとした。

 ふと目を転じると木が生い茂った裏山があった。聞けばそこはトレッキングコースになっているという。1歳のシェパード犬のマックスと芝山さんに案内されてコースを歩いたが、息が上がって結構良い運動になる。馬に乗ってトレッキングをしたら、さぞ気分が良いだろう。

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▲後ろの山がトレッキングコース


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▲シェパードのマックス(オス1歳)と芝山さんがトレッキングコースを案内してくれた


「ここにはイノシシや鹿、フクロウにウサギ、キジなど、あらゆる動物がいますよ。偶蹄目の足跡がこの辺によく残っています。暑い時期には馬場で練習をしたら、山に涼みに行って、降りてきて終わりという形をとったりしています。丁度お散歩コースですね」と芝山さん。自然溢れる場所でのトレッキング風景を撮影に、テレビ番組のロケ隊もよく訪れている。

 裏山から降りてくると、馬繋場に小さい薔薇をあしらった美しい額革を装着した馬がいた。5歳セン馬のキューピーことメイショウホウネンだ。この馬もサトノパンサーと同じく、昨年4月にこちらにやって来た。美しい額革一つ取っても、大切にされ愛されているのが伝わってくる。

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▲メイショウホウネン、ここでの名はキューピー。可愛い額革が似合っている


 お隣には日光浴から戻ってきたタッチミーノットが、相変わらず静かに佇んでいた。

「右前脚にボルトが入っているために、あちらこちらに負担がかかって、時々脚が痛くなることがあるんです。現在はその治療中で、あまり強い運動はせず、常歩と速歩だけにしています。注射をする治療が12月で終了しますので、その後は普通に駈歩までの運動をしていく予定でいます。

 見ての通り、穏やかですよね。以前のように猛々しくギャーギャーうるさいということは、すっかりなくなりました(笑)」(芝山さん)

 そのタッチミーノットには、オーナーがついている。

「60歳後半で小柄な女性なのですが、程よいパートナーという感じですね。去勢してからは暴れるキャラクターでもなかったですし、一般の方を乗せても大丈夫でしたので、私が持ちますと言って下さいました。馬をとても大切にされる方ですから、獣医さんに不調だった脚のレントゲンを撮ってもらい、治療方針を決めてリハビリという形になりました。脚が時々痛くなる以外は乗馬としては順風満帆ですね」(芝山さん)

 中央から地方、地方から中央、そして転厩と変化の多い現役時代を送り、骨折のために競走馬生命を絶たれたタッチミーノット。乗馬となってからは、女性オーナーに愛情を注がれ、芝山さんはじめ優しいスタッフに大切にされている。自然豊かでのどかな環境の中、「私に触らないで」という馬名のごとく、周囲に惑わされることなくマイペースで第二の馬生を謳歌していくことだろう。


※タッチミーノットは見学可です。

モーヴァン乗馬クラブ

〒194-0211
東京都町田市相原町1575
電話 042-770-7582
営業時間 8〜17時
HP http://www.mal-vern.com/
横浜線相原駅から徒歩で約10分

直接訪問可ですが、乗馬は予約制ですのでご注意下さい。
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コラムニストプロフィール

佐々木祥恵
佐々木祥恵
北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。