第二のストーリー 〜あの馬はいま〜/佐々木祥恵

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【ユキンコ物語(1)】撮影したい筆者vs完全無視のユキンコの取材バトル!/動画

2016年11月15日(火)18時01分

注目数:102人


ユキンコにある人の名前を投げかけてみたら…


 ユキンコ(牝4)が埼玉県にやって来た。つばさ乗馬苑代表の土谷麻紀さんから、写メ付きのメールが届いたのは9月初旬のことだった。

 あのユキンコが、つばさに!? 同じ白毛でもシラユキヒメの一族は、ユキチャンやブチコを輩出するなど競走成績も良くて注目が集まりがちだが、それ以外の白毛にもスポットを当てたくて、デビュー前のユキンコを天間昭一厩舎を訪ねて取材していた。そのユキンコが今、知人の乗馬クラブにいる。不思議な縁を感じた。

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▲つばさ乗馬苑に来た日のユキンコ(撮影:土谷麻紀さん)


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▲今ではみんなと放牧にもだいぶ慣れてきた(撮影:土谷麻紀さん)


 すぐにでも駆け付けたかったが、なかなか時間が取れず、10月半ばに埼玉方面での別件の用事を済ませた帰途、つばさに立ち寄った。土谷さんはポニーを連れて引き馬のイベントに赴いており、留守番をしていたMさんに「麻紀、背中をいきなり噛みつかれたみたいだよ」と聞かされた。怖い〜、ユキンコって凶暴だったの? と恐る恐る馬房の前に行ってみると、飼い葉の時間が迫っているせいか、ソワソワ落ち着かない。

「お久しぶり」と声をかけても、一瞬たりとも私の方を見ない。「おーい、ユキンコ、北海道から埼玉によく来たね〜」とか「覚えてるかな?」など立て続けに言葉をかけてみるが、目の前に人間がいるということすら気づかぬかのように、完全に無視だ。ならば写真だけでもとスマホを向けたが、じっとしていないので、ほとんどがブレブレ。1枚だけブレずに写っていたが、ユキンコの顔は見事にあさっての方向を向き、鼻先も切れている。

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▲筆者が初めて訪ねた時。ただ1枚まともに撮影できたが鼻先が切れてしまった…


 仕方ないと心の奥底ではわかっていても、こうまで無視されると「ユキンコのヤツ!」と思わず心の中で悪態をついてしまった。だが中央のパドックを白の蝶ネクタイをした沢昭典調教助手とともに歩き、懸命にレースで走ってきたユキンコが、まさに目の前にいて、第二の馬生を歩み出そうとしているという事実に、悪態をつきながらも感動もしていた。

 2度目に訪問したのは、11月11日。前日の夜から雨が降り続けており、撮影ができるか不安がよぎった。つばさ乗馬苑に到着した午後はほぼ雨は上がっていたが、灰色の雲に空は覆われている。「写真や動画を撮影するなら、ユキンコ、外に出しましょうか?」と土谷さん。申し訳ないと思いつつもお言葉に甘えて、放牧してもらうことにした。

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▲男性スタッフHさんとユキンコ。Hさんにはイタ〜いトラウマが


 男性スタッフのHさんがユキンコに無口を付けながら「いきなりバクーッとやられたんですよ」とおなかのあたりを指差した。「初めて馬に噛みつかれたんですよ、僕。噛もうとする時は、耳を絞ったりしてたいてい前触れがあるものなんですけど、ユキンコはそれがないんです。いきなりですから。しばらく跡が残りましたし、もうトラウマなりましたよ」Hさんはそう言いながらも、すっかり慣れた手つきでユキンコを馬房から引き出して、馬場へと放してくれた。

 土谷さんは背中を、Hさんはお腹を噛みつかれた…。デビュー前にユキンコを取材した時に「怒ったら、蹴り返してくる」と担当の沢助手が話をしていたことも思い出した。初めは恐る恐る柵の外から撮影していたが、Hさんも「だいぶ丸くなりましたよ」と言うし、許可を得て柵の中で撮影を開始。こちらが怖がっているとかえって危ないかもしれないし、ある程度距離を取りながらも、なるべく平静を装いながら撮影を続けた。

 だがユキンコはこちらの心配をよそに、落ち葉を探してはそれを食べるのに夢中で、またしてもこちらを無視している。そのおかげで、徐々にこちらの緊張も解けてきた。ホッとして肩の力が抜けてくると、新たな悩みが頭をもたげる。ユキンコが落ち葉探し以外は眼中にないので、下を向いた写真しか撮影できないのだ。

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▲落ち葉に夢中のユキンコ、一向に顔をあげてくれてない


「おーい、ユキンコさんよ〜」。何とか顔を上げてほしくて、今度は気を引くのに一生懸命になった。しかし私の呼びかけなど、どこ吹く風。ユキンコは、ひたすら無視を続けた。参ったなと思いながら、仕方ないのでそのまま動画も撮影。終始、下を向きっ放しなので動画も静止画も代り映えしない出来となる。

 ふと思い立って「沢さん!」という言葉を発してみたら、ユキンコはその時だけサッと顔を上げたが、次の瞬間には顔を下げてしまっていたので、残念ながら写真も動画も撮影できていない。間抜け過ぎる…。それにしても「沢」とういう名前に反応するとは。今でもユキンコは、沢助手を忘れてはいないのだろう。


 土谷さんによると、オーナーと生産者から、同じ埼玉県にある佐島牧場がユキンコを託されたのだという。「ずっと佐島牧場さんが所有して、できれば御神馬として過ごさせてほしい」これが先方の希望だったようだ。そこで佐島牧場と、埼玉県東松山市の上岡馬頭観音祭に毎年参加しているつばさ乗馬苑が共同で、ユキンコを調教をしていくという話がまとまり、繋養先がつばさ乗馬苑に落ち着いたのだった。

 つばさ乗馬苑には先輩御神馬、芦毛のポルカ(セン28・競走馬名ドーバーシチーで皐月賞馬ナリタタイシンの半兄)がいるが、高齢のために新たな御神馬候補を探していたところへ、ユキンコが名乗りを挙げた形となった。

 ユキンコは最近ではつばさの仲間たちとの放牧にも馴染んできたと聞くが、1頭でも全く寂しがる素振りもなく、しばしの間、マイペースで落ち葉探しを楽しんでいた。あたりが暗くなりかけてきたので、Hさんが馬場の奥にいたユキンコを引いて戻ってきた。ユキンコは大人しくHさんの横を歩いている。噛みつかれてトラウマが残っているHさんは「まだ信用できないですよ」とユキンコを多少は警戒しているようだが、一緒に歩く姿からは全くそんな雰囲気は感じられなかった。

 馬房に収まったユキンコは、今度は左右に揺れながら「餌ちょーだい」ダンスを始めた。「餌はまだか〜」と仲間がいななくと、一緒になって「ブホホホホ」と声を発した。とにかく賑やかだ。写真を撮影しようとすると、やはりブレた。

 ユキンコの斜め前には、先輩御神馬のポルカが鎮座していた。こちらはさすが先輩、案外どっしりしている。28歳のポルカと4歳のユキンコ。ポルカからすると、赤ちゃんみたいなものだろう。そんなポルカも土谷さんが出会った頃は、相当激しい気性の持ち主だったようだが、馬頭観音祭では長年立派に御神馬の役目を果たしてきた。

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▲先輩御神馬のポルカ


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▲奥がポルカで手前がユキンコ、ポルカのように立派な御神馬を目指して


「ユキンコも最初に比べればだいぶ大人しくなりましたし、物分かりもいいですよ。でも来年はまだ御神馬としては使えないと思うんですよね。神社内を歩く時も周りに人がたくさん集まってきて、皆、馬のお尻を触ったりするんですけど、その時にじっとしていられるかわからないですし、ご祈祷を終えてから御神馬の馬房に入るのですけど、そこでニコニコしてお客様のお相手ができるとはまだ思えないですしね…」と土谷さんは思案顔だ。

 それでもファンの多い馬で、元のオーナーや生産牧場の期待を背負っている。何とかユキンコを御神馬として育てていかなければという責任も、土谷さんは感じているようだった。

(次回へつづく)


※ユキンコは見学可ですが、必ず事前連絡をお願いします。

つばさ乗馬苑
埼玉県日高市大谷沢681-1
電話 042-984-3410
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コラムニストプロフィール

佐々木祥恵
佐々木祥恵
北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。