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乗馬療育シンポジウム

  • 2016年11月30日(水) 18時00分
シンポジウム会場風景

シンポジウム会場風景


生産や育成とはまた違った牧場のあり方を

 今週月曜日(11月28日)、浦河町のふれあい会館を会場に、「馬は理想のセラピスト2016」と題するシンポジウムが開催された。

 昨年に引き続き、今回で2度目の開催である。テーマは乗馬療育。馬を使って、障害のある方々や高齢者などを対象に療育を行なうと、どのような効果が得られるかについて具体例を示しながら分かりやすく解説し、乗馬療育への理解と普及を図るのが目的だ。

 主催はうらかわ乗馬療育ネットワーク(春日法子・代表)。このネットワークは乗馬療育の普及、発展のために、乗馬療育を実施する団体、利用者、医療機関、行政、福祉従事者などのメンバーによって構成されており、町内8団体が加盟する。事務局を浦河町乗馬公園内に置き、都市部におけるシンポジウム、バリアフリー馬車会などのPR活動や、障害児(者)を対象としたツアーなどを実施している団体である。

 最初に登壇したのは、中央競馬会・栗東トレセン所属の角居勝彦調教師。角居調教師は、本業の傍ら、一般財団法人ホースコミュニティ代表理事を務めており、うらかわ乗馬療育ネットワーク副会長という肩書も持つ。「引退した競走馬の処遇を考える中で、馬を介在したノーマライゼーションの実現、及び健康社会の構築を目指して」2013年に一般財団法人ホースコミュニティを設立した方である。

 去る11月3日には、東京・世田谷にある馬事公苑にて、馬を通じた癒しやふれあいをテーマに「サンクスホースデイズinJRA馬事公苑」というイベントを開催したばかり。

講演中の角居勝彦調教師

講演中の角居勝彦調教師

 角居師は昨年に続いて2度目の講演で、「競馬で走れなくなった馬たちのセカンドキャリアとして」現役引退後の競走馬たちを「乗馬療育に転用することで、新たな生きる道が拓かれる」という社会の実現が目的と話した。その上で、行政や医療、福祉関係者などが連携して動き出した浦河町にこそ、最も理想に近い場所という。

江刺尚美さん(左)と川邉真歩さん(右)

江刺尚美さん(左)と川邉真歩さん(右)


今村理恵さん(左)と門田祐季さん(右)

今村理恵さん(左)と門田祐季さん(右)

 そもそも乗馬療育とは何か?というところからシンポジウムが始まった。乗馬療育インストラクター・江刺尚美さんと作業療法士・川邉真歩さんによる実践例がスライドを使って紹介され、続いて、10月より浦河町に移住して乗馬療育インストラクター研修生として学び始めた門田祐季さんと今村理恵さんによる研修の様子について報告があり、さらに、浦河町地域おこし協力隊として2015年10月に浦河町に着任した辰巳遥さん(看護師、保健師、精神保健福祉士の資格を持つ)が、自身も一員として活動するうらかわ乗馬療育ネットワークの活動と今後について語った。
 
浦河町地域おこし協力隊の辰巳遥さん

浦河町地域おこし協力隊の辰巳遥さん

 最後に登場したのが、宮田朋典氏。宮崎県のカウボーイアップランチ代表を務める氏は、ホースクリニシャンという肩書も持ち、米国で学んだ馬の心理学、行動学、馬体学などを駆使して、月に200頭以上の馬のクリニックを行なっている。その豊富な経験から、馬との接し方や馬の心理、行動、反応などについて講演を行なった。

講演中の宮田朋典氏

講演中の宮田朋典氏

 「楽しみながら馬に乗る」「馬と触れ合う」ことを通じ、心身に障害を持つ方々の能力向上と、社会参加を促すのが、乗馬療育の目的であり、その効果はすでに様々なデータで証明されている。高齢者にとっても乗馬の効果は明らかで、姿勢が改善したり、歩き方がスムーズになったり、重心の最大移動範囲が拡大して、転倒予防に繋がる効果も認められているという。また、ストレス減少、鬱傾向にあった人の気分が改善する効果も実証されている。

 角居師のいうような「理想郷」にはかなり道遠しの感があるものの、浦河に限らず、日高には、さまざまな目的の馬を受け入れられるキャパの広さがあるのも確かで、いきなり乗馬療育に携わることは難しくとも、現役を引退した競走馬を回復させ、心身ともにリフレッシュさせてから、改めてその馬に合った場所に再び送り出すことはさほど難しくない。もちろん馬によっては、そのまま引退功労馬として繋養することだってあり得る。全ての馬を救うことは不可能でも、既存の牧場の施設や人材を活かせる素地が日高にはある。

 うらかわ乗馬療育ネットワークのパンフレットには、「企業団体に向けたプログラム」もあり、これは、「馬に乗るだけではなく、馬にかかわる活動を行ない、美味しいものを食べながら心身ともにリフレッシュできるプログラム」だという。馬のいる風景、緑の放牧地が連なり、馬たちが群れ遊ぶ景観を維持して行くためにも、生産や育成とはまた違った牧場のあり方を考えても良い時期になってきている。高齢化、後継者不在などにより、廃業休業する牧場が今後も加速度的に増え続けるであろうことが予想される。この地域独特の馬のいる風景をいかに守り継承して行くべきかを考えた時、こうした乗馬療育の試みはひとつの可能性を示唆しているように思う。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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