生産地だより/田中哲実

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27年越しの夢

2016年12月07日(水)18時00分

注目数:52人


馬に関わるそれぞれの人の「ストーリー」

 テレビの競馬中継を見ていると、友人知人の映ることが多々ある。GIレースのパドックで生産馬に熱い視線を送る背広姿の生産者の場合もあるし、勝利馬に騎乗した騎手が検量室に向かう際に映り込む取材陣の中に知人がいたりすることも多い。

 先週の中京。メインは第17回チャンピオンズカップであった。パドックを周回するサウンドトゥルーを引く男性の顔に見覚えがあった。中垣功さん(39歳)である。

 レースは周知の通り、後方から怒涛の追い込みを見せたサウンドトゥルーが一番人気のアウォーディーを首差交わして先頭でゴールした。上がり3ハロン35.8秒は、出走馬中最速タイムで、大野騎手の思い切った後方待機作戦も見事にはまった。

チャンピオンズCを制したサウンドトゥルー

チャンピオンズCを制したサウンドトゥルー (C)netkeiba.com

 中垣功さんとは浅からぬ縁がある。その昔、浦河の育成牧場で働いていたことがあるからだ。今はもうなくなったが、その育成牧場には毎月、在厩馬の立ち写真を撮りに通っていた。明朗快活な若者で、話を聞くと「中央競馬の厩務員を目指している」とのことであった。

 中垣さんは奈良県出身。競馬とは縁のない一般家庭に育った彼が、競馬の世界を目指すことを決心したのは、小学校6年生の時にテレビで見たオグリキャップの有馬記念と池江敏郎厩務員の姿であったという。折からの競馬ブームが頂点に達していた1980年代末のこと。オグリと池江厩務員との日常を取り上げたドキュメント番組も彼の心を揺さぶるのに十分であった。「こんな素晴らしい仕事がしてみたい」と中垣少年は心に誓い、それからひたすら厩務員を目指す日々が始まった。

 最初は中卒で競馬の世界に飛び込むつもりでいたという。しかし、両親から「せめて高校だけは出てほしい」と説得され、地元の高校に進学した。その傍ら、夏冬の休みには、滋賀県下の育成牧場でアルバイトを続けた。競馬の世界に知り合いがいなかったため、競馬雑誌を見て牧場を探し当て、門を叩いたのであった。高校卒業後は、そのままその育成牧場に就職した。

 それから6年後。中垣さんに「北海道に行って働かないか」という誘いが舞い込んだ。浦河にあるBTCを利用して育成牧場を開設する予定のSさんから声をかけられたのであった。

 24歳で北海道に渡った。その1年後、中垣さんはこともあろうに、交通事故に見舞われた。「冬でした。友人の運転する車の助手席に乗っていた時、アイスバーンで滑り、路肩の信号機に激突したんです」。中垣さんは、フロントガラスに顔面を強打し、50針も縫う重傷を負ってしまった。

「後部座席に同僚が乗っていたんですが、僕の顔を見て、死んじゃうのではないかって大泣きしていましたね」

 しかし、不幸中の幸いで、1ヶ月の入院生活の末に、現場に復帰できた。この事故から3年ほど経過した頃に、一度他の媒体で中垣さんを取材したことがある。その頃にはまだ口元から顎にかけて傷跡が残っていたが、大事故の割には、ほぼ完璧に顔面の整形手術が施されていて、さすがに日本の外科治療技術はすごいと感心した記憶もある。そんなことを体験していたとはにわかに信じられないくらいに顔は「修復」されていたのであった。

 さて、滋賀県にいた22歳の頃から、中垣さんは中央競馬の競馬学校厩務員課程を受験し続けていた。だが、なかなか思うように行かず、実に10回目の試験でようやく合格できた。年齢の上限ぎりぎりの27歳になっていた。

 2005年1月に競馬学校に入学し、半年後に卒業すると、すぐに美浦・高市厩舎に配属になった。その3年後に高木登厩舎に移り、現在に至る。高木厩舎では、「持ち乗り調教助手」として2頭を担当する。そのうちの1頭がサウンドトゥルーである。

「この馬を担当するようになったのは、今年のJBCの少し前からです。それまで担当していた方が入院加療することになり、私に回って来ました」と中垣さん。

 今回、サウンドトゥルーは、JBCの時よりもさらに体調が良さそうだったという。「調教も動いてくれていたし、これはひょっとしたら」との思いもあったらしい。

 実は中垣さんは、チャンピオンズCの2日前に、可愛がってくれていた祖母の千恵美さんが亡くなったばかりであった。「奈良の実家で両親と同居していました。本番前だったこともありすぐに駆けつけられなかったのですが、サウンドトゥルーを勝たせてくれたのはもしかしたら、おばあちゃんだったのかな、とも思っています」

 重賞には、これまでまったく縁のなかった中垣さんだが、今回、いきなりのGI制覇を果たし、小学校6年生から数えると、実に27年越しの夢がようやく実現したことになる。

 チャンピオンズCの後、お祝いの電話をかけると、感慨深そうに「まさか、あの時にテレビで見た池江さんと同じ経験ができるようになるとは思いませんでした」と語っていた。

 中垣さんと私が最後に会ったのは、2011年6月16日、門別競馬場でのこと。この日、中央交流戦「ミザール特別」に中垣さんはスマートイーグルとともに遠征してきており、1着を取ったのであった。このレースから5年が経過し、ついにサウンドトゥルーと念願の中央GIタイトルを手中に収めることができた。

ゴール板を先頭で駆け抜けるスマートイーグル

ゴール板を先頭で駆け抜けるスマートイーグル


レース後のスマートイーグルと中垣さん

レース後のスマートイーグルと中垣さん


口取りの様子

口取りの様子

 馬主、調教師、生産者はもちろんのこと、中垣さんのような調教助手、厩務員に至るまで、1頭の馬の周囲にいる人々にはそれぞれの「ストーリー」がある。
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コラムニストプロフィール

田中哲実
田中哲実
岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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