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希少価値の馬の胎盤

  • 2017年01月25日(水) 18時00分
子馬

子馬


世の中は何が起こるか分からない

 いよいよ出産シーズンが近づいてきた。大手ではすでに続々と産駒が誕生しているところもあるだろうが、日高の中小牧場では概ね2月になってからスタートする。

 さて、馬の分娩時に胎児と一緒に母体から出てくる胎盤を買い取りたいと申し出るメーカーが現れ、各牧場に営業活動を展開するようになったのはここ数年のこと。馬の胎盤を原料にしたサプリメントが製品化され、美容効果が高く売れ行きが好調なことから、徐々に需要が急増してきたというのが背景にあるらしい。

 それも、サラブレッドの胎盤が最も良い、とされている。プラセンタの成分は豚にもあるらしいが、何といっても、馬、しかもサラブレッドなのだという。

 専門的なことは詳しくないのでここで説明できないが、体温が高く、寄生虫が少なく、きちんと管理の行き届いた環境で飼育されているサラブレッドから得られる胎盤が、何より貴重なものとして認識されているようだ。

 売れ行き好調なことから、すでに多くのメーカーが参入しているが、サラブレッドは1年に1頭しか出産しないことと、国内でも約6500頭しか生産されないことなどから、分娩時に得られる胎盤の数が限られており、徐々に争奪戦の様相を呈するようになってきた。

 当然、国内最大のサラブレッド生産地である日高が、最も多くの胎盤を確保できる地域であり、そのために、メーカーはまず、ある程度の生産頭数が見込める牧場ごとに、買い取り価格や保管方法、輸送方法などについて説明し、それぞれに無償で保管用の大型冷凍庫を無償で貸与することになった。

 馬の分娩は、通常、馬房の中で行なわれる。予定日が近づくと監視カメラで監視しながら、その時を待つ。馬房内で寝たり起きたり、前掻きをし始めたりすると、そろそろ出産する兆候である。人間が介助し、無事に産駒を取り上げた後、母体から排出されるのが「後産」と呼ばれる、胎盤や羊膜などである。

 従来は、それを堆肥場に廃棄したり、敷地内に穴を掘って土中に埋めるなどして処分していた。堆肥場に廃棄する場合にも、入念に堆肥の山に穴を深く掘り、後で狐などが掘り返すことのないように用心深く埋めた。要するに、分娩時に出たゴミとして処理されていたのである。

 それが、俄然注目を浴びるようになり、業者がお金を出して買い取る、ということになってきた。当初は確か1体1万円程度ではなかったかと思う。胎盤は、分娩の際に藁屑などが付着するため、水洗いして汚れを落とした後、貸与された冷凍庫内で保管し、何体かまとめてメーカーにクール便で送付するというのが一般的だが、一方では地元農協が各牧場から回収し、一括して送る方法もあるらしい。

 価格は昨年の段階で1体13000円程度と聞いていた。出産シーズンが終わると送った個体数に応じて代金が振り込まれることになる。牧場としては、これまでただ捨てていた胎盤がお金になるというので、今では、大半の牧場が何らかの方法で胎盤をメーカーに提供しているはずである。

 ところが、今年。出産シーズンを前に、ちょっとした異変が起こっている。胎盤の買い取り価格が一気に上昇したというのである。知人の牧場に先日舞い込んできたのは、「買い取り価格2万1000円」という新たな提案であった。同時に大型冷凍庫が運ばれてきて、無償で設置されることになった。知人の牧場では、昨年まで友人の牧場を通じて“出荷”していたのだが、今年からは個別に送ることになるらしい。しかも、価格は一気に倍近いレベルに急騰したわけで、このことから推測されるのは、メーカーでも相当な品薄状態になってきているのではないか、ということ。もちろんその裏には、好調な売れ行きがあってのことだろう。

 これまでただ廃棄していたモノが、いきなり価値を持つようになり、しかも争奪戦の様相を呈するまでになってきているのだから、世の中は何が起こるか分からない、というのが多くの牧場に共通する思いであろう。ただ、そんなに美容効果に優れているのならば、原材料を提供するだけではなく、いっそ日高発のブランドとして地元の誰かが製品化すれば一石二鳥のような気もするのだが・・・。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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