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【騎手から調教師へ】田中博康騎手(2)『“続けることが大事”恩人・武豊騎手の言葉』

  • 2017年02月20日(月) 12時01分
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▲今月26日がラスト騎乗、駆け抜けた11年の騎手人生を振り返ります


2006年に高橋祥泰厩舎(美浦)からデビューした田中博康騎手。その年は4勝にとどまるも、翌年は44勝と飛躍。さらにインパクトが大きかったのが、デビュー4年目の09年。シルクメビウスでのユニコーンSで重賞初勝利を果たすと、秋にはエリザベス女王杯をクィーンスプマンテで逃げ切り、一気にGIジョッキーとなった。長期の栗東滞在や海外遠征など行動を起こし続けた、11年間の騎手人生を振り返ります。(取材:赤見千尋)


(前回のつづき)

海外に何度も行ったからこそ意味があった


赤見 今回は11年間の騎手人生を振り返ってもらいたいのですが、タナパク騎手と言えばなんと言っても海外遠征。

田中 たくさん行かせてもらいましたね。フランスが4回ぐらい、アイルランドが2回くらいかな? いつもどこかしらチョロチョロしてました(笑)。最初にフランスに行こうと決めたのは(武)豊さんの助言で、それ以降豊さんにはとてもお世話になっています。合格の報告も師匠の次に電話しました。

赤見 何ておっしゃっていました?

田中 「おお、良かったな」って。あと「先生」って呼ばれたかな(笑)? 豊さんはよく「続けることが大事だ」っておっしゃるんです。僕自身、海外に何度も行ったからこそ意味があったので、本当にその通りだなって。

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▲フランス遠征を後押ししてくれたのが武豊騎手(撮影:高橋正和)


赤見 毎年のように何か月も日本を離れるのは、簡単なことではないですよね?

田中 期間は短くてもいいと思うんです。豊さんも、1か月も2か月も行かれるわけではないですが、海外に行くことを続けられています。やっぱり1回で吸収するのは難しいんですよね。できる人もいるかもしれないですけど、僕の場合はその前に行った経験があるから勉強できたことも多くて。

赤見 周りも「また来たか」って受け入れやすくなりそうですね。

田中 まさにそうです。去年の春はミケル・デルザングル厩舎に行ったんですけど、最初にフランスに行った時にお世話になった厩舎で。久しぶりでしたけど、快く迎え入れてくれました。ただ、フランスで勉強したことを、ジョッキーとしてフルに生かせるセンスや技術があったなら、もっと違っていたと思うんです。僕にはそれがなかった。

赤見 いやいや、そんなことは。

田中 いえ、本当にそうなんです。僕がジョッキーとして成功できてないから、他のみんなが行き辛くなってるんじゃないのかなって。そんなことはないのかもしれないですけど、自分の中ではそういう気持ちがありますし、申し訳なさもすごくあります。

赤見 先ほどのお話にも出てきましたが、栗東に2年滞在したことも試行錯誤のひとつですよね。

田中 そうですね。あの時は環境を変えたかったんです。ひと言で言うと、もがいてたんですよね。結果は出ないし、乗鞍も減ってくる。一番の解決方法は巧くなることで、もちろん自分なりに努力はしましたが、それだけではどうしようもなかったので。

赤見 それで違う方法を模索して。

田中 はい。ただ、決してメリットだけではないんですよね。関西の調教師やジョッキーが本当によくしてくれたので、僕としては居心地がよかったし、成績も少し上がっていい思いもしてるんですけど、関東の人からすれば面白いことではないと思います。どちらにもいい顔はできないので仕方ないんですけど、そういうリスクもあったんですよね。

赤見 ご自身の中で、ジョッキーとしては海外の方が合ってたな、という気持ちはありますか?

田中 いや、それはないです。もちろん向こうの競馬は好きですし、やりたい思いはゼロではないですけど、好きだけではやっていけないですから。賞金面でも向こうは本当に大変。日本の中央競馬は特別恵まれた環境だなって思います。だから海外は経験を積むために行くのが、僕はいいと思います。

赤見 ジョッキーって歯車が狂い出すと、自分だけで抜け出すのはなかなか難しいですよね。

田中 実感としてそれはあります。だけど僕はいい時もあったので、文句は言いません。いい時があったからこそ感じる苦しさでもあったんでしょうし。それに、ジョッキーが嫌になったことは一度もありません。やっぱり僕は馬が好きなので。

赤見 ジョッキーとして一番の思い出は何ですか?

田中 たくさんありすぎて、なかなかひとつには(苦笑)。デビュー戦、初勝利、初重賞、もちろん初GIもですし、フランスでの初勝利やベルギーでの初勝利…たくさんありますね。ただ、勝ったことだけがよかったわけではなくて。勝てない時期もいろいろな経験をして充実していたり、栗東に来た頃は周りの人に助けられて毎日がすごく楽しかったり。

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▲2009年のエリザベス女王杯、11番人気のクィーンスプマンテで堂々逃げ切り勝ち (C)netkeiba


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▲初GIタイトルにこぶしを突き上げる田中博康騎手 (C)netkeiba


赤見 まだお若いですけど、濃いジョッキー人生ですね。

田中 そうかもしれないです。振り返ってみると、いろいろ動きましたね。性格的に思い立ったらすぐ行動しちゃうんです。フランスも、行こうと決めた2、3日後には日本を発ったり。

赤見 ものすごい行動力! さて、ジョッキーとしては残りわずかとなりますが、未練はないですか?

田中 未練は、ゼロではないですよね。ないとは言えないです。でも、もう決めたので。やりたいことが見つかったわけですし、馬と携わる大事な部分は変わらないですからね。競馬の最後の場には立てないですけど、そこに向かって行く過程を担って、新しい喜びを見つけられると思います。

赤見 管理馬の初出走が楽しみです。ご自身の引退レースは決まっているんですか?

田中 最終日に中山で、角居厩舎の馬に騎乗させていただく予定です。こういうお話をいただいて感謝しています。最後まで悔いなく乗って、新しい道に進みたいと思います。

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▲「騎手人生をまっとうして、調教師という道に進みたいです」


(文中敬称略、次週へつづく)

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東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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