第二のストーリー 〜あの馬はいま〜/佐々木祥恵

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【読者リクエスト】石狩紀行 功労馬トリオを訪ねて(1)『アラブ重賞最後の勝ち馬シゲルホームラン』/動画

2017年03月14日(火)18時01分

注目数:64人


まだまだ寒い3月の北海道で、温かい再会


 3月4日、帰省先の旭川から石狩方面へと向かっていた。旭川から札幌に向かう特急ライラックの車窓の向こうに広がるのどかな風景を眺めながら、断片的に飛び込んで来る中年女性3人組の北海道弁丸出しのセリフに思わず聞き耳を立ててしまう。

 北海道から離れて、関東圏に居住するようになっておよそ24年。普段の生活で北海道弁を耳にする機会はほとんどないせいか、本州では使わない言い回しやイントネーションが無性に気になって仕方がない。「なにかあったら、おっかないっしょ(何かアクシデントが起きたら、怖いでしょう)」「病院に行けんかったからさ(病院に行けなかったからね)」「仕方ないんでないかい(仕方ないんじゃない?)」など、思わず耳に残ったおば様方の北海道弁をメモしていた。

 しばらくは太陽が顔を出していたが、札幌に近づくにつれて雲行きが怪しくなってきた。石狩地方は暴風注意報(警報だったか?)が出ていたが、天気予報の通りになりそうな気がしてきた。電車を降り、札幌駅から大通りバスターミナルに徒歩で向かい、そこから厚田方面行きのバスに乗った。その頃には既に雪が降り出し、風も出てきた。海に近い石狩地方は余計に風が強いはずだ。

 今年1月に、2004年の京成杯(GIII)に優勝したフォーカルポイント(セン16)の近況を知りたいという読者からのリクエストが届いた。フォーカルポイントが現在暮らすのは、石狩市のオーフルホースコミューンという乗馬クラブだ。ここにはアブクマポーロ(セン25)やアングロアラブのシゲルホームラン(セン27)も繋養されている。

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▲現役時代のフォーカルポイント、写真はアイルランドT優勝時(撮影:下野雄規)


 そしてこのクラブの代表・斉藤武彦さんは、私が高校時代に通っていた旭川乗馬倶楽部の先生でもあった。そんなこともあり以前から取材を考えていたのだが、今回のリクエストに後押しされて真冬と言っても過言ではないこの時期、帰省のタイミングに合わせて訪問したのだった。

 取材1週間前、斉藤さんに電話をしてクラブへの行き方を訪ねたのだが「最寄りの駅っていうとえらく離れているんだわ。バスに乗って八幡町入り口というバス停で降りて、来た道を1キロほど戻ったらクラブがあるから」と教えられていた。けれども自分の記憶に自信がなくなっていた私は、近くのガソリンスタンドのおじさんに念のためと「この辺に乗馬クラブはないですか?」と聞いてしまった。

 これが大間違いだった。バスが走り去った方を指さし「ここから1キロか2キロくらい先かな。左側に看板あるから」と言うではないか。私の記憶違いだったのかなと首を傾げながらも、お礼を言ってとりあえず歩き出した。けれども私の中の直感が歩を進めるたびに「違う、こっちではない」と言っている。おまけに風が段々強くなってきて、持参していた毛糸の帽子を被った。そして意を決して身を翻し、道を引き返した。

 風は天気予報通りにどんどん強くなっていく。雪が降っているのか地吹雪なのかよくわからないまま、道を教えてくれたガソリンスタンドの前を通り過ぎ、さらに歩く。やがて目の前に「オーフル」と書かれた立て看板が目に入った。良かったー! 心底ホッとした。看板のあった場所を曲がり、しばらく進むと厩舎などの建物があった。

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▲北海道石狩市にあるオーフルホースコミューン


 斉藤さんとバーニーズ・マウンテン・ドックのヤマトに出迎えられ、とりあえずクラブハウスの中へ。斉藤さんによると、ヤマトは大きい体に似合わず臆病者だという。

 セルフサービスでマグカップにコーヒーを注ぎ、一息ついた。私が札幌の大学に通っていた頃、斉藤さんが旭川から石狩市に移り乗馬クラブを始めたと噂を聞き、1度訪ねたことがあった。それ以来だから、およそ30年振りの再会となる。

 当時クラブには、1978年の皐月賞(7着)や日本ダービー(11着)にも出走し、日本短波賞(現在のラジオNIKKEI賞)に優勝したキタノコンゴウがいた。私が競馬を見始めた年にクラシック戦線で活躍した馬と思いがけず対面し、かなり興奮したと記憶している。

 クラブハウスには、ボーダーコリーのラブがいた。ヤマトは外から中の様子をうかがっている。斉藤さんに年齢を尋ねると「63歳」と返ってきた。私が乗馬を始めた高校生の頃、斉藤さんは20代後半だったことになるが、それを考えても時の流れるのは本当に早い。壁には華麗に障害飛越をしている斉藤さんの若かりし頃の写真と、それをモデルに作った七宝焼きが飾ってあった。

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▲斉藤さんの若かりし頃の写真


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▲それをモデルに作った七宝焼き


 この七宝焼きは、オーフルホースコミューンを斉藤さんと共同で始めたJさんという女性が作成したものだ。Jさんも旭川乗馬倶楽部に在籍していたので、よく覚えているし、レッスンをしてもらったこともあった。残念ながらJさんは、クラブを立ち上げて数年で、病のためにこの世を去っている。まだ30代半ばの若さだった。以来斉藤さんは、1人でこのクラブを切り盛りしてきた。そんな過去の話に耳を傾け、人には歴史があるのだとしんみりとした気持ちになった。

いまだファンの多いシゲルホームラン


 相変わらず外は風が強い。

「吹雪が収まったら、洗い場に馬出してやるわ」と斉藤さんは言ってくれたが、天候回復は望み薄そうだなと外を眺めた。リクエストのあったフォーカルポイントは昨年こちらに移動してきたばかりで、オーフルでの生活はまだ3か月ほどだそうだ。

 ジャパン・スタッドブック・インターナショナルの引退名馬繋養展示事業の助成金を受けている馬で1番の古株は、アングロアラブのシゲルホームランだ。今年27歳になったシゲルホームランは、まだ中央競馬でアラブ系競走があった頃の活躍馬だった。

 シゲルホームランは、1990年5月20日に新冠町の村上牧場で生を受けた。父はキタサンブルー。その父はマルゼンスキーで、キタサンブルーの兄弟には種牡馬としても成功したトライバルセンプーがいる。母はマツガミクイン、その父はスマノダイドウという血統だ。

 森中蕃さんの所有馬として栗東の梅内忍厩舎から1992年6月にアラ系の3歳未勝利(旧馬齢表記)でデビューして、初陣を飾っている。その後も堅実に走り、1993年7月に藤田伸二騎手が手綱を取り、セイユウ記念で重賞勝ちを収めた。このレースと相性が良かったのか、94、95年と優勝し、同一レース三連覇という偉業を成し遂げている。

 そして中央競馬におけるアラブ重賞最後の勝ち馬となったのも、この馬だった。中央競馬がアラブ系競走を廃止したため、荒尾競馬に移籍した同馬は、1996年にはアラブ大賞典にも優勝している。

 地方競馬でも成績を残して競走馬登録を抹消されたシゲルホームランは、北海道での種牡馬生活を送ったのち、新冠町のホロシリ乗馬クラブで乗馬となっていたが、2011年にはオーフルホースコミューンに移動して、のんびりと余生を送っている。

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▲シゲルホームランと、斉藤さんとバーニーズ・マウンテン・ドックのヤマト


 旭川乗馬倶楽部時代の懐かしい昔話に花を咲かせ、体が温まったところで厩舎に案内してもらう。斉藤さんが出てくるのを待ち構えていたヤマトが、嬉しそうに飛び跳ねながらついてきた。通路を挟んで左右に馬房が並ぶ。ファンの方が会いに来た時はクラブの門に近い方の扉から入ってもらうとのことだったが、今回はその反対の扉から中へと入る。

 その扉を背にして右手奥に、額から鼻筋まで白い流星が走る派手な栗毛の馬がいた。シゲルホームランだ。その手前がアブクマポーロ、フォーカルポイントの順に並んでいる。フォーカルポイントは、首を上下に振っていた。アブクマポーロは、穏やかな表情でこちらを見つめている。そしてシゲルホームランは、好奇心いっぱいの表情でこちらの動きを注視していた。

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▲功労馬トリオ、奥からシゲルホームラン、アブクマポーロ、フォーカルポイント


「前歯見てみろ」そう促されて、斉藤さんが差し出した人参をモグモグ食べるシゲルホームランの口の中を覗き込んだ。「この馬、前歯がないんだわ」と斉藤さん。完全にないというより、大きくすり減っていて短い歯が歯茎に張り付いているように見える。それでも食欲はかなりのものらしい。

 栗毛の馬はキャピキャピしていて性格も明るい印象があるが、シゲルホームランもやはりそのような性格に見える。年下のアブクマポーロの方が、老成した雰囲気を醸し出していた。シゲルホームランにはファンが多く、人参を送ってきたり、毎年会いに訪れる人もいるという。アングロアラブといえば地味な存在と思われがちだが、ファンの記憶に深く刻み込まれた名馬だったのだと、シゲルホームランに改めて尊敬の念を抱いたのだった。


(次回へつづく)


※アブクマポーロ、シゲルホームラン、フォーカルポイントは見学可です。

オーフルホースコミューン

所在地
〒061-3362 石狩市北生振602-3

見学期間
年間見学可能(月曜は休場のため不可、月曜が祝日の場合は翌日が休場)
※年末年始訪問不可

見学時間
夏 10:00〜12:00 13:00〜17:00
冬 10:00〜12:00 13:00〜16:00

必ず事前に連絡して、許可を得てから訪問してください。訪問をできなくなった場合も、事前に連絡してください。事前連絡は、3日前までにお願いします。

※詳細は最寄りのふるさと案内所まで。
http://uma-furusato.com (競走馬ふるさと案内所)

団体(1グループ10名まで)の場合は1週間前までに問合せ。なお 12/31〜1/3はお休みです。
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コラムニストプロフィール

佐々木祥恵
佐々木祥恵
北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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