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ダービーの遅い時計の評価

  • 2017年06月03日(土) 12時00分


 先週の本稿に、ダービーはオークスより速いタイムで決着してほしいと書いた。すると、あろうことか、オークスの2分24秒1より2.8秒も遅い2分26秒9もかかってしまった。同じ日に同じコースで行われた第8レース、古馬1000万円下の青嵐賞より3秒1も遅かった。

 青嵐賞の結果は、当日の芝コースが前週とそう変わらぬ高速馬場だったことを示している。ただ、このレースに関しては、2分23秒8の好タイムを叩き出し、2着を3馬身突き放して勝ったルックトゥワイス(牡4歳、父ステイゴールド、栗東・藤原英昭厩舎)の力が抜けていた。なので、2着の2分24秒3ぐらいが、古馬1000万円下の標準的な勝ち時計と考えていいだろう。

 だとしても、ダービーのほうが2秒6遅かった。コンマ2秒で1馬身差とすると、13馬身ほど離された、ということになる。

 前にも述べたように、競馬は時計ではない。ダービー上位馬が青嵐賞に、あるいは逆に、青嵐賞上位馬がダービーに出ていたら、実際の時計の順とはまるで違った結果になっていただろう。

 GIと、同じ日の同距離・同コースの条件戦の組み合わせとしてよく知られているのは、有馬記念と、1000万円下のグッドラックハンデキャップだ。1990年、オグリキャップが引退レースを劇的な勝利で飾り「奇跡のラストラン」として伝説になった有馬記念より、その日のグッドラックハンデキャップのほうが時計が速かったので、その有馬は、マイルが得意なオグリ向きの流れだった、などと言われた。

 最近では、2014年、ジェンティルドンナが勝った有馬記念の勝ちタイムが2分35秒3だったのに対し、第7レースのグッドラックハンデキャップは2分33秒8。有馬のほうが1秒5も遅かった。だからといって、これら2つのレースのメンバーをごちゃ混ぜにして同じコースを走らせたとしても、お話にならないことは両レースの上位馬を羅列すれば明らかだ。有馬はジェンティルドンナ、トゥザワールド、ゴールドシップ、ジャスタウェイ、エピファネイア。グッドラックハンデキャップはレイズアスピリット、ナンヨーケンゴー、ブライトボーイ、ヒールゼアハーツ、トニーポケット。

 競馬は時計ではない、ということを示す好例と言える。

 ダービーの時計が遅かったからといって、今年の3歳牡馬のレベルが低い、というわけではない。

 それどころか、レースレコードで決着した皐月賞の1、2、3着馬が、距離もペースもまったく別モノとなったダービーで5、7、6着とそこそこ上位に来たことは、これらの馬の能力の幅を示している。

 1、2、3着が、2、3、1番人気という、ほぼ人気のとおり、つまり前評判どおりに決まったことも、前哨戦を含めた世代全体の信頼感につながる。つまり、アテにできる、ということで、これは結構大事なことだ。

 いつも理詰めでは説明しづらい結果ばかり出ると、特に新しいファンは離れて行ってしまうし、アテにできる結果が出つづけているからこそ、ときおり起きるサプライズの特別さが際だつことになる。

 それにしても、今年のダービーのように、時計が遅くなったときの評価というのは、いつも困ってしまう。ヨーロッパの馬が日本に来ると、持ち時計を10秒ほども短縮してしまうことはよくあるが、同じ舞台で、同じ日に、こうもタイム差のある決着になると、判断に迷う。

 特に今回は、クリストフ・ルメール騎手の手綱さばきが見事すぎて、「ルメールが勝たせた」といった印象が強くなったことも、評価を難しくした。確かにルメール騎手の、向正面で14番手から2番手まで一気に進出しながら、そこにおさまった騎乗は素晴らしかったが、それができたのは、レイデオロが極限の精神状態のなか鞍上の指示を受けとめられるクレバーな馬であり、また、そうしたペースの変動に対応できるよう、普段から乗ってきた厩舎スタッフの力があってこそだ。

 キタサンブラックがつくるような中・長距離でのハイペースが厳しい流れであることは一目瞭然だが、超のつくスローペースは、別の意味で厳しい流れと言える。何かのきっかけで掛かってしまい、直線を迎える前に燃焼し切ったり、今年のダービーのように、動くに動けないままストレスを溜め、嫌気が差して、実質的にはレースに参加しないまま回ってきただけという馬が何頭も出たりする。

 そんななか、自在に立ち回って、直線でライバルを寄せつけなかったレイデオロは、間違いなく、強いダービー馬だ。

 逆に、時計が極端に速かったときの理論構築や実証は、非常に簡単なことが多い。例えば、2006年の阪神ジュベナイルフィリーズで、ウオッカが叩き出した勝ちタイムは1分33秒1と、前日、同じく良馬場の阪神芝外回り1600メートルで行われた準オープンのゴールデンホイップトロフィーの勝ちタイム1分34秒1より1秒も速かった。それも、のちにスプリンターズステークスを勝つアストンマーチャンを、とても届かないような位置から差し切ってのものだった。なお、ゴールデンホイップトロフィーを勝ったエイシンドーバーは、翌07年の阪急杯、京王杯スプリングカップと重賞を2勝する実力馬だ。アテになる馬が出したタイムは、アテにできる、ということか。

 今年のダービーが、これだけ極端に遅い時計になったことで、今後、3歳牡馬と牝馬の時計を比較する楽しみが増えた、と考えるようにしたい。タイムが速い方向での強さの再証明は、皐月賞上位馬が、きっとどこかでやってくれるだろう。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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