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“奇跡の存在”ハシノタイユウから聞こえた心の声 『僕、辛かったんだよね』

  • 2017年06月20日(火) 18時00分
第二のストーリー

▲蚕農家を改築して造られた引退馬のための牧場「ホースパラダイス群馬」を取材


あの瞬間、「ああ、私を待っていてくれたんだな」


 群馬県太田市にあるホースパラダイス群馬に赴いたのは、5月半ばのことだった。晴天に恵まれたが、最高気温が30度を超える予報が出ており、汗をふきながらの取材となった。

 ホースパラダイス群馬には、1995年の弥生賞(GII)で3着に入り、皐月賞(GI)に出走(9着)したハシノタイユウ(セン25)や吾妻小富士OPに優勝し、根岸S(GIII)では3番人気に推されるなど、芝ダート問わず活躍したトーヨーロータス(セン24)らが余生を過ごしている。出迎えてくれたのは、ハシノタイユウのファンで、週末ごとにホースパラダイス群馬に通ってハシノタイユウの世話をしているTAIYUMAMAさん。今回の取材の橋渡しもしてくださった。

 ホースパラダイス群馬(以降ホスパラ)は、高崎競馬の元厩務員の栗原修さんが始めた引退した競走馬のための牧場だ。現在、ホスパラがある場所は、元々農家だったという栗原さんの家の敷地内にある。ハシノタイユウは、その昔蚕農家をしていた時代の建物を改造した厩舎にいた。現在25歳。現役時代を彷彿とさせる黒い馬体。そして瞳にはまだ力があり、年齢は重ねていても、若々しい印象だ。一方、馬場ではソフト競馬の「同窓会ダービー」に出走するトーヨーロータスの動画撮影も並行して行われていた。(⇒関連記事:『“ソフト競馬”で引退馬の力になりたい』)

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▲敷地内には馬頭観音も祀られている


 ハシノタイユウは、1992年2月24日に北海道門別町(現・日高町)の天羽禮治さんの牧場で生まれた。父ブライアンズタイム、母ハシノペンダント、母の父はモガミという血統だ。デビュー戦は、1994年8月の札幌芝1200mの新馬戦。河野通文厩舎の管理馬として出走し、横山典弘騎手が騎乗して2着となった。この時の勝ち馬ブライトサンディーは、のちに1995年のGIII戦、サファイヤSに勝ってエリザベス女王杯に駒を進めてサクラキャンドルの2着となり、翌年の函館記念では牡馬を退けて優勝しているだけに、この新馬戦での2着は価値があると言っても良いだろう。

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▲ハシノタイユウ(セン25)と「ホースパラダイス群馬」代表の栗原修さん


 結果的に中央ではこの1戦のみで、地方競馬へと転籍。1995年1月の足利競馬で、1番人気に応え6か月弱振りのレースで初勝利を挙げている。2月の青峰特別を勝って2連勝し、皐月賞トライアルの報知杯弥生賞(GII)に、地方馬として再び中央競馬に参戦してきた。

 札幌の新馬戦で芝適性を示していた同馬は、8番人気ながら3着と健闘し、皐月賞の優先出走権を手中に収めた。北海道から東京に出てきた自分と重ね合わせて、皐月賞に参戦する地方所属のハシノタイユウの馬券を購入して、中山競馬場のスタンドで声援を送った日が懐かしい。結果は9着だったが、ハシノタイユウの頑張りは今でも忘れられない思い出の1つだ。

 中央の皐月賞で敗れはしたが、宇都宮競馬場でのしもつけさつき賞に優勝し、北関東ダービー2着と北関東では能力上位は明らかだった。

 栃木県在住のTAIYUMAMAさんが競馬に出会ったのは、1993年。ナリタタイシン、ウイニングチケット、ビワハヤヒデの3強がクラシック戦線を沸かせた年だ。TAIYUMAMAさんには特別な馬が5頭いて、ハシノタイユウはその5頭目の馬だった。ちなみに1頭目は1993年のダービーで4着になったリアルシャダイ産駒のガレオン。

「ビワハヤヒデが勝った若葉Sの時に、ガレオンは1枠1番だったので、パドックに最初に出てきたんですね。それでビビッと来てしまって…」と当時を振り返った。

「競馬を始めて間もなくで、全く予備知識も何にもなかったんです。ただガレオンが船名(ガレオン船は、16〜19世紀にスペインの軍船、貿易船として用いられた大型帆船)だというのを知っていて、名前が好きだったんですね。この子が1番強いと感じたのですけど、勝ったのはビワハヤヒデで、ガレオンは4着。皐月賞の優先出走権は取れませんでしたが、賞金で出走することができましたので、もちろん現地に応援に行きました」

 ところがガレオンは3位に入線したものの、他馬の進路を妨害して8着に降着となり、ダービーの優先出走権を逃してしまった。まだダービートライアルだったNHK杯に駒を進め、2着に入ってダービーに駒を進めることができた。だが脚元に不安を抱えていたガレオンは、4着でゴールインしたものの故障のために入線後に下馬している。結局このダービーが最後のレースとなり、種牡馬入りした。TAIYUMAMAさんは、ガレオンが繋養されていた社台ファームに誕生日ごとにプレゼントを贈り、先方からもお礼状が届いた。だが種付け頭数は決して多くはなく、やがて種牡馬引退。静岡県のつま恋乗馬クラブに移動した。TAIYUMAMAさんはそこへも何回か会いに足を運んだ。のちにガレオンは、個人のオーナーに引き取られたこともあり、その後は会っていないという。

 ガレオン以外では、ビワハヤヒデ、ライスシャワー、ゲンパチムサシ、そして最後にハシノタイユウがTAIYUMAMAさんの特別な馬となった。以来、応援することはあっても、特別な存在と位置付けられる馬がTAIYUMAMAさんの前に現れることはなかった。

「(競走馬時代の)タイユウのオーナーが栃木県の方というのも知っていましたし、足利競馬に来たタイユウが中央の弥生賞に出ることになったこともあり、絶対にこの子は応援しようと決めていました」

 フジキセキの勝った弥生賞では、中央の馬たちを退けて3着に入線し、見事に皐月賞の優先出走権をゲットした。思い切って厩舎に連絡を取ったTAIYUMAMAさんは、厩舎でハシノタイユウを見学させてもらえることになった。

「初めて見た時にビビビッと来ました。5頭目のビビビッです(笑)。黒鹿毛の馬が好きというのもありますし、大人しくて誰にでも愛想が良いという子よりも、ちょっと手がかかって素っ気ないみたいなそういう子の方が好きなんです。タイユウも正にそうで、会いに行っても私の方を全く見てくれません。厩舎の方がわざわざ洗い場に出してくれたのですが、やはり私を全く見ていませんでした。でも顔はハンサムでしたし、可愛かったんですよ(笑)。会う前から応援しようとは決めていましたけど、タイユウはズバリ私の好みでした」

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▲「顔はハンサムでしたし、可愛かったんですよ(笑)。タイユウはズバリ私の好みでした」(TAIYUMAMAさん)


 以来、タイユウを応援し続け、ほぼ月1回のペースで厩舎にも足を運んだ。

 ところでハシノタイユウは、一時、大井競馬場に在籍した。5歳(旧馬齢表記・現4歳)の5月に大井に移籍したものの、脚部不安のためにレースには出走していない。その間、引退危機に見舞われたが、紆余曲折の末にタイユウは再び足利へと戻り、現役を続けることとなった。TAIYUMAMAさんは、偶然にもその紆余曲折に身近に接し、それが契機となってタイユウとの関係が決定づけられたと言っても過言ではない。

「その紆余曲折がきっかけでタイユウが私の存在を認めてくれて、頼ってくれたのが伝わってきました」

 脚を痛めていたタイユウは、大井から足利に戻ってくるとすぐに牧場へと放牧に出た。TAIYUMAMAさんは、タイユウが再び足利の馬となった数日後、放牧先を訪ねた。

「馬房の前まで行ったら、私の顔を見るなりずっと前がきをするんです。しかも痛い方の脚でするんですよね。お土産に持ってきたリンゴを食べ終わっても、まだ前がきをし続けるので、お願いだから痛い方の脚ではやらないでって、タイユウの顔の前に手を出しました。すると今度はその手を延々と舐めるんです。なぜ舐めるのかなと疑問だったのですけど、その時『僕、辛かったんだよね』というタイユウの声が聞こえたような気がしました。ああ、私を待っていてくれたんだなと…。タイユウが私の存在を認めてくれて、頼ってくれたのが伝わってきました」

 当時の情景が甦ってきたのか、TAIYUMAMAさんは声を詰まらせた。ハシノタイユウがどこに行っても、どんな状況にあっても、必ず会いに来てくれた人。ハシノタイユウの心の中には、いつしかTAIYUMAMAさんが棲みついていたのかもしれない。

【動画】ハシノタイユウ

 大井競馬場に在籍していたあの時に競走馬登録が抹消されていたら、今頃タイユウはここに存在していなかった可能性もある。目の前にいる黒鹿毛のハシノタイユウという馬が、奇跡の存在にも思えた。

(次回へつづく)


※ホースパラダイス群馬は見学可です。
〒370-0353
群馬県太田市新田上中町380-1
ホースパラダイス群馬
見学・お問合せ
電話:0276-57-1907、090-5438−1345 or 090-1197-7197 
※事前に連絡の上、ご訪問ください

ホースパラダイス群馬の近況お届けブログ
http://horse703.blog17.fc2.com/

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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