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すべての条件がそろったところに絶妙の騎乗が重なった/宝塚記念

  • 2017年06月26日(月) 18時00分


◆今回は調教過程にもこれまでとは微妙に異なる手法を入念にほどこされた

 G1に昇格した大阪杯を6着(3番人気)に敗れたあと、ここに狙いを絞ったサトノクラウン(父マルジュ)の鮮やかな逆転劇だった。

 距離もコースも合うはずだった昨年の宝塚記念は6着(0秒7差)。前走の大阪杯も予測以上に体が減って6着止まり。阪神への輸送競馬に課題のあるサトノクラウンだが、雨の影響を受けることの多いこの時期の宝塚記念は、距離、予測される馬場コンディションからして最大の狙いのG1である。今回は調教過程にもこれまでとは微妙に異なる手法を入念にほどこされた。

 昨年のようにテンションは上がっていなかった。また、前回の大阪杯と比較して馬体重が戻ってプラス10キロ。先週、超高速だった阪神の芝には明らかに雨の影響がある。狙いを定めたG1にすべての条件がそろったところに、M.デムーロの絶妙の騎乗が重なった。途中からペースが遅くなるとみた向こう正面に入ると、キタサンブラックの外に進出して動きをうながし、なんと自分は逆に下げている。狙いの宝塚記念、今年は見事な逆転快勝である。

 美浦の堀宣行調教師は、モーリスの香港遠征で3戦3勝、リアルインパクトのオーストラリア遠征でもG1を制し、サトノクラウンの「海外のG1+日本のG1」はもう3頭目になるが、サトノクラウンは、最初の香港遠征では12着に凡走し、2度目の香港遠征で答えを出した調整の難しい馬である。今回の宝塚記念は昨年6着に終わった敗戦からの逆転だった。もちろん、モーリスも、リアルインパクトの海外G1制覇も簡単ではなかったが、サトノクラウンの香港ヴァーズ快勝と、宝塚記念制覇は、これはもうトレーナーの手腕、厩舎力そのものである。

 同オーナーの4歳サトノダイヤモンド(父ディープインパクト)は、すでに今秋の凱旋門賞挑戦を決めた日程に入っている。サトノクラウンも揃って行くのか。いやいや、同馬は宝塚記念制覇に渾身の力を注いだあとである。仮に予定を変更してのフランス遠征同行があるとしても、凱旋門賞出走はないように思える。M.デムーロは「行きたい」だろうが、決断するのは堀宣行調教師である。

 タフなキタサンブラック(父ブラックタイド)が、まさかの9着(1秒3差)に沈んでしまった。打倒キタサンブラックを目ざしたライバル陣営も、打倒キタサンブラックの馬券を買ったファンも、さすがに馬群に沈んでいくキタサンブラックは予想できなかった。

 敗因はひとつではなく、負の要素が重なったためと思われる。これで春秋のグランプリ=有馬記念、宝塚記念は【0-1-2-1】。4戦全敗である。グランプリを勝てないのではなく、懸命に走るキタサンブラックは、丈夫でタフ、疲れを知らないといわれ、今回も元気いっぱいとされたが、菊花賞や、天皇賞・春や、ジャパンCなど最大目標の頂点のレースに全力投球したあとのあるのがグランプリ。キタサンブラックは、本当は疲れを隠していただけかもしれない。

 レース後、北島三郎オーナーが「ずっとがんばりっぱなしで、疲れていると俺に言いたかったんじゃないか…」とコメントしたと伝えられる。タフで丈夫なキタサンブラックは、レコード勝ちした天皇賞・春のあとも、疲れがとれると乗りだしは早かった。懸命にがんばる馬だからである。しかし、がんばって調教をこなしたことで、さらに疲れがたまってしまった危険は否定できない。だれが悪いわけでもない。関係者が見抜けなかったわけでもない。だれだって「大丈夫だ」と信じるのは、圧倒的なファンの支持を受ける人気の名馬の宿命のようなもので、ハイセイコーも、オグリキャップも、時代のヒーローはみんなそうだった。

 だから、さらに進化している感さえあったキタサンブラックは想像を超えるタフなチャンピオンとして期待されたが、立場上、負けられないとして出走した2000m大阪杯を自己最高の1分58秒9で快走し、馬場差が大きかったとはいえ3200mの天皇賞・春を3分12秒5という歴史的なレコードで激走したあと、春の古馬3冠がかかった宝塚記念ではさらに強さをみせる可能性もあったと同時に、崩れる危険も少なからずあったということか。デビュー時の500キロ台からしだいに大きくなってこの日は542キロ。オグリキャップで思い出したが、身体が大きくなると、つれて自身の体を稼働させる負担が大きくなることも避けられない。この日、キタサンブラックには他を圧倒する内面の活力が馬体にほとばしっていなかった。覇気に欠けた印象があった。

 2200mというなんともいえない距離もキタサンブラックに合っていない。ライバルに最初からリズムを壊され、(当日、体調不安が現実のものとなったことを感じたためだろうか)、最初からあんなに自信がなさそうに騎乗している武豊騎手をみたのは珍しいことである。

 稍重の2200mというのは、思われているより厳しい距離だとも改めて実感した。ペースうんぬんではない。直前の8Rの500万下の芝1800mが1分47秒8(ハロン平均11秒98)であり、宝塚記念の2200mは例年より速いのに2分11秒4(ハロン平均11秒95)。たった400mしか違わない距離なのに、500万下と、A級のオープン馬の平均スピードはほとんど同じなのである。

 横山典弘騎手が2度目の騎乗となったゴールドアクター(父スクリーンヒーロー)は、出遅れた前回とことなり、互角のスタートなら「一気に行く手もあるか」と推測したが、読まれるような手は取るわけもなく、みんな早め早めに動いて出そうなことを察知した横山典弘は、最初から先行する気配などまったく見せなかった。

 前回とは別馬のような究極の仕上げに成功した陣営も素晴らしかったが、インでずっとタメて進んだゴールドアクターが中団より後方に位置し、そこから追い込んで2着したのは初めてのことだった。グランプリレースを計3勝もした父方祖父のグラスワンダーに似た特徴がどこかにあるのだろう、これで有馬記念=宝塚記念は【1-1-1-0】となった。有馬記念が楽しみである。

 ただ1頭の牝馬ミッキークイーン(父ディープインパクト)は古馬牝馬らしい落ち着きをみせ、この馬も素晴らしい仕上がりだった。出走数は決して多くないが、これで5年連続して牝馬が宝塚記念では3着以内に入っている。近年の有馬記念ではそんなことはないから、馬体から汗がしたたり落ちるようなシーズンになり、牝馬は平気でも、音を上げる男馬がいることも関係するだろう。馬群がもう少しバラけていれば、もっと小差だった。

 珍しく自分でレースを作る形になったとはいえ、シュヴァルグラン(父ハーツクライ)が凡走するのはめったにないことで、この馬も天皇賞・春は従来の記録を大幅に更新する事実上の大レコードである。もともと調教は動かない馬だが、本来の活力が感じられなかったため、6番人気にまで支持が下がっていた。ヒイキ目にみても本調子ではなく、やっぱり疲れが残っていただろう。

「大阪杯2000m→天皇賞・春3200m→宝塚記念2200m」は、よりタフなチャンピオンの出現を期待する日程ではあるが、この3冠達成は相当にきびしいものがありそうである。シーズンと、距離を考えると、「天皇賞・秋2000m→ジャパンC2400m→有馬記念2500m」より過酷だろう。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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