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引退馬を引き取るということ(1)  筆者の愛馬・キリシマノホシのその後

  • 2017年07月11日(火) 18時00分

▲今年の1月に筆者が引き取ったキリシマノホシのその後をリポート


関連記事:【引退馬を引き取る(1)】馬の命を守れ!引退馬関連の執筆をつづけてきた筆者の決断

1月に筆者のもとに来たキリシマノホシ


「難しい馬と接した方が勉強になる」。キリシマノホシ(牝11)を一緒に引き取った馬歴30年以上のJRA元厩務員の川越靖幸さんが、同馬の預託先の常総ホースパーク(茨城県牛久市)からの帰りの車中でふとつぶやいた。現在、それを実感する日々を送っている。

 昨年12月まで園田競馬場で現役を続けていたキリシマノホシを引き取ったのは、1月16日。あれからおよそ半年の月日が流れた。キリシマノホシは、元気に暮らしている。一言で言えばそうなるのだが、実際この半年の間、いろいろと学ぶことが多かった。冒頭の「難しい馬と接した方が勉強になる」。その言葉通りだと実感する毎日だ。

「難しい馬」という定義は、よくわからない。だがキリシマは「大人しくて手のかからない馬」というわけではない。10歳までレースに出走し、経験を積んできた11歳馬というドッシリした雰囲気は、正直言ってない。何かあるとすぐに耳を背負って、怒る。反抗する。3歳時、中央競馬で川越さんが担当していた時は「小柄で素直な真面目な馬」という印象を持っていたというが、当時の面影はあまり感じないようだ。

 中央時代にはなかったサク癖(馬栓棒に上の歯を当てて、顎に力を入れて空気を呑み込む癖。通称グイッポとも言われる)をするようにもなっていた。これは退屈だったり、他の馬の真似も原因だとも言われているが、中央、地方合わせて、8年弱の長い競走馬生活の中で、サク癖を含め、徐々に変わっていったと想像できる。

第二のストーリー

▲サク癖を見せるキリシマノホシ


 それでもキリシマは、週のうち3日はクラブに通う川越さんと私を特別な存在だとわりとすぐに理解してくれた。車から降りるとブフフという鳴き声を立て、姿を見ると頭を上下にブンブン振って嬉しそうにしている。キリシマを引き取ってわりとすぐに、私は北海道の実家に帰省した。こちらに戻ってきて約1週間振りに会ったキリシマは、馬房でボロ(馬糞)掃除をする私のそばにピタリとくっつき、ずっと匂いを嗅いでいた。多分あの時は、本当に私なのかどうかを確認していたのだと思う。今はしばらく会えなくても、確認作業はしなくなったから、完全に認知してくれたのだろう。

 馬を飼養すると、伸びたツメを削って蹄鉄を装着してもらう装蹄が必要となってくる。クラブの許可を得て、川越さんがトレセン時代から馴染みの装蹄師に来てもらったのだが、その時に左前の蹄鉄を外してみると、蟻洞(ぎどう)になっていた。蟻洞というのは、蹄壁の奥深くに空洞ができる蹄の病気の総称だ。このコラムでも取り上げさせてもらったタカラハニーも蟻洞の治療中ということで、ハニーズサークルの代表の方が薬の紹介をして下さるなど、心配して頂いた。ただ獣医経験のある調教師に写真を見せたところ、蟻洞としては軽いという見立てで、強い薬を使わず、行った時には蹄を洗い、消毒をして清潔を心がけている。

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▲蹄鉄を外してみると蟻洞を発症していたことも


 蟻洞の発生要因はさまざまだが、現在、乗馬クラブの馬房の敷料によく使われているオガ粉が蟻洞の温床になりやすいとも言われている。

 JRAの「競走馬事故防止対策委員会 馬事部獣医課」発行の冊子「蟻洞 〜発生の仕組みと対策〜」には、実験的に糞尿で汚れた敷料が蹄の裏につまりやすいような状態の馬房を作ったところ、敷料が詰まりやすいオガ粉などの場合、蹄下面のいろいろな箇所に損傷が頻発。その中には蟻洞の前兆となる白線(帯)の損傷も見られたと示されていた。つまり敷料が蹄の裏に詰まった状態にしておくと、蟻洞になりやすかったり、蟻洞を悪化させる可能性があるということだ。

 敷料が蹄の裏につまらない稲ワラが1番良いのだが、ワラは費用がかかるため、なかなか導入するのは難しいというのが現状のようだ。ならば、オガ粉を使用する場合は、蹄の清潔を保つのが不可欠になるように思う。冊子にも「裏掘り(蹄の裏に詰まった敷料などを掘って取ること)の徹底」が提唱されている。
 
 川越さんはともかく、馬の飼養管理は素人の私にとって、経験する1つ1つが新鮮であり、学びだった。

 おやつとして与える人参やリンゴをボロボロとこぼすなど、噛み戻し(噛み切れずに戻してしまうこと)が多いのも気になった。歯が伸びて噛み合わせが悪くなっていると判断し、こちらも川越さんの旧知の獣医を頼んで、ヤスリで歯を擦ってもらった。敏感な現役競走馬を数多く扱っている獣医師は、慣れた手つきで素早く処置をしてくれた。

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▲獣医にヤスリで歯を擦ってもらった時の様子


 キリシマもこの処置には慣れているのか、途中頭を上げ気味になりながらも、ほぼ問題なく終わった。処置後は、良い音を立てて人参を美味しそうに食べている。リンゴもちゃんと食べているが、私がそばにいると、わざと頭や背中にリンゴの食べかすをボロボロと落としていたずらをする。怒ったり、反抗したりもするが、そういう茶目っ気もキリシマノホシは持ち合わせている。

 元々、牧場だった場所を借り受けて乗馬クラブを運営している常総ホースパークには、放牧パドックがいくつもある。キリシマは午前中(真夏など暑い日は朝)、厩舎前のパドックに放牧されるのが日課だ。けれども「すぐに馬房に戻りたがります。馬房が一番安心できるみたいですね」とクラブ代表の関崇士さんの奥様の麻里子さんが教えてくれた。私たちがキリシマのもとを訪れるのは、ほとんど午後3時以降なので、その様子は知らなかった。

 現役時代の成績履歴から察するに、まとまった休養は一度もない。競走馬としてデビュー以来、放牧の経験もないはずだ。来る日も来る日も、馬房と馬場を行き来するだけの生活を送ってきたキリシマにとって、走らされる馬場ではなく、馬房の中が一番気の休まる場所だったのだろう。沁みついたその習性は簡単に抜けるわけもなく、いまだにキリシマにとって一番安心できる場所が馬房の中のようだ。キリシマの内面を垣間見て、胸が痛んだ。いつの日か放牧を楽しめる日が来てほしい。そう思いながら、接する毎日だ。

 話は前後するが、4月4日はキリシマノホシの誕生日だった。仕事として競馬に関わっているせいか、新しい年が明けると馬の年齢は自動的に加算されるというのが当たり前になっていて「キリシマノホシのお誕生日祝いを送りたいのですけど、送り先を教えてください」とFacebookで繋がった方からメッセージが来て初めて、そうか!誕生日か!と認識した次第だ。

 誕生日には「九州産馬を応援する会」様はじめ、たくさんの方にお祝いを送って頂いた。ピンクの可愛らしい無口、寄せ書き、青草、人参など、皆さんの温かいお気持ちが本当に嬉しかった。

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▲プレゼントで頂いたピンクの無口を装着


 私たちもバースデープレゼントに、知人でマッサージセラピストの佐山由紀子さんに、マッサージを依頼した。佐山さんのマッサージを受けている間、時折、気持ち良さそうな仕草や表情をしていた。施術に使用するアロマオイルの小瓶にも興味を示し、匂いをしきりに確かめている様子も微笑ましかった。佐山さんによると、長い競走馬生活のわりには体の痛みはほとんどないとのこと。ひとまず、ホッとした。

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▲▼筆者からはプロのマッサージをプレゼント

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 心身の身にはほぼ問題はなかったが、心はケアする必要がありそうだ。父がサイレントハンターとサンデーサイレンスの血が入っているキリシマノホシは、元々、気が強かったのだろう。気に食わないことがあると、耳を背負って私たちにも向かってくる。かと思えば、ちょっとした物音にも驚き、ビクッとすることもあった。

 道路に面した走路で川越さんが曳き運動をしている時に、車がそばを通ると暴れる。車に慣れていないのか、何か怖い思いをしたのかわからないが、車と遭遇するたびに、必ずバタバタしていた。ある時は、虫よけスプレーをシュッとかけただけで、頭を上げて後ずさりをし、終いにはプルプルと震えていた。年齢を重ね、競走馬の経験が長いからと言って、どんなことにでも平気なわけではない。むしろ競走馬生活が長過ぎて、嫌な経験をたくさんしてきたのか、それとも逆に同じ環境にずっといたせいでかえって経験が少ないのか…。訪れるたびに、キリシマの新しい顔を発見し、どう接していくべきかを考えさせられるのだった。

(つづく)


※キリシマノホシの近況は以下で見ることができます
ノーザンレイク ブログ
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ノーザンレイク Facebook
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筆者のFacebook
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※TRES animalcare(マッサージセラピスト 佐山由紀子さん)
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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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