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引退馬を引き取るということ(2)  アクシデントを乗り越え、ソフト競馬に参加

  • 2017年07月18日(火) 18時00分

▲筆者が引き取ったキリシマノホシとの今後について



キリちゃんが倒れた!


 10歳まで188戦休みなく走ってきたキリシマノホシは、脚元も内臓面も基本的に丈夫なのだと思う。そんな健康優良児だったはずのキリシマが、6月のある日、疝痛を起こした。

 川越さんと私が赴くと、キリシマの様子がおかしかった。時折、ヒヒーンと鳴き、後ろ脚を開いて不自然な恰好をしている。川越さんが「人参やってみろ」と言うので差し出すと、いつもはガッついてくるのに、口にしない。「疝痛かな?」と問うと「そうかもしれないな」と返ってきた。

 腸を刺激するために、早速放牧地で曳き運動を始めたが、ヒヒーンと鳴きながら歩いていたが、「痛いよ〜」と叫んでいるように聞こえる。「キリちゃん(普段はこう呼んでいる)をここで死なしてしまったら、何のために引き取ったのかわからない」

 胸が張り裂けそうになりながら、曳き運動を少しの間見守っていたが、今自分ができることをしようと思い立ち、疝痛が治った時に少しでもきれいな馬房に戻してやりたいと、馬房掃除を始めた。時折、キリシマのヒヒーンという声が耳に届く。「頑張れー」と心の中で励ましながら、ひたすらボロ(馬糞)を拾った。

 掃除を終えて放牧地を見ると、キリシマが倒れているではないか! 駆け寄って様子を窺うと息はしていた。生きてる! とホッとして川越さんを見ると、意外にも表情には余裕があった。厩務員時代を含めて馬歴の長い川越さんにとって、キリシマの症状はさほど慌てるほどではなかったのだろう。

 川越さんの叱咤激励で起き上がったキリシマは、再び鳴きながら歩き出した。少し歩くと、また寝転がる。それを繰り返すうちに、キリシマの尾がピッと持ち上がった。そして待ちに待ったボロが放牧地にボトボトと音を立てて落ちた。かなりの量が出たので、安堵した。

 クラブ代表の関さんも「痛みが取れないようなら痛み止めも考えますけど、発汗もしていないですしね」と、重症ではないという見立てだった。何度目かに寝転んだ時、痛みもだいぶ和らいだのか、気持ち良さそうに眠ってしまった。その時の表情が可愛くて、不謹慎だが思わず笑みがこぼれた。ほんの少しの眠りから目覚めたキリシマは、自ら立ち上がり、痛みからも解放されたようだった。

 幸い疝痛は軽症で済んだが

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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