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山野浩一さんの功績

  • 2017年07月25日(火) 18時00分


◆競馬ファンの裾野を広げた功績は「大あっぱれ!」

 競馬評論家で、SF作家としても知られた山野浩一さんが、先週20日に亡くなられた。77歳だった。

 ぼくが最後にお目にかかったのは、今年2月2日、NARグランプリの授賞式の会場だった。お目にかかったといっても、ぼくは受賞者のインタビューなどで忙しく、祝賀会のステージの上で今年も元気に乾杯の音頭をとる山野さんを遠くから確認しただけだった。

 あとで聞いたところによると山野さんはそのときすでにかなり痩せられていて、2月末ごろに食道がんであることがわかった。がんはすでにかなり進行していて、その後入退院を繰り返した闘病の様子はご自身のブログにつづられている。

 ブログの最後のエントリーは7月14日。「余命2か木月半」(「木」はタイプミスと思われる)というタイトルで、亡くなられたあとの著作権のことやご家族のことなどもつづられている。そして…

 最も望んでいた末期で幸運だ
 とりあえずみなさまサヨウナラ。

 と、結ばれていた。

 余命2か月半で、これだけのしっかりした文章を書けるのだから、もう少しだいじょうぶなのだろう、と勝手に思っていた。それでも意識のしっかりしたうちにお見舞いを、と思い、ご自宅に連絡をとったのが20日の午前中。いらしたのは弟さんで、この日の朝、介護の方が訪れたとき、山野さんはおひとりで亡くなられていたとのことだった。

 さすがに近年は紙媒体や電波での露出は少なくなっていたが、昭和から平成の初期、つまりインターネットがまったくないか、あってもまだあまり一般的ではなかった時代に競馬を始めたファンなら、おそらく山野さんの本やコラムなどを読んだことがないという人はいないのではないだろうか。

 1978年に出版された『サラブレッド血統辞典』は、当時、血統のことのみが書かれた、日本では唯一の書籍といえるもので、競馬の書籍としては大ベストセラーとなった。その後、何名かの編著者との共著となって何度か改訂版も発行された。

 “ダビスタ”に代表されるような、血統に深く関わる競馬のゲームなどは、山野さんが『サラブレッド血統辞典』をはじめとする書籍や文章などでファンに対してもわかりやすく血統を解説することがなければ、少なくともあの時代には成立していなかったかもしれない。さらにそうしたゲームの解説本が多数出版されたり、POGが盛んになることで、競馬ファンの裾野が広がることにもなった。

 また、歌人・作家・劇作家などとして知られる故・寺山修司氏を競馬の世界に引き入れたのも山野さんだったと言われている。寺山氏の著書や詩、新聞などに掲載されたコラム、映像作品などは競馬ファンに広く親しまれ、競馬が単なるギャンブルではなく、文化としても盛り上がることとなった。

 ぼくは山野さんの足元にも及ばないのだが、同じ文章を書いてメシを食わせてもらっている立場として言えば、山野さんの文章はとにかく読みやすい。山野さんの文章は句点(。)であまり区切ることなく、センテンスが長い文章が多いのだが、それでもスラスラと読みやすく頭に入ってくる。

 山野さんはSF出版界においても、競馬評論の世界でも、大先生と呼ぶべき存在だが、偉ぶるようなところはまったくといっていいほどなく、競馬のモノ書きや編集者として初期の頃のぼくらにも分け隔てなく接していただいた。

 また山野さんは、多くが共有ではあるものの、社台グループを中心に多くの競走馬を所有されていた。ステイゴールド、ダンスインザダーク、ゴールドアリュール、地方馬ではマグニフィカ、マズルブラストなど。中央の競馬場では人も多くお会いする機会は少なかったが、大井競馬場などではお姿をたびたびお見かけし、愛馬の勝ち負けにかかわらず、まるで子供のように無邪気にレースや馬のことを話されていたことが思い起こされる。特にマグニフィカは、東京ダービーで3着に負けたことからジャパンダートダービーでは6番人気という低評価だったが、その勝利についてはかなり早い時期から確信していたようだった。

 日本の競馬が、馬券の売り上げでは世界でもダントツで、賞金もトップレベルであることはあらためて言うまでもない。そして日本の競馬ファンの、さまざまな背景まで含めた競馬に対する理解度の高さや裾野の広さは、世界でも類を見ないのではないだろうか。一例を挙げれば、ディープインパクトが凱旋門賞に出走したときにロンシャン競馬場が日本の競馬ファンで溢れたことなどは、世界から見れば狂気であったろう。

 日本の競馬が世界レベルになったことに加え、日本の競馬ファンがおそらく世界一のレベルにある現状は、山野さんの著作活動などの影響が大きいと思われる。その功績は、間違いなく、大・大・大あっぱれ!だ。

1964年生まれ。グリーンチャンネル『地・中・海ケイバモード』解説。NAR公式サイト『ウェブハロン』、『優駿』、『週刊競馬ブック』等で記事を執筆。ドバイ、ブリーダーズC、シンガポール、香港などの国際レースにも毎年足を運ぶ。

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