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人見知りな快速娘エイシンバーリン(2) 繁殖引退後の問題と忍び寄る病魔

  • 2017年08月01日(火) 18時00分
第二のストーリー

▲熱烈なファンがたくさんついていたエイシンバーリン(写真提供:認定NPO法人引退馬協会)


『あー面白かった』と思えるような余生を送ってほしい



 エイシンバーリンは、旧馬齢表記で7歳、現行の6歳で競走馬を引退して繁殖生活に入ってからは、コンスタントに産駒をこの世に送り出してきた。だが芦毛馬の宿命とも言われるメラノーマ(悪性黒色腫)に罹患しており、お尻や首のあたりにその症状が見られた。体内にもそれが広がりつつあり、父ダンスインザダークの牡馬を出産した2013年の種付けで受胎しなければ、繁殖を引退することになっていた。

 話は前後するが、バーリンには熱烈なファンがたくさんついていた。

「バーリンがウチに来ると決まった時に、栄進牧場の方からバーリンも行くけどファンの人も行くよって言われました(笑)。初めの年は100人以上はいらっしゃったんですよね。私はかなりの人が来ると想像していましたが、ウチの家族はそんな人数でもないだろうと思っていたみたいで、ビックリしていました。その後は年間50〜60人くらいになりましたけど、常連さんが毎年バーリンの写真を撮っていかれるので『いつも同じような写真になるでしょ』と私が言うと『ちょっとずつ違いますから、それで良いんです』とか『同じでもいいんです』とか仰って、皆さん撮影していかれて…。やっぱりすごいな、バーリンだなと思いました」(丸村村下ファーム・村下理恵子さん)

 このようなバーリンファンにとって、気になるのは繁殖を引退した後のことだった。

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▲バーリンファンにとって、気になるのは繁殖引退後のこと(写真提供:認定NPO法人引退馬協会)


「バーリンに会いに来られたファンの方からは、繁殖を引退したらどうなるのですかとよく質問されました。そのたびに何とか良い方向に、バーリンの良いようにしていきたいとは思っているんですよというお話をしました」

 何かあったら自分が余生の面倒を見たいと申し出たファンもいたという。また認定NPO法人引退馬協会にはフォスターホース(引退馬協会所有で、会員からの会費、寄付等で支える馬のこと)の制度があるので、相談してみたらどうかと教えてくれたファンもいた。繁殖引退が決まった時に、引退馬協会の引退馬ネットに問い合わせをした1人のファンから、所有者から連絡を頂ければという報告を理恵子さんは受けた。

「メラノーマは突然破裂してそのまま亡くなるケースもありますから、この先何年生きられるかわからないですけど、1年でも2年でも、子育てにも追われずのんびりできて、バーリンが『あー面白かった』と思えるような余生を送ってほしいと思って、引退馬協会の代表(沼田恭子さん)に直接相談させて頂きました」

 理恵子さんから相談を受けた引退馬協会も「はるばるアメリカから日本に来て重賞4勝の成績を残し、繁殖馬としても長い間頑張ってきて、財団法人ジャパンスタッドブック・インターナショナルの引退名馬展示事業の助成金の受給資格もあることから、今後バーリンと同じような繁殖牝馬を助ける道ができて、さらにはその先へと繋げていくこともできるのではないか」という考えのもと、エイシンバーリンをフォスターホースとして受け入れることが決定された。

 ところで今、引退競走馬たちの余生について、かつてないほどに関心が集まっている。例えば7月26日(水)〜9月25日(月)まで東京都港区新橋のGate J.で、引退馬のセカンドキャリアを支援する活動を紹介したパネルを展示した「引退馬フォーラム」が開催され、その期間中トークイベントが行われているが、先週(7/28)行われた第1回「競馬フォーラム(サンクスホースプロジェクト報告会)」というトークイベントも、多くの観客が詰めかけ大盛況だったと聞く。引退馬の現状に関心が集まるのは、喜ばしいことだ。

 しかしサラブレッド生産の現場にも、厳しい現状があることは忘れられがちだ。私も以前は競走馬登録抹消後の用途が「繁殖」となっていたら、何となくホッとしたものだったが、実は繁殖になったからといって、決して安泰ではないのだ。生産牧場はボランティアで馬を養っているわけではなく、仕事として馬を繋養している。だから子出しが悪かったり、産駒の成績が伸びない繁殖牝馬には見切りをつけ、牧場から出すことになる。出された馬は、結果として行方知れずとなるというケースがほとんどだ。

 素晴らしい競走成績を残した馬であっても、悲しい末路を辿る例も少なくない。繁殖を引退したのちに、第三の馬生、あるいはのんびりと余生を過ごせる馬は、ほんのひと握りに過ぎないのだ。バーリンの物語を聞きながら、これからは繁殖を引退した牝馬たちにももっと希望の光が差し込んできてほしいと切に願ったのと同時に、その一助になれるよう馬たちの置かれた現状を伝えていかなければとも思わされたのだった。

 晴れて引退馬協会のフォスターホースとなったエイシンバーリンは、高齢(21歳)でメラノーマを患っていることもあり、移動や環境の変化は負担が大きいと判断され、慣れ親しんだ丸村村下ファームでそのまま過ごすこととなった。

 フォスターホースになったバーリンには相棒ができた。

「自分の子供としかグルーミング(仲の良い馬同士がお互いの首筋から背中、腰あたりを歯を使って毛づくろいすること)ができなかったバーリンなんですけど、初めて自分の息子、娘以外の馬とグルーミングをしているのを見ました。その相手はやはり繁殖を引退したリボンという馬なのですが、リボンは結構きついところがあったので正直良い相棒になるとは思わなかったんです(笑)。でも良い相棒になってくれました」

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▲相棒のリボンとグルーミングをするエイシンバーリン(写真提供:認定NPO法人引退馬協会)


 子を産み育てる日々から解放されたのがわかったのだろうか。バーリンは素顔の暮らしを楽しんでいた。

「『私を誰だと思っているの?』という感じで、彼女らしく、彼女の思ったように過ごしていましたし、『今日は楽しかったかい?』とこちらがバーリンに聞けるような顔をしていましたね」

(動画提供:認定NPO法人引退馬協会)

 バーリンは、自分をしっかり持った馬でもあった。

「基本与えられた飼い葉は残さないタイプの馬なんですけど、例えばファンの方が人参を持ってきてくれた時には、だいたい2本で彼女はもういいですと(笑)。普通の馬は、たくさん食べたがるんですけど、平均2本食べればもう結構ですという感じでした。その場にとどまって愛想をふりまくでもなく、もらうものもらったらじゃあねって去っていく馬でしたね」

 リボンという心許せる相棒もでき、マイペースの生活を謳歌していたバーリンに、新たな病魔が忍び寄っていた。
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▲エイシンバーリンに新たな病魔が忍び寄る(写真提供:認定NPO法人引退馬協会)


(つづく)


※エイシンバーリンのお墓参り
ファーム内にある馬頭観音にお参り可能です。(馬の見学は不可)
訪問可能時間帯は10:00〜15:00頃
希望日の1〜2日前にファームに確認のこと。なお連絡先は、競走馬ふるさと案内所にお問い合わせください。
http://uma-furusato.com/

日高案内所
電話:0146-43-2121

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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