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【300勝達成】武士沢友治騎手(1)『王手をかけてから148連敗 今だから語れる“300勝”』

  • 2017年08月07日(月) 12時01分
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▲JRA通算300勝を達成した武士沢騎手がゲスト、事前に募集した読者質問にも懇切丁寧にお答えします!


7月15日の福島でJRA通算300勝を達成した、デビュー21年目の武士沢友治騎手(39歳)。今年2月の小倉大賞典をマルターズアポジーで制して299勝。そこから5か月を費やしての大台到達でした。これには「ここまで勝てないとよくわからなくなっちゃって」と武士沢騎手も苦笑い。今回は今だから語れる“300勝”達成秘話と、事前に募集した読者からの質問にお答えしていきます。(取材:赤見千尋)


「福永さんの2000勝と同じ日っていうね(苦笑)」


赤見 300勝達成、おめでとうございます!

武士沢 ありがとうございます。ようやく勝てました。

赤見 失礼ながら、王手をかけてから148連敗で…。

武士沢 2カ月くらい勝てないことはよくあるけど、5カ月はさすがになかなかない(苦笑)。

赤見 やはり、徐々にプレッシャーが強くなっていたのでは?

武士沢 プレッシャーというか、ここまで勝てないとよくわからなくなっちゃって(笑)。これだけ勝てないことってないですからね。「どうしたらいいんだろう…」みたいな、正直、今までにない感覚に陥っていたかも。

赤見 周りの方たちも「いつだ、いつだ」って期待しますからね。

武士沢 そうそう。自分では気にしないようにしてたんですけど、そういう周りの期待が変なプレッシャーになって。そのうち、周りが期待している以上に、勝てないプレッシャーが自分にとって負担になってきている感じはありました。「勝てない…、勝てない…」って自己嫌悪に陥って、自分に嫌気が差してきて(苦笑)。

赤見 ジョッキーにとって、“1勝”は大きいですもんね。

武士沢 そうですね。同じ連敗でも、記録がかかっていなければ、こんなにプレッシャーを感じることはなかったんでしょうけど。

赤見 8番人気デルマサリーチャンでの達成となりましたが、一発あるかもという手応えはあったんですか?

武士沢 そういう感覚はあったかな。まぁどのレースもそう思って乗ってるんですけど、ああやって上手く前が開いて、そこから切れる脚を使ってくれてね。勝つときはそんなものなんですよ。全部うまくいったレースでしたね。

赤見 ファンのみなさんの前で記録達成のインタビューを受けたときはいかがでしたか?

武士沢 素直に「うれしいです」ということと、みんなに「まだか、まだか」と言われるのがつらかったという話をして。トントンといければよかったんでしょうけど、ここまで引っ張られると、ファンのみなさんも「ようやくか」みたいなね。逆にこういうパターンも味があっていいのかななんて思ったりもしたけど、これがまた福永さんの2000勝と同じ日っていうね(苦笑)。翌日の新聞では、福永さんの記事が紙面の半分くらいを占めていて、俺はその20分の1くらいで、探しちゃいましたよ(笑)。

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▲武士沢騎手と同日に、福永騎手がJRA通算2000勝を達成 (C)netkeiba


赤見 300勝もすごい数字ですよ。

武士沢 いやぁ、もういっぱいいっぱいですよ(苦笑)。

読者質問「ベンチャーナインとの思い出を教えてください」


赤見 今回はですね、300勝を記念して、ファンのみなさんから武士沢騎手への質問を募集しまして。ここからはその質問をもとにお話を進めていきたいと思います。まずは、「300勝の自分へのご褒美は?(ダンスさん)」という質問です。

 →【300勝達成!武士沢友治騎手への質問&応援メッセージを募集】のニュース

武士沢 ご褒美はないです。しいて挙げれば、「あと1勝!」というプレッシャーからの解放感かな(笑)。

赤見 なるほど。確かにそれは大きなご褒美かもしれませんね。続いては、「今までの勝利で、会心の騎乗と思い出に残っているレースを教えてください(ゆずずさん)」

武士沢 やっぱり気持ちが良かったのは、アルコセニョーラの新潟記念(2008年)かな。あのレースは、ドンピシャにハマッた感じだったから。今でも気持ち良かったなぁって思い出します。

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▲自身の“会心の勝利”に挙げたアルコセニョーラの新潟記念 (撮影:下野雄規)


赤見 馬場の外目から尻尾を振りながら伸びてきたのを覚えています。

武士沢 ああ、あれはあの馬の個性というか、すごく気の強い女の子だったからね。テン乗りだったけど、それまで何度も一緒に競馬をしていて、「自分だったらこんなふうに乗ってみたいな」と思っていたところに、たまたま声を掛けてもらって。そのイメージ通りに乗れたレースでしたね。

赤見 続いては「武士沢騎手といえば、サンマルデュークの印象が強いです。武士沢騎手から見て、サンマルデュークってどんな馬ですか?(ankoさん)」

武士沢 ん〜、走りたくない馬(笑)。まぁ競走馬は基本的に、みんな走りたくないからね。なかでもサンマルデュークは個性が強くて、自分の形を作れないと走らないっていうね。でも、僕はそういう個性の強い馬は好きですよ。

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▲「個性が強くて、自分の形を作れないと走らない」というサンマルデューク (撮影:下野雄規)


赤見 勝つときはめちゃくちゃ強いですよね、あの馬は。

武士沢 とくに中山ね。個性の強い馬は、そういった得意不得意がはっきりしてる。

赤見 コンタクトは取りやすい馬ですか?

武士沢 超おとなしいから、コンタクトも何もないんです。競馬のなかでもね、“手応え”っていうコンタクトがない(笑)。

赤見 そうなんですか(笑)!

武士沢 うん。とにかくおとなしくて、自分から進もうとしない。こっちが促しても、そのタイミングでは動いてくれないし。そこはやっぱり、あの馬なりの抜きどころっていうのがあるんでしょうね。そういうタイミングが、中山ではハマるケースが多いんです。

赤見 そうなんですねぇ。続いては、「キタサンミカヅキとの思い出やエピソードがあれば教えてください(モエロウエクラさん)」

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▲船橋競馬に移籍となったキタサンミカヅキ、同馬との思い出は?(撮影:下野雄規)


武士沢 ミカヅキは、最初の頃はヤンチャというか、けっこう危険な馬だなっていうイメージがあったなぁ。

赤見 どう危険だったんですか?

武士沢 急に走り出したり、ジャンプしてみたり。いつ落とされてもおかしくなかったから、けっこう怖かった。背中が敏感すぎたのか、口が敏感すぎたのか…。とにかく、すごく変な反射的な動きをしてましたね。

赤見 実際に落とされたことは?

武士沢 それはなかったです。競馬にいっても、上手く気分を乗せてあげないと進まなくなっちゃったり、伸びなかったり、すごく起伏が激しかった。だから、馬の気分にこっちが乗ってあげるっていうね。でもオープンまで勝ってくれましたからね。最初の頃はけっこう手を焼いたので、やってきたことは無駄じゃなかったなって。

赤見 ジョッキーとして、そういう成功がやり甲斐につながっているんですね。続いては、「ベンチャーナインとのコンビのファンでした。思い出を教えてください(みまつさん)」

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▲プリンシパルS優勝時のベンチャーナイン、同馬とのコンビで牡馬クラシック三冠を戦った(撮影:下野雄規)


武士沢 ベンチャーナイン、懐かしいね。あの馬もなかなか個性の強い馬で。なんか、こうして話していると個性の強い馬ばっかりだな(笑)。

赤見 そうかも(笑)。個人的には、アルコセニョーラとベンチャーナインが武士沢騎手の名前を一気に広めたという印象も。

武士沢 その2頭は時期が近かったからね。ベンチャーナインは、すごく手が掛かるという馬ではなかったけど、道中は少し折り合いに気を付けなくちゃいけないところはあったかな。前に行って脚を使うというイメージはなくて、だからいつもああいう(後方)ポジションになっていたんだけど。何より、皐月賞、ダービー、菊花賞と三冠レースに連れて行ってくれた馬ですからね。思い出深い1頭です。

(次回へつづく)

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東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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