第二のストーリー 〜あの馬はいま〜/佐々木祥恵

人見知りな快速娘エイシンバーリン(3) バーリンが遺した「血」と「治療の過程」

2017年08月08日(火)18時00分

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第二のストーリー

▲吸水性の高い馬着を着て放牧中のエイシンバーリン(写真提供:認定NPO法人引退馬協会)


『私はバーリンと一緒にいられて幸せでした』


 メラノーマ(悪性黒色腫)を患っていたエイシンバーリンは、2013年に受胎が確認できなかったのを機に繁殖を引退し、認定NPO法人引退馬協会のフォスターホースとなった。バーリンを愛する丸村村下牧場の人々とたくさんの会員に支えられ、リボンという心許せる友と一緒に牧場生活を謳歌していた。

 牧場の村下理恵子さんによると、バーリンは例年、冬期間には冬毛が伸びて「白熊みたいにモフモフになっていた」という。それが昨年秋頃からこれまでにないほどの冬毛で体が覆われてしまった。

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▲冬毛が伸びて白熊みたいになっていたバーリンの脚(写真提供:認定NPO法人引退馬協会)


「おかしいなとは思ってはいましたけど、確か2、3年前にバーリンが現役時代、休養していた牧場で働いていたという方が見学にいらっしゃって『いやあ懐かしい。このモフモフ』と仰っていましたし、元々猫っ毛だったので、以前からこのような毛なのだから問題ないかなと…。それにしても冬毛の量と長さがものすごかったので、調べてみたんですよね。そうしたら、それまでそんなに水を飲まなかった馬がやたら水を飲み出す多飲、そして多尿、そして発汗など、すべてがクッシング症の症状にあてはまっていたんです」

 クッシング症が疑われ始めた頃、バーリンは挫石になっていた。

「このまま蹄葉炎になっても困りますし、脚を痛がったので抗生物質を打って治療をしていました。抗生物質を打つと蹄からの排膿に時間がかかってしまうので、もう少し脚元の状態が良くなってからクッシング症の検査をしましょうという話をしていたんです」

 クッシング症の疑い、そして挫石と2016年の年末から2017年の年明けにかけては、バーリンにとって辛い時間が流れていた。年が明けてからも発熱と痛みが見られ、獣医師や装蹄師による治療が施された後、やっと排膿を確認。前日ほとんど口にできなかった水や飼い葉も食べられるようになってきた。このまま良くなってくれれば…。これがバーリンに関わる全ての人の願いとなった。

 人や犬のクッシング症は下垂体前葉の機能異常が起因してるが、馬の場合は下垂体中葉への障害が主となるホルモン異常と言われており、副腎皮質ホルモンが過剰に分泌される。15歳以上の高齢馬に発症しやすいようだ。バーリンのように体毛が長くなったり、多飲、多食、発汗、それ以外にも高血圧や糖尿病のような症状が認められている。そして感染症に対する抵抗力も弱まってきて、やがては蹄葉炎を発症するという経過を辿るケースが多いらしい。

 クッシング症を疑ってからは蹄葉炎のリスクが高まらないように、糖分や濃厚飼料を控えるなど、飼い葉にも気を遣った。バーリンが大好きな青草には、フルクタンという糖質が多量に含まれるため、心配する会員からの青草や人参のプレゼントも控えてもらうように告知されていた。

 バーリンの相棒リボンも、バーリンを気遣っていた。放牧地では、舎飼の続くバーリンの目の届く範囲からあまり動かずに過ごしていたそうだ。リボンはバーリンを思いやり、バーリンはリボンに励まされていたに違いない。馬同士の心の交流、そして友情に胸が熱くなった。

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▲放牧地からバーリンを見守る相棒のリボン(写真提供:認定NPO法人引退馬協会)


 バーリンの症状は一進一退だった。熱はあっても気分良さそうにしている日もあり、1月半ばには挫石の痛み止めの注射は終えていた。1月も終盤に差し掛かった頃には、パドックにも出られるようになった。ただ痛めていた右前脚をかばっていた左前脚を痛がるようにもなってきていた。

 2月に入ってからは、左前脚の痛みがあるため、外に出てもさほど動かずに過ごした。またクッシング症を確定するための検査が検討され続けていたが、この検査にはステロイドが使用される。炎症のあるバーリンにはステロイドが使えないために様子見が続き、検査は先送りされていた。だが複数の獣医師によって「長いカーリーヘア状の体毛や高体温などの症状からクッシング症は間違いない」という見解が示され、リスクのある検査をせずに、バーリンにとって最善と思われる治療が開始された。

 痛めていた左前脚については「蹄葉炎」というのが装蹄師の見解で、挫石治療をしていた右前肢も蹄葉炎の可能性が出てきた。よって右前脚も蹄葉炎に罹患している前提でケアがされていった。

 クッシングの症状の1つである発汗も、バーリンには顕著に現れていた。特に食後に大量の発汗が見られ、タオルで拭き取るのも大変な作業だった。しかもバーリンは元来手入れ嫌いなので、余計にタオルでの汗拭きを嫌がった。そこで理恵子さんと引退馬協会側が相談をし、6リットルもの水分を吸収するという馬着を購入して着用するようにもなっていた。

 3月には、左前脚の蹄葉炎が進行して、蹄が割れてきた。かなりの痛みがあったため、痛みが軽減される深屈腱の切断手術が装蹄師より提案され、バーリン25歳の誕生日でもある3月11日に手術が行われた。その際、その際行われたレントゲン検査も、左前脚の蹄葉炎はさらに悪化しており、右前脚もシンカー型蹄葉炎になる可能性が指摘されている。

 手術は成功したが発熱が続き、脚には痛みがあった。バーリンは病と闘い続けた。ひたむきに逃げた現役時代のように、バーリンは痛みの中でも気の強さを見せるなど、彼女らしさは失ってはいなかった。即効性のある漢方薬が届き、その投与も始まっており、4月初旬に少しではあるが回復傾向が見られた。だがそれも長くは続かず、両前脚の蹄冠部付近から出血。脱蹄が進行していたために、獣医師、装蹄師の見解を踏まえて、安楽死という辛い決断をするに至った。

 安楽死が決まってからは、それまで蹄葉炎が悪くならないよう口にしていなかった青草がバーリンに与えられた。大好きな青草を心ゆくまで味わったバーリンは、静かに天国へと旅立っていったのだった。

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▲静かに天国へ旅立っていったバーリンの祭壇(写真提供:認定NPO法人引退馬協会)


 バーリンが苦しかった時間を振り返った理恵子さんは「まずはバーリンにごめんねですよね。毛が伸びてきた時点で検査できて治療できれば…。すべてが後手後手に回ってしまって、私の至らなさが原因だと思います。でも私はバーリンと一緒にいられて幸せでした」と声を詰まらせた。

 馬のクッシング症が病気として認識され出したのは、わりと最近のことだ。それまでもこのような症状が出ていた馬はいたはずだが、高齢馬の罹患がほとんどのため、年齢の影響での不調ととらえられていたケースが多かったと想像できるし、バーリンも致し方ない部分が大きかったのではないだろうか。現在、引退した競走馬の第二、第三の馬生について、かつてないほどクローズアップされており、高齢馬は今後さらに増えていく可能性がある。それだけにバーリンの症状や治療の課程が、これから余生を過ごす馬たちの一助に必ずなると考えている。

※認定NPO法人引退馬協会HP内の「バーリンだより」に、バーリンのクッシング症について詳しい経過が載せられています。

 村下ファームにバーリンの娘が戻ってきている。2012年生まれのホワイトアウト(牝5・父フォーティナイナーズサン)だ。この娘がまた、バーリン以上に気が強いという。

「削蹄中に気に食わないことがあったら、前で抑えている私に噛みついてきますからね(笑)。バーリンが亡くなる3日前に生まれたバーリンの孫娘(父ダンカーク)は、お利口なんですけど(笑)」。

 バーリンの孫娘も祖母と同じ芦毛だ。バーリンの血はホワイトアウトによって、確実に引き継がれている。そして孫娘が競馬場で祖母のごとくひたむきに走る姿を楽しみに待ちたい。
(了)


※エイシンバーリンのお墓参り
ファーム内にある馬頭観音にお参り可能です。(馬の見学は不可)

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▲馬頭観音には、村下ファーム生産のサニーブライアン(1997年の皐月賞、日本ダービー優勝)のタテガミも収められています(写真提供:認定NPO法人引退馬協会)


訪問可能時間帯は10:00〜15:00頃
希望日の1〜2日前にファームに確認のこと。なお連絡先は、競走馬ふるさと案内所にお問い合わせください。
http://uma-furusato.com/

日高案内所
電話:0146-43-2121
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コラムニストプロフィール

佐々木祥恵
佐々木祥恵
北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。