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【小林智×藤岡佑介】第3回『スミヨン騎手に見る日本と世界の“基本的な馬乗り”の違い』

  • 2017年08月09日(水) 18時01分
with 佑

▲佑介騎手のフランス遠征時の恩師・小林智調教師との対談企画第3回


フランスで開業している小林智調教師。ヨーロッパが主戦場のホースマンとあって、騎手の技術面の違いで気づくことがあると言います。日本人トップクラスの武豊騎手や福永騎手も、世界の乗り方を意識しての変化を感じると、小林師。一方で、「クリストフ(ルメール)は乗り方が変わってきちゃったもんね」と、逆のパターンもあると言います。日本と世界の違いは、なぜ生まれるのでしょうか。(取材・構成:不破由妃子)


(前回のつづき)

根本的な原因はジョッキーの技術ではなく牧場での乗り方


佑介 この対談でも話題に上ったことがありますが、僕は常々、「世界を股にかけて活躍できる日本人の若手ジョッキーが出てくるはずだ」と思っているんです。僕らがデビューした頃に比べ、競馬学校のカリキュラム自体がレベルアップしていて、ここ数年の若手は、最初から本当に優れた技術を持っていますからね 。

小林 可能性は十分にあると思うよ。ただ、技術的な面でいうと、"基本的な馬乗り"が違うんだよね。フランス人は、掛かる馬に乗っても拳が浮かない。スミヨンとかそうでしょ?

佑介 ああ、そうですね。

小林 「どうしてなんだろう…」と、ずーっと考えていたんだけど、タナパクが今年気づいてね。ちなみに、角居先生も知ってた。実は、向こうの人って、乗馬の形のまま競走馬に乗るんだよね。つまり、拳が寝ない。

佑介 なるほど。それは確かに基本的な部分ですね。

小林 うん。拳を立てると肘が開かないでしょう。そうすると、自然と肘の位置が低くなって、肘からハミまで一直線になるから、引っ張ったときによりダイレクトに力が伝わる。

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▲拳を立てることの重要性をジェスチャーを交えて解説


佑介 確かに、拳を寝かせたまま引っ張ると、肘が開いてハミまで真っ直ぐにはなりませんよね。

小林 そうそう。だから、力がダイレクトに伝わらなくて、引っ張り切れずに拳が上がってしまう。その点、肘の位置が低いと、馬に引っ張られても小指のほうから引っ張られて、拳がキ甲に吸い付くんだよね。あと、もうひとつは、日本のジョッキーは騎乗姿勢になると膝が出てくる。で、踵が下がらず、浮いている人が多い。

佑介 それは鐙の踏み方の違いかもしれませんね。

小林 踏み方というより、鐙の上にちょこんと乗っているだけで、鐙を踏んでいないんだよね。でも、向こうの人は鐙を踏んで乗るから、膝が出ずに垂直に立つ。つまり、それだけ馬を後ろから押しているということ。「スミヨンはお尻が動いて格好悪い」という人もいるけど、実は一完歩一完歩、馬の動きを助けてあげている動作で。ちょこんと邪魔をせずに乗っているだけより、そのほうが馬は楽に走れるから、最後まで余力が残るっていうね。

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▲「“スミヨンはお尻が動いて格好悪い”という人もいるけど、実は一完歩一完歩、馬の動きを助けてあげている動作で」(撮影:下野雄規)


佑介 小林先生の理論でいうと、一番近いのはモレイラのスタイルじゃないですか?

小林 そうかもね。あと、日本人でいうとユタカさん。ユタカさんのホームページのトップ画面はキズナに乗っている写真なんだけど、手綱の持ち方が日本人ぽくない。昔は膝が締まっていたけど最近は締まらないし、踵も下がって進化している。あれだけのキャリアがありながら、まだ乗り方が進化しているというのは、本当にスゴイことだと思うよ。もう一人、祐一くんも変わってきたね。どことなくクリストフ(ルメール)に似てきた。たぶん、向こうの乗り方を意識して、変えてきているんだと思う。最近はね、ウチに研修にくる子には、「乗り方を変える4つのポイント」を言うんだよ。「踵を上げない、膝を出さない、拳を立てる、肘を低くする」。その4つを意識すれば、だいぶ変わるはずだから。

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▲「“踵を上げない、膝を出さない、拳を立てる、肘を低くする”。その4つを意識すれば、だいぶ変わるはずだから」


佑介 僕自身、フォームでいえば、フランスから帰ってきた直後が一番良かったと思います。でも、もう戻ってしまった。なぜなら、今の日本には、先生のいう姿勢のまま、我慢して乗るのが難しい馬が多いからだと思うんですが…。競馬だけならそういうフォームで乗れるんですけど、結局、抑えている時間が長いのは、調教と返し馬ですからね。どうしても、ハミを抜かざるを得なくて。

小林 わかるよ。クリストフにしても、最近は乗り方が変わってきちゃったもんね(苦笑)。その根本的な原因は、ジョッキーの技術云々ではなく、牧場での乗り方にあると僕は思ってる。フランスでは、普通にキャンターを乗るのでも、絶対にハミを掛けて乗ってこいって言われるんだよ。

佑介 そうですよね。向こうにはまず、“ハミを抜く”という概念がない。

小林 そうそう。むしろハミを抜いたら怒られるからね。日本の牧場では、一人が毎朝5鞍、6鞍乗るんだけど、そのメニューには、3000m、4000mのハッキング(ゆっくりとしたスピードのキャンター)といった日もある。それを真面目に馬をいい形にして乗ろうと思ってもね、正直、疲れて乗れないんだよ。その結果、みんなハミを抜いて乗ってくるから、口が利かない馬になっていく。そういう馬に作ってしまうと、ハミが掛かると変なふうにハミを取って逃げて行ってしまう。止まらない馬もよくいるでしょ。その点、向こうは最初からハミを掛けて乗っているから、口がちゃんとできていて、引っ張れば止まるのよ。

佑介 フランスのハッキングは、1000mとか1500mですものね。

小林 だから、ハミを掛けたままちゃんと乗ってこられるんだよ。

佑介 こちらが我慢すれば止まりますよね。その違いは本当に大きいです。

小林 日本でも、ちゃんと口を作っている牧場はあるでしょう。日本の競走馬を変えていくとなると、牧場のやり方を少しずつ変えていったらいいんじゃないかな。

(文中敬称略、次回へつづく)
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JRAジョッキーの藤岡佑介がホスト役となり、騎手仲間や調教師、厩舎スタッフなど、ホースマンの本音に斬り込む対談企画。関係者からの人望も厚い藤岡佑介が、毎月ゲストの素顔や新たな一面をグイグイ引き出し、“ここでしか読めない”深い競馬トークを繰り広げます。

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1986年3月17日、滋賀県生まれ。父・健一はJRAの調教師、弟・康太もJRAジョッキーという競馬一家。2004年にデビュー。同期は川田将雅、吉田隼人、津村明秀ら。同年に35勝を挙げJRA賞最多勝利新人騎手を獲得。2005年、アズマサンダースで京都牝馬Sを勝利し重賞初制覇。2013年の長期フランス遠征で、海外初勝利をマーク。2018年には、ケイアイノーテックでNHKマイルCに勝利。GI初制覇を飾った。

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