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人と馬はなぜ一緒にいようとするのか

  • 2017年08月26日(土) 12時00分


 人は、なぜ馬と一緒にいようとするのか。

 馬は、なぜ人と一緒にいようとするのか。

 競馬を題材とした小説を書くにあたって、まずそれをじっくり考えてはどうか――。

 そう言ったのは、私淑する伊集院静さんだった。

 人と馬はなぜ一緒にいようとするのか。唸ったり、頭を抱えたり、目をとじたり、そのうち寝てしまったりしながらさんざん考えて、出た答えは、「人は馬が好きだから。馬も人が好きだから」だった。

 たぶん、これでいいのだと思う。互いに必要だったり、大切に思ったりするから一緒にいるわけで、なぜそうするのかというと、やはり「好きだから」ということに行き着く。

 相馬野馬追のために自宅の庭で馬を飼育している人にとって、馬は、犬や猫と同じ愛玩動物のような一面もあるが、それだけではない。犬や猫より広い場所と長い手入れの時間と高額な飼育代がかかる。にもかかわらず、同居に近い形で暮らしているのは、馬にしかできないことをしてもらうためだ。甲冑を着た人間を背に乗せて街中を歩いたり、競走馬時代のようにコースを走ったり、場合によっては空から落ちてくる御神旗めがけて馬群に突っ込んだり――といったことをスムーズにやってもらうようにするには、人と馬が互いに信頼関係を築く時間と空間が必要なので、一緒に暮らしているのだろう。

 ディープインパクトを社台スタリオンステーションに見に行くと、目を離している間にディープがそっと近くに来ていて、目が合うと立ち止まった。が、また目を離すとさらに近くまで来て、今度はカプリと軽く噛まれた――と楽しそうに話していた人がいた。圧倒的な強さで王座に君臨した最強馬が「ダルマさんが転んだ」をして遊んだわけだが、最強馬としての顔も、遊びが好きなお茶目な顔も、どちらもディープの素顔にほかならない。これが、名前と社会性を持つ一方で、馬としての野性と愛らしさも有するサラブレッドならではの面白さだ。

 馬にしかできないことがある。馬にしかない面白さがある。そういう馬を、私たち人間は好きになり、一緒にいたいと思う。それはわかった。

 では、馬はなぜ、私たち人間を好きになり、一緒にいたいと思うのか。

 馬に訊いてみないとわからないことではあるが、しかし、私たちが「なぜ」と考えつづけ、答えを探しつづけることが大切で、そうしながら接するからこそ、馬たちも心を許してくれるのではないか。そしてこちらを好きになってくれる。

 言葉の力を信じ、それに頼り、さまざまな使い方をすることによって食べている私が、言葉以外の手段でわかり合わなければならない馬という生き物について書くこともまた、「なぜ」と考えることの連続になる。

 そうして考え、脂汗をかきながら書いているうちに、ふと思った。というか、あることに気がついた。競馬の文章というのは、書き手にとっても読み手にとっても「なぜ」が根底にあるものなので、「競馬」と「ミステリー」は相性がいいのではないか、と。

 競馬ミステリーといえばディック・フランシス(1920-2010)である。

 フランシスは、障害騎手を引退してから作家になり、長編競馬ミステリーを発表しつづけた。勇敢な主人公が謎解きに挑むスピーディーな展開で、読者をグイグイ惹きつける。以前、当サイトの競馬本企画でも薦めたように、同じ登場人物が出てくる数冊以外は、順番を気にせず、どの作品から読んでも楽しめる。一時、文庫版を入手しづらくなっていたのだが、キンドル版で読めるようになって、状況がガラッと変わった。おそらく40タイトルほど入手可能と思われるコレクションを、読みたいときに読める私たちは、間違いなく幸せだ。

 実は私も競馬ミステリーを書きはじめた。仮題は「良血」。ミステリーに挑戦するのは初めてなのだが、馬や競馬について考えるとき肝になる「なぜ」の部分の物語化だと思えば、どうにかできそうな気がする。

 セレクトセールに行ったとき、生産・育成に長年携わっている人や獣医師に、私が考えているトリックが実行可能か話を聞いてきた。

 こうしてカミングアウトしてしまったからには、書きつづけるしかない。

 いつ、どんな形で発表できるか決まったら、またここに記したい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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