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求む、登竜門

  • 2017年11月02日(木) 12時00分


 先日、JRA本部で「優駿エッセイ賞」の選考委員会が行われた。116篇の応募作から選ばれた16篇の予選通過作が、私を含む選考委員に送られてきたのが9月の終わり。それから数週間を経て、各委員の意見をすり合わせ(ときにはぶつけ合わせ)、大賞1篇、次席2篇、佳作5篇を数時間かけて選び出した。

 選考委員は、芥川賞作家の古井由吉さん、大宅賞作家の吉永みち子さん、吉川賞新人賞作家の大崎善生さん、優駿編集部の山上昌志さん、そして私の5名。当然、好みには違いがある。それでも、大賞候補になった数篇はどれも、文章力、構成力、表現力など、絶対的な評価が可能な部分で水準を大きく超えており、最後は、そのなかでの相対評価となった。

 かつては吉永さんをはじめ、青木るえかさん、河村清明さん、小林常浩さんといった書き手が、「優駿エッセイ賞」受賞を機にプロとしての活躍の場をひろげていった。しかし、最近は、プロになってから受賞した人はいても、受賞してからプロになった人はいない。もちろん、著述業ではない競馬ファンが受賞するのもいいことだが、やはり、競馬ライターにとっての登竜門でもあってほしい。そうなると、大賞の賞金50万円は、次回作の取材費という意味を持つことになる。

 今、競馬ライターのオーディションになり得るのは、「優駿エッセイ賞」と「Gallopエッセー大賞」ぐらいだ。ならば、いっそのこと、当サイトで「netkeiba.comエッセイ賞」を立ち上げてはどうだろう。GallopはEメールでの応募も受け付けているが、掲載される媒体が雑誌かネットかで、評価される作品も変わってくるのではないか。ネットユーザーならではの新しい書き手が登場し、人気者になって、競馬メディアを活性化してくれると嬉しい。

 物書きの仕事は、つまるところ「何をどう書くか」ということだ。

 その「何を」の部分で、競馬場やトレセンを取材しやすい首都圏や近畿、馬産地にすぐ行ける北海道に住んでいることは確かに有利と言える。しかし、JRAの10場になかなか行けない場所に住んでいるのなら、久しぶりに訪ねて気づいた変化に対する驚きや、時間を経てあらためて得た感動を書けばいい。あるいは、かつて見た名馬や名勝負に関して、今なお五官にしみ込んでいる追憶でもいい。また、近くに地方競馬場があるのなら、そこへの愛情を自分の言葉で表せばいい。

 そして、「どう書くか」の「どう」が、いわゆる文章力ということになる。これはどこにいても磨くことができる。その代わり、磨かないと衰えていくものだということを、肝に銘じなければならない。

 例えば、先週の天皇賞・秋を見て、何か書いてほしいと言われたらどうするか。出遅れと道悪をはねのけたキタサンブラックの驚異的な強さにフォーカスするか。あるいは、あれだけの一流馬が2分8秒以上かけないと走り切れなかった芝2000メートルは「タフ」のひと言で済ませられないとして、スーパーレコードで決まった天皇賞・春でのダメージとの比較に紙幅を費やしてもいい。別の手として、確かツイッターにあったと思うのだが、下位の馬たちがゴールしてすぐに止まったのを見て涙が出たという、その気持ちを書いてもいい。そうした切り口を見つけられれば、競馬場のない地域に住んでいるというディスアドバンテージなど、簡単に吹き飛ばすことができる。

 私がこの仕事を始めたころから「活字離れ」が進んでいると言われていたのだが、それは「活字=本、雑誌、新聞」だった時代のことだ。しかし、当サイトをはじめとする競馬ポータルサイトや、ラインなどSNSの賑わいを見ていると、必ずしもみなが活字を敬遠しているわけではない。特に若い人たちは、さまざまな「新語」や「新表現」を生み出しながら、活字でのやりとりを盛んに行っている。雑誌に育てられたひとりとしては寂しいのだが、進んでいるのは「活字離れ」ではなく「紙媒体離れ」だ。

 これから、当サイトの編集者と打ち合わせをするので、エッセイ賞について提案してみようと思う。費用も人手もかかるので、簡単ではないかもしれないが、このサイトをもっと面白くしてくれる書き手が現れるのは、編集者も読者も大歓迎のはずだ。

 とにかく、求む、登竜門、である。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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