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キタサンブラック 登り詰めた最強の座(1)

  • 2017年12月20日(水) 21時30分
祐言実行

▲ netkeiba Books+ から「キタサンブラック 登り詰めた最強の座」の1章、2章をお届けいたします。(撮影:下野雄規)


 2017年12月24日の有馬記念はキタサンブラックの最終章。勝てば中央GI・7勝のタイ記録を樹立する。決して注目馬ではなかったキタサンブラックは、新馬戦3番人気、2戦目は9番人気と段階を踏み、デビューから12戦目でようやく「1番人気」に支持された。

 今では誰の目にも明らかな最強馬は、堂々のファン投票1位でラストランを迎える。「実力先行型」として勝利を重ね、ついには日本の競馬史上になかったタイプのスーパースターの誕生。その本物のヒーロー伝説の軌跡を辿る。


(文:島田 明宏)


第1章 「意外と強い」から始まった伝説


 年明けデビュー組によるこの新馬戦が「最強馬伝説」の幕開けとなることを、一体どのくらいの人が予測したであろう。

 2015年1月31日、土曜日。東京第5レース、芝1800mの3歳新馬戦。1番人気はディープインパクト産駒のミッキージョイで、後藤浩輝が手綱をとるキタサンブラックは3番人気だった。

 キタサンブラックは、道中、後方の外目に待機した。そして直線、外からミッキージョイに迫られると二の脚を使って突き放し、1馬身1/4差で勝利をおさめる。タイムは1分52秒3(稍重)と平凡だったが、のちに大舞台で見せる驚異的な強さの片鱗をうかがわせた。

 さかのぼること3年。2012年3月10日、キタサンブラックは、北海道日高町のヤナガワ牧場で生まれた。

 父ブラックタイド、母シュガーハート、母の父サクラバクシンオーという血統だ。

 ブラックタイドはディープインパクトの全兄で、2004年のスプリングステークスなどを勝っている。無敗の三冠馬となった弟に比べると地味な成績だったが、2009年に種牡馬になった。シュガーハートに配合された2011年は供用3年目だったので、まだ産駒はデビューしていなかった。それでも、最強馬とまったく同じ血を持ち、弟以上に立派な体の仔を出していたので、当時から馬産地での需要は高かった。

ブラックタイド

キタサンブラックの父ブラックタイド ディープインパクトの全兄(撮影:下野雄規)


 シュガーハートはヤナガワ牧場で生産され、不出走のまま繁殖牝馬になった。その母オトメゴコロは、もともとノーザンファームの繁殖牝馬だった。しかし、ヤナガワ牧場代表の梁川正普が大学卒業後ノーザンファームで2年ほど働いていた関係で、ヤナガワ牧場に導入されることになった。

 そんな両親を持つシュガーハートの2012、つまりキタサンブラックは、馬体のバランスのとれた仔馬だった。牧場では大きな怪我や病気をすることもなく、手のかからない馬だったという。

 1歳になった2013年の秋、「顔が二枚目で、ぼくとよく似ている」と、歌手の北島三郎が所有することになった。そして、栗東・清水久詞厩舎で管理されることが決まり、前述したようなデビューを迎える。

 母の父がサクラバクシンオーというだけで、短距離向きと思われがちな血統だ。それでも清水は、ストライドの大きな走りから、当初から長めの距離のほうがいいと思っていたという。

 2戦目は東京芝2000mの3歳500万下。単勝48.4倍の9番人気だったが、ダービーで2着となるサトノラーゼンを3馬身突き放して勝ち、低評価を覆した。

2戦目

2戦目は9番人気ながら3馬身差の圧勝(撮影:下野雄規)


 さほど注目されていたわけではないのに、意外と強い馬――当時のキタサンブラックをひと言で評すると、そんなところだった。

(2章につづく)

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