◆追い込みでも差し切りでもない、レースをしたのは後半1000mだけ 1番人気に支持されたサトノワルキューレ(父ディープインパクト)が素晴らしい内容で東京2000mのトライアルを制し、オークス候補のベールを脱いだ。
それにしても、戦前は単勝オッズ270円になるほどの有力馬とは思えなかったが、ファンの感性と嗅覚はすごい。実際にサトノワルキューレは、多くのファンが桜花賞のトップグループに対抗できる馬として期待した以上の新星だったろう。また、この日のM.デムーロは冴えわたっていた。東京3Rの未勝利戦1600mを、前半はゆっくり最後方追走から、一転、猛然と突き抜けて1分33秒8で勝ったラカージェ(父ノヴェリスト)など、あれは間違いなくオープン馬である。母はエリザベス女王杯馬。3代母ルイジアナピットは最優秀古馬牝馬。ノヴェリストはこういう産駒を送る種牡馬なのかと思った。
レースの流れは、前後半の1000m「61秒1-58秒4」=1分59秒5。バランスは、明らかに緩い流れの前半から、コンディション良好の芝に乗って後半「12秒0-11秒9-11秒5-11秒3-11秒7」。尻上がりにピッチが上がる形だった。
2016年の1分59秒7=「59秒7-60秒0」を上回るレースレコードであり、その2016年、3馬身差で楽勝の勝ち馬チェッキーノ(父キングカメハメハ)は、本番オークスは勝ったシンハライトにクビ差同タイムの2着(2分25秒0)だった。
乱暴な比較だが、過去にフローラSを1分59秒台で勝ったのはオークス2着のチェッキーノだけであり、サトノワルキューレは、バランスのとれた平均ペースから抜け出したチェッキーノより、こと2400mに対する才能は上と映った。
というのは、あまりダッシュの良くないサトノワルキューレは、スタート直後「やはり後方なのか」と確認して先団を見ていたら、たちまち最後方に下がっていた。レースの前半1000m通過は実況にもあったが「61秒1」。あとで再三確認すると、この地点で先頭の馬から14〜15馬身は離れていた。誇大にならないよう少なく見積もっても「2秒0」は離れている。
M.デムーロは、「追い込んで勝ったのではない」と考えたい。他馬と一線を画した別のレースをしたのである。わたしたちは、トップジョッキーが乗って最後方近くから突き抜けて勝った馬のレースを再三見ているが、あとで数字と照らし合わせると、決して「追い込んで勝った」とは表現したくないレースがいっぱいあるのを知っている。
サトノワルキューレが素晴らしい内容で東京2000mのトライアルを制し、オークス候補のベールを脱いだ(撮影:下野雄規)
サトノワルキューレが先頭から仮に2秒0離れた最後方だったとすると、勝ったミルコの前後半は「63秒1-56秒4」=1分59秒5となる。誤差は少々だろう。
前半1000mはゆっくりついて行っただけ。レース再生をみると、ちょうど1000m標識からミルコはやおらピッチを上げ、レースを開始している。助走で前半1000mを通過したあと、後半1000mをなんと「56秒4」で走破したのである。前後半1000mの差が「6秒7」も生じている。これは、ふつうの追い込み勝ちのレースとはいえない。
1000mのスパートというと、かつて紹介したことがあるが、初期に新潟の直線1000mを追い込む形で勝った武豊騎手が、アナウンサーに「よく届きましたね〜」と振られて、「だって、直線が1000mもあるじゃないですか!」と答えたという伝説の金言がある。
おお、その通りではないか、と膝を叩き、その意味するところを考えたくなる名言であり、その到達点は今回のM.デムーロの騎乗に通じるものがありそうに思える。
こういう乗り方は、横山典弘騎手や、武豊騎手や、最近の田辺裕信騎手に聞いても絶対に教えてくれないから、推測するしかないが、前半どれだけ助走に徹する勇気があるか、にあるように思える。デムーロの推定「63秒1-56秒4」は、追い込みでも、差し切りでもない。レースをしたのは明らかに後半1000mだけである。
ほかの馬と歩調を合わせることなく、この時点で東京2000mを楽々と乗り切れる能力があるか、を試したら、そういう能力が認められたのである。ただ、トライアルを勝てば、オークスに出走できるのではなく、オークスを勝ち負けできる能力があるかどうかを、東京コースで再確認したい感覚である。実際、近年のオークスは東京2000mを1分59秒台で乗り切るスピード能力がないと勝つのは難しい。ミルコの試走は魅力的である。
サトノワルキューレの母は、ブラジル産。牝系の育ったアメリカに戻って芝で勝ち、南アフリカの芝のGIを2勝している。輸入牝馬の多いファミリーではないが、一族には種牡馬フェアジャッジメント、コインドシルバー、トンピオンなどの名があり、タフなスタミナはありそうに思える。角居厩舎のフローラS勝ち馬は、ディアデラノビア(本番3着)、デニムアンドルビー(本番3着)につづいて3頭目。この馬も、本番の好走必至だろう。馬体重以上に大きく映り、フットワークは大きい。馬体はもう減らない方がいい。
2着に快走したベテラン柴田善臣騎手(51)のパイオニアバイオ(父ルーラーシップ)は、みんな少し考えたが、2009年の阪神JF2着、10年のオークス4着、秋華賞2着などのアニメイトバイオ(父ゼンノロブロイ)産駒。やっと未勝利を脱出したばかりで【1-4-1-2】。引いたのが8枠15番では手を出しにくいが、今回は体がもどってプラス12キロ。実にシャープだった。本番でも人気薄必至だが、天下のノーザンF生産馬である。母方には弥生賞を大差勝ちしたレインボーアンバーなど、重馬場もこなすタフな血を持つ種牡馬が連続している。本番が渋馬場なら侮れない。
2番人気のサラキア(父ディープインパクト)は、小型馬だけに内枠が不利だった。スムーズに前が空かなかった。先行してパイオニアバイオに競り負けたノームコア(父ハービンジャー)は、新馬快勝が示すスピードもスタミナも十分だが、前回も追って伸びを欠いたようにまだ若く成長の途上だったろう。ムリせずに秋の本格化を待ちたい。
伏兵ウスベニノキミ(父エイシンフラッシュ)は、サラキアと同じで内枠不利。最初のポジション争いで挟まれて立ち上がっていた。
この緩いペースにもかかわらず1分59秒台で乗り切った馬が7頭もいた。3着まで従来のレースレコード更新だから、レースレベルは低くない。オークス出走がかなわなかったグループはもうムリする必要はない。秋に向けて立て直し、ひと回りもふた回りもパワーアップしたい。