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スペシャルウィークが残してくれたもの

  • 2018年05月03日(木) 12時00分


 既報のように、1998年の日本ダービーなどGIを4勝し、種牡馬としても活躍した名馬スペシャルウィークが4月27日に死亡した。23歳だった。

 2016年限りで種牡馬を引退し、故郷の日高大洋牧場で余生を過ごしていた。放牧中に転倒し、腰を強く打ったというから、骨盤を骨折してしまったのか。もう少し長生きしてほしかったが、不慮の事故なのだから、これが天寿だったのだろう。安らかに眠ってほしい。

 大きな仕事をいくつもした、馬名のとおりスペシャルな馬だった。

 武豊騎手に初めてのダービーの栄冠をプレゼントし、種牡馬としてシーザリオ、ブエナビスタ、トーホウジャッカルなどのGI馬を送り出し、父系としても母系としても、その血を残している。

 父はサンデーサイレンス。本馬は4年目の産駒にあたる。母系はウオッカ、メイショウサムソンなどと同じ「小岩井の牝系」。4代母がシラオキ、9代母が1907年にイギリスから輸入されたフロリースカツプである。

 母キャンペンガールは本馬を出産してほどなく死亡した。そのため、ばんえい競馬用の乳母に育てられた。武騎手に「些細なことに動じない、飄々とした性格」と評される馬になったのは、そうした生い立ちが影響していたのかもしれない。

 管理者となった白井寿昭調教師(当時、以下同)は、生まれてまもないスペシャルウィークを見に行っている。そんな同師が演出した、同馬と武騎手との出会いはドラマチックだった。

 ときは今から20年半ほど遡る。1997年11月29日に行われる新馬戦に向けての追い切りでのことだった。

「サンデーの男馬がおるんやけど、乗ってくれるか」

 このとき52歳だった白井調教師が、28歳だった武騎手に声をかけた。流星がすっと伸びた黒鹿毛の2歳馬が、武騎手の前に曳かれてきた。

 ――ハンサムな馬だなあ。
 それが第一印象だった。

 その背に跨り走り出すと、乗り味の素晴らしさに驚かされた。心肺機能も並外れて優れていた。ゲートから1マイルで104秒ほどの好タイムを叩き出したのに、すぐ息が戻り、ケロッとしている。

 武騎手は、いまだ手にしたことのない「競馬の祭典」の栄冠が近づいてきたのを感じた。さっきまで存在すら知らなかった馬の背で、現実感をもってダービーを意識させられたのだ。

 アクシデントさえなければ新馬戦を勝てる――そう確信した彼は、以降すべてのレースで、スペシャルウィークにダービー仕様の走りを教え込んでいくことを決めた。それがマイルや2000mのレースであっても、東京芝2400mのダービーを勝った馬たちが刻んだラップに近いペースで走らせ、最後の直線で瞬発力を爆発させる走りだ。

 彼が望んだとおりの走りで、スペシャルウィークは新馬戦を勝った。翌週、筆者がスポーツ誌の取材でインタビューしたとき、彼はこう言った。

「先週新馬勝ちしたスペシャルウィーク、初めて跨ったときから大物だなと思っていたら、そのとおりの強い勝ち方をしてくれました。先頭に立つと耳を立ててキョロキョロしたりと、まだ子供ですが、薄くて、脚の長い、いい馬ですよ」

 こちらから質問したわけでもないのに、彼のほうから特定の期待馬について話し出したのは、これが初めてのことだった。7年後の新馬戦のあとにも、同じことがあった。そのとき彼が名を挙げた2歳馬は、ディープインパクトだった。

 スペシャルウィークは、ダービーを勝つための走りを習得しながら賞金面でクラシック出走権を獲得するという難しい課題を難なくクリアした。

「ぼくはダービーを勝ったことはないけど、こういう馬がダービーを勝つのかな、と思わせてくれるものがある」

 武騎手にそう言わしめる雰囲気や運を持った馬だった。

 荒れた馬場に持ち味を殺された皐月賞こそ3着に敗れたが、第65回日本ダービーを見事5馬身差で制し、武騎手と白井師に初めてのタイトルをプレゼントした。

 史上最多のダービー5勝目を挙げた今となっては考えられないことだが、あらゆる記録を更新していた武騎手も、その前年までは、

 ――武豊はダービーだけは勝てない。

 と言われつづけていた。そうした雑音をスペシャルウィークが吹き飛ばした。

 クラシックではセイウンスカイ、キングヘイローといったライバルがいた。同世代の外国産馬エルコンドルパサー、グラスワンダーとも叩き合い、武騎手は「世界のなかでも強い3頭」と表現した。

 武騎手にとって「子どものころからの夢」だったダービーを勝たせてくれたのも、「騎手になってからの夢」だったジャパンカップの美酒を味わわせてくれたのも、スペシャルウィークだった。

 種牡馬となってから優れた産駒を送り出したのは前述のとおりだが、娘のシーザリオの仔エピファネイアとリオンディーズは種牡馬となり、スペシャルウィークの血をつないでいる。

 また、父系の後継種牡馬には、フォトジェニックぶりでも知られたリーチザクラウンがいる。2017年のシンザン記念を勝ったキョウヘイなどを出しており、なかなかの人気だ。

 突出した瞬発力で数々の栄光を手にした名馬、スペシャルウィーク。その伸びやかな走りと、端正なルックスを、次はどんなときに、どんな馬が思い出させてくれるのだろう。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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