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ヴィクトリアMの勝ち馬“エイジアンウインズ” 宝塚歌劇団と競馬の共通点

  • 2018年05月08日(火) 18時02分
馬ニアックな世界

▲2008年のヴィクトリアM、ウオッカ(左)を凌いで勝利したエイジアンウインズ(中) (撮影:下野雄規)


 10年前のヴィクトリアマイル。

 快晴の下、日本ダービーを制覇した女傑・ウオッカの追撃を凌ぎ、1着でゴールしたのはエイジアンウインズでした。

 準オープンから3連勝でGI制覇を遂げた彼女の名前は、宝塚歌劇団の公演「ASIAN WINDS! -アジアの風-」から付けられたもの。太田美實オーナーの奥様で元タカラジェンヌの珠々子さんがこの舞台を観てタイトルに惚れ、作・演出を手掛けた岡田敬二さんに「馬の名前に付けたい」と話されたのでした。

 今回の「ちょっと馬ニアックな世界」は、GI馬・エイジアンウインズの名付けにも関わった演出家の岡田敬二さんと競馬にまつわるお話。

 日本レビュー界の第一人者で、宝塚歌劇団で数々のロマンチック・レビューを手掛けられる一方、グリーンチャンネル「競馬場の達人」にも出演されるほど競馬にも愛情を注いでいます。厳しい鍛錬を重ね、一握りの人だけがトップスターになれる宝塚歌劇団と競馬に感じる共通点とは。

宝塚歌劇団の作品名が馬名に


 平日の昼下がり。

 岡田さんは園田競馬場で競馬新聞を見つめていました。

「次のレース、大山騎手が堅いと思うんだよね。3着に笹田騎手が来てくれればなぁ」

 見事、レースはその通りに決まりました。

 ところが、3連単820円での人気決着に「安いねぇ…」と幾枚もの馬券を取り出し、ちょっぴり肩を落としました。グリーンチャンネル「競馬場の達人」に出演された時は、ほぼ全レースを的中させる凄さを発揮しながら、トータル収支はほぼプラスマイナス0。いろんな馬券を買われるのが岡田さんのスタイルのようです。

 競馬歴は約50年。

 東京で生まれ育ち、早稲田大学を卒業した岡田さんが競馬に出会ったのは宝塚市でした。

馬ニアックな世界

▲演出家の岡田敬二さん、日本レビュー界の第一人者で競馬への造詣も深い


「大学を卒業して宝塚歌劇団で演出助手をしていた頃、仁川に下宿をしていたんです。ある日、駅前を歩いていたら、舞台セットを作る棟梁さんとか偉い人たちにバッタリ会ってね。『ついて来い』と言われて、当時は下っ端だからそのまま先輩たちについて阪神競馬場に行ったのが最初です」

 それまでギャンブルは全くしたことがなかったため、さほど乗り気がしないまま阪神競馬場に向かいました。

「でもね、ビギナーズラックというやつで、ちょこっと当たったんですよね。それからハマっちゃって。当時は武邦彦さんや高橋義忠調教師のお父さんの成忠さんが騎手で、リーディング争いをしていました。まだ厩舎が阪神競馬場の脇にあった頃です」

 競馬への熱は馬券だけにとどまらず、JRAでは一口馬主に、園田・姫路競馬では個人で競走馬を所有するようになりました。

「園田・姫路競馬ではキスミーケイトやファーストラブといった私が演出した作品名を愛馬につけたこともありました。JRAでも友人たちが私の作品名を馬名に使ってくれましてね。エイジアンウインズもそうですし、アンドロジェニーは大地真央をイメージした作品名をそのまま馬名にしていただきました。また、バンブー牧場の竹田さんの娘さんが宝塚歌劇団にいらして、彼女の初舞台『ラ・パッション』からとってバンブーパッションという馬もいました」

 多くの馬が作品名に由来した名前を付けられるほど、有名作を数多く世に輩出してこられました。

「競馬場にいても歌詞を書いたりしているんです。小説家が枕元にノートを置いて、着想があれば書き留めるように、僕らも作品が近くなるとそんなことばかりしています。僕は脚本を書いて、音楽家には『こういうリズムで哀愁のある曲にしてほしい』とか、衣装には色彩を全て決めて『1920年代のモダニズムでやろう』、セットの人には自分が描いた絵を渡して『こういう感じでやりたい』と最初に全て指定するんです。そこからそれぞれが才能でもって作ってくれますし、もっといいものがあれば提案をしてくれます。1本の作品をつくるのに1年かけます」

 競馬新聞の傍には1冊のノートが置かれていました。緑色の表紙に「TOMMY」、もう片側には「KEIJI」と金字が刻印されたそれは、トニー賞を10回受賞された俳優・演出家・振付師のトミー・チューン氏から贈られたものだそうです。きっとそのページには作品の構想がぎっしり詰まっているのでしょう。

「この馬が大地真央に…」愛馬に込める期待


 これまで所有した馬で一番印象に残っているのはタイガーファング。園田・姫路競馬で8連勝を遂げたのち、岡田さんの手を離れJRAに移籍し2勝を挙げました。

 現在所有する馬はスダチチャン(牝4、園田・保利良平厩舎)。5月2日、休養明け2戦目で4着と復調の兆しを見せた愛馬のレースを岡田さんは現地で見守っていました。

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▲現在岡田敬二さんが所有しているスダチチャン


「自分の馬が走るときは、競馬場に来ています。どんな馬にも愛情をかけたいと思うんです。特に新馬から所有していると、宝塚歌劇団の初舞台生を育てるのと同じ感覚ですよ。『この馬が大地真央に…!とか、天海祐希みたいになるかな!?』って思うんです。でも、なかなか馬はそうならなかったり(笑)。昔は宝塚音楽学校の試験の審査員を務めていました。全国から受験生が集まる中で『この子だ!』と思った生徒が順調に育って、役を得て、舞台で輝いていくと本当に嬉しいですよね。調教師もそんな気持ちなんでしょう。競馬と一緒だと思うんです」

 宝塚歌劇団も競馬も、トップに立つには鍛錬を重ね試練を乗り越えていきますが、その華やかさは私たちをワクワクさせてくれます。

 エンターテイメントを作る演出家の眼に競馬はどう映っているのでしょうか。

「人生は一度しかないけど、競馬はレース毎にやり直すことができる。それがいいんですよ」

 そう話すと、次のレースのマークシートを塗り始めました。

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▲「人生は一度しかないけど、競馬はレース毎にやり直すことができる。それがいいんですよ」

競馬リポーター。競馬番組のほか、UMAJOセミナー講師やイベントMCも務める。『優駿』『週刊競馬ブック』『Club JRA-Net CAFEブログ』などを執筆。小学5年生からJRAと地方競馬の二刀流。神戸市出身、ホームグラウンドは阪神・園田・栗東。特技は寝ることと馬名しりとり。

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