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底を見せずにターフを去ったクリプトグラム、東京競馬場で送るセカンドライフ

  • 2018年05月22日(火) 17時00分


 今週日曜日、いよいよ日本ダービーがやってきます。競馬の祭典、1年で1番の盛り上がりをみせる特別な1日。そんなダービーデー、興奮冷めやらぬ最終レースには伝統のハンデキャップ競走、G2目黒記念も開催されます。

 さて、2年前の5月29日。マカヒキがダービー馬となったこの日、目黒記念を制した彼を覚えていますか?

馬ラエティBOX

'16目黒記念 (撮影:下野雄規)


 クリプトグラムです。

 2016年、初の重賞出走となる目黒記念を制して重賞ウィナーに。しかし、2度目の骨折が判明し休養へ。その後いくつかの不運を乗り越え、翌年の目黒記念で復帰を果たし、1年ぶりという久々の実戦にもかかわらず見せ場たっぷりの4着。これからの活躍に心躍らせたファンも多かったはず。しかしこの後、浅屈腱炎を発症し、この目黒記念を最後に引退することになります。

 キャリア10戦5勝。

「脚元が丈夫なら、まだまだやれた。もったいない…」管理していた藤原英昭調教師の無念。

「ぜひ、東京競馬場でもらってほしい馬がいる」

 師からそう紹介され、東京競馬場にやってきたクリプトグラム。重賞ウィナーに輝き、そして現役最後に駆け抜けたこの地で、第二の馬生を送ることになるのでした。

誘導馬の仕事とは?


 パドックからゴール板まで、出走馬たちを安全に誘導するのが誘導馬たちの仕事。なかでもG1を先頭で誘導することはとても難しく、そこまでたどり着くには長い道のりが待っています。何度も何度も訓練を重ね、経験を積み、何事にも動じない強い“マインド”を得た誘導馬だけが先頭誘導を任されるのです。

 そもそも、走るために産まれてきたサラブレッド。

 他馬が走っていたら走りたくなる、追い抜かれたら抜き返したくなる…そんな競走本能を持ち、コースに出たら『ここでは誰よりも速く走るんだ!』そう教え込まれているサラブレッドにとって、『走ってはダメ。ゆっくり歩きなさい、ここでじっと止まっていなさい』なんて、きっととっても難しいこと。

 誘導馬としてはまだまだ新米のクリプトグラムも、先輩誘導馬たちに追いつくため、来る日も来る日も訓練に励んでいます。

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コースに向かうクリプトグラム。のっているのは担当の上妻和道さん(JRA東京競馬場 馬イベント担当)


 この日は、朝一番に馴致へ。静まり返ったコースをゆっくりゆっくり歩きます。

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左から、サクセスブロッケン、マイネルラクリマ、クリプトグラム。


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みんなでビシッと整列して…あ、マイネルラクリマは草の誘惑に…?


 時折走りたそうに跳ね、上妻さんになだめられる一面もありましたが、クリプトグラムも先輩たちに混ざってしっかり歩いていました。

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芝コースの次はダートコース。どんなに砂埃があがってもプロは優雅に歩きます。


 コースから帰ってくると乗馬センターの馬場で基礎訓練。駈歩、速歩の練習をしたり障害を飛んだりしながら、人馬の親和を図ります。

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障害飛越も訓練中です!


 もちろんクリプトグラムだけでなく、他の誘導馬やポニー、ショーに出る大型馬がそれぞれ訓練に励んでいました。そんな光景を馬場の角から見ていると…

「珍しいところに人が立っているから気になっているみたい」

 近寄ってきてくれたのは、芦毛軍団のプリンスこと シュガーヒル。

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「こんにちは、こう見えてアパパネの弟なんです…!」


「いい練習になるね」そう言ってまた馬場の中央に戻っていく人馬の背中を眺めながら、どんな状況にも動じないことが誘導馬にとっていかに大切か、改めて感じました。

 今年3月ここに仲間入りしたばかりの、タールタンの姿も!

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「よろしくお願いします。乗馬センターに会いにきてくれてもいいですよ」


 このようになでられてもとっても大人しいのですが、担当の方いわく「ここではすごく大人しいけど、コースに出ると暴れちゃって、馴致どころじゃなくなっちゃうんだよ(苦笑)」とのこと。誘導馬デビューはもうちょっとかかりそうですが、たのしみですね!

各馬に合ったセカンドライフを


「サラブレッドはファンが多いから、誘導馬として早くデビューさせてあげたい。もちろんそれが1番。でも、それぞれの資質を見極めて、1頭1頭に合ったセカンドライフを送らせてあげたい…」

 そう真剣な眼差しで話すのは、クリプトグラム担当である上妻和道さん。誘導馬として。馬術用馬として。決して無理はさせず、それぞれの良さを潰さないようにと考えながら、日々馬たちと向き合っています。

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こんな風に顔を洗ってもらうのが好きなんだそう。終始気持ちよさそうでした。


「(クリプトグラムは)資質有り余る馬。物覚えも早くてお利口さん。誘導馬としても、馬術用馬としてもすごくいいものを持っているし、誰が触っても大人しくて噛んだりしないからふれあいもできるし、いろんな可能性を秘めている。あんなに大きなケガを乗り越えながらも日々成長しているし、ほんと、“末恐ろしい”ですよ、本当に…」

 スピードを追求し品種改良されてきた競走馬と馬術用馬ではもともとの資質が違います。

 数々の競技大会に出場し、たくさんの優秀な馬術用馬の背中を知る上妻さんも『こんな背中を持つ馬が、サラブレッドにもいるなんて!』と驚くくらい、クリプトグラムの背中の動きは素晴らしく、伝わってくるものがやはり一味違うそう。「小柄なのに、動きを大きくダイナミックに魅せるのもすごいところです」とたくさん魅力を語っていただきました。

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「ぼくの背中と動き、やっぱりひと味違うって?!」


 競走馬としての能力もさることながら、その強いマインドと、誘導馬、馬術用馬としての才能も持ち合わせる彼の今後の目標は、もちろん誘導馬として先頭誘導をすること。そして馬場馬術では上のクラスに、障害馬術にもチャレンジして…とたくさんあって、少し大変そうですが(笑)、引退した今もなお、彼が未完の大器だということ、そして上妻さんのクリプトグラムに対する熱い思いが伝わってきました。

「引退馬に対して、“余生”という言葉をよく聞くけど、ここ、乗馬センターにきたら余生というよりも全く別の新しい馬生、セカンドライフと考えています」

 常に真摯に向き合う頼もしい上妻さんと、乗馬センターのたくさんの仲間たちと共に新たな馬生を歩みだしているクリプトグラム。

 その“マインド”にさらに磨きをかけ、いつかG1を先頭で誘導する日を夢見て。

 レースの主役たちはもちろんですが、しっかりと任務をこなす誘導馬たちにも注目。馬が驚かない程度に、あたたかい声援を送ってあげてください。

(※これはまだ未定でお約束はできませんが、もしかしたら今年の目黒記念でクリプトグラムも後方誘導に出るかも?とのことです。もし実現すれば、たのしみですね。)

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「どうかな?これからも、あたたかく見守ってね」



*東京競馬場乗馬センターでは、競馬開催日にホースショーや体験乗馬など、馬とふれあえるイベントが行われています。
詳しくはJRAホームページでご確認ください。
http://www.jra.go.jp/facilities/race/tokyo/news/fureai.html

*東京競馬場の誘導馬はこちらからご覧いただけます。(更新状況により、最新のものではない可能性もございますのでご了承ください。)
http://www.jra.go.jp/facilities/race/tokyo/yuudouba/

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