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重なる無念の敗戦がもたらした積極策/日本ダービー

  • 2018年05月28日(月) 18時00分


◆このあとが楽しみな馬がいつにも増して多かった

 大接戦(14着まで1秒0差)の日本ダービーを制したのは、これが19回目の騎乗になる福永祐一騎手のワグネリアン(父ディープインパクト)だった。何回も王手をかけながら勝つことができなかったベテランジョッキーが、ついに悲願達成。歓喜の笑顔より前に涙もある。これが日本ダービーの歴史がもつ最大の特徴のひとつだろう。

重賞レース回顧

皐月賞とは目つきが違っていたワグネリアン(撮影:下野雄規)


 祐一騎手の父になる天才福永洋一は、落馬事故で引退を余儀なくされた30歳になるまで、当時は28頭立ての乱戦が多かったから、7戦未勝利だった。仲の良かった同期のライバル柴田政人(現調教師)がウイニングチケットで勝ったのは、1993年、19回目の騎乗になった44歳のときだった。

 たしか昨年の日本ダービー直後に、「netkeiba」では何人かで福永祐一騎手との座談会企画があり、カデナに騎乗していた祐一騎手は「ルメールのレイデオロが動いたとき、あそこで一緒に動く手もあったかもしれない。でも、それではカデナをもたせる自信がなかった」という意味の難しさを伝えてくれた気がする。

 ワグネリアンは、1番人気の皐月賞は馬場にも恵まれず7着だった。雪辱を期した日本ダービーの枠順は17番。また今年も運は味方しないようだった。だが、このことが逆に積極策に結びついている。1コーナーではすでに好位の外にいて、予測された通りのスローの流れ「前後半1200mは(1分13秒1-1分10秒5=2分23秒6)」に乗った。

 弥生賞や皐月賞と同じ戦法では、おそらく勝機は乏しかったろう。しかし、日本ダービーでこれまでと一転の先行策は、豊富な経験がもたらした作戦ともいえない。ワグネリアンの可能性や能力を信じても、切れ味をなし崩しの凡走の危険が生じる。日本ダービーで思い切ったレース運びができるのは、重なる無念の敗戦がもたらしたダービー制覇への熱望の蓄積である。幸運にも外枠で人気は急落している。挑戦者にもどった。

 ワグネリアンが、すでにマカヒキで日本ダービーを勝っている友道康夫調教師の管理馬だったことは大きい。頼りなく思えた1番人気の皐月賞とは、中間の猛調教で目つきが変わっていた。マカヒキというなら、日本ダービーの金子真人オーナーは、もう違う星に生まれた人かもしれない。キングカメハメハ、ディープインパクト、マカヒキ(父ディープインパクト)、ワグネリアン(父ディープインパクト、母の父キングカメハメハ。母ミスアンコール、祖母ブロードアピールも所有馬)。史上最多4勝目のオーナーである。

 今年の日本ダービーは、さまざまな点で改めて今後の教訓になるレースだった。

 何十年も前からの定説通り、あんなに考えた「皐月賞の1番人気馬」を、日本ダービーで評価を下げてはだいたい反発される(ことが多い)。また、たしかに変則的な調教は軽く、前回がピークだったようにも映った皐月賞馬エポカドーロ(父オルフェーヴル)は、エース級がそろった皐月賞を2馬身差で快勝した馬である。行く馬がいないと読んで、当然のように主導権をにぎった戸崎圭太騎手の好判断も重なったが、世代の最強馬であることが珍しくない皐月賞馬の評価は、仮に下げるとしてもほどほどに…である。皐月賞の1番人気馬と、皐月賞馬の組み合わせだと、ふつうは波乱ではない。

 記録室、データ室は、ふつうの重賞ではそんなに意味を持たないこともあるが、何十年も同じ条件で、トップの馬だけがそろうビッグレースでは、(近年の変化を取り込みつつも)歴史が伝え、その意味するところを考えなければならない。もちろん反省を込めてだが、レース検討で今年は大切な視点ではないかと、触れた記録があった。

 育成、調教技術の格段の進歩により、やがてしだいに消えていく傾向だろうが、1946年から現在とほぼ同じ競走体系となった日本ダービーで、キャリア3戦以内の馬が勝ち馬となったのは、過去71回の歴史のなかで、1996年のフサイチコンコルド(2戦2勝)たった1頭だけ。わたしは消去法を取らないが、3戦だけのキタノコマンドール(父ディープインパクト)、同じく3戦だけのブラストワンピース(父ハービンジャー)は、だれもが認める大変な素質を秘めていても、歴史は危険を伝えていた。理由は明白。強い相手と、厳しいレースをした経験が乏しいからである。

 逆に前回負けたワグネリアンも、勝ったエポカドーロもたしかに皐月賞の評価は難しいが、強敵相手の戦歴で上回っていた。ブラストワンピースのあえて3戦にとどめたステップは、やがては主流になる可能性を秘める試みだったが、今回は敗因となってしまった。

 同じく、4戦だけのキャリアで日本ダービーを勝ったのは、「2000年アグネスフライト、2005年ディープインパクト、2016年マカヒキ、2017年レイデオロ」のわずか4頭のみ。

 ただし、これは最近10数年の勝ち馬に集中するので、今年は重要ではないと考えたが、評価の上がった「ダノンプレミアム、ステイフーリッシュ、グレイル」はキャリア4戦が痛かった。そのことだけが死角ではないが、これにもうひとつ死角が重なるとき、やっぱり危険な人気馬から脱することができなかったのである。

 ダノンプレミアムは1番枠から、予想された通り理想の展開になった。だが、あまりにことがうまく運びすぎて、川田将雅騎手は「強気に自分からスパートする」タイミングを逸したように見えた。挑んでいなかった。バテてはいないから、スタミナ不足とはいえない。ローテーションの狂いが大きかったのが最大の敗因だろうが、こともなく5戦目に完勝した父ディープインパクト級とはタイプからして違うということでもある。

 ステイフーリッシュ(父ステイゴールド)は、高速馬場なので行きたかったが、変にカリカリしすぎてスタートに集中できなかった。グレイル(父ハーツクライ)はやっぱり今回もスタートからレースの流れに乗ることができなかった。

 ただ、3〜4戦のキャリアで注目を集めたグループは、未完の部分が多すぎただけで、豊かな素質があるのは間違いない。今回はキャリア不足が大きな敗因になったグループは、秋に向け、これから何回も馬券に関係してくれる大きな可能性に満ちている。今回の日本ダービーは、このあとが楽しみな馬がいつにも増して多かった。

 ディープインパクトは別格として、2〜4戦のキャリアで日本ダービー制覇の大仕事を成し遂げた馬は、理由はさまざまだが、そのあとけっして期待ほど活躍しているわけではない。これも日本ダービーのもつ怖い特徴である。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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