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【地方ノンフィクション】(1)廃止から13年 「新競馬場建設」の明るい話題から一転、騎手もアルバイト生活へ

  • 2018年06月04日(月) 18時01分
ノンフィクションファイル

▲栃木県足利市にあった足利競馬場のスタンド、2003年に閉場となった (提供:株式会社耳目社)


現在、地方競馬はダービーシリーズの真っ只中。5/27の九州ダービーを皮切りに、今週6/6には東京ダービーが行われる。馬券のネット販売の力もあって、経営状況が軒並み上向きとなった地方競馬。しかし、その明るい日差しの陰に、つらい歴史をたどったいくつもの競馬場の存在がある。

2005年に廃止となった栃木県競馬。現在、南関東・金沢・笠松でレース実況を担当する大川充夫アナウンサーは、その地で始めての場内実況の職に携わり、以来、2005年3月の宇都宮競馬廃止まで、そのすべてを見届けてきた。

「廃止から13年が経過し、栃木県に競馬があったことや、地方競馬のトップで活躍する騎手や調教師が栃木県競馬出身である事実を知らない方も増えてきた」。廃止10年をきっかけに、大川アナが元関係者たちから聞き集めてきた真実。当事者しか知らない「競馬場の廃止」、その真の意味とは――

(取材・文=大川充夫)


※本企画は6/4〜6/6の3日間連続でお届けします。


「早く廃止になってほしいっていうひとと、続いてほしいっていうひとと、半々くらいだったんじゃないか」


「もうすぐ宇都宮競馬場は移転するよ」

 1997年、栃木県で競馬実況アナウンサーとなる際、わたしが聞かされた言葉である。

 宇都宮競馬場から車で15分ほど、壬生町というところに新競馬場用地はすでに準備されていた。建設資金もしっかり貯めてある。

 当時は「新競馬場」と聞けばOROパークを思い出すのが当然という時代で、ああいう競馬場で自分も仕事をすることになるのかと想像すると、心底ワクワクした。

 そうすると現地を見たくなるのが人情で、ある日、わたしは壬生町まで車を走らせた。

 道路から見たその土地は極めて広大で、ちゃんと管理もされているのだろう、雑草伸び放題ということもなく、平らな土地がどこまでも続いていた。鉄条網で囲まれているにもかかわらず、誰かが芋煮でもやったのか、巨大な金属製の鍋のようなモノがポツンと置かれていたのが不思議だった。

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▲足利競馬場のコース (提供:原山実子様)


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▲足利競馬場のゴール前 (提供:原山実子様)


 97年に足利・宇都宮の両競馬場でレース実況をはじめたわたしは、2003年の足利廃止、2005年の宇都宮廃止を見届けた。

 幸いなことに、廃止の後も場所をかえてこの仕事を続けられた。気づけば20年がたった。

 90年代後半、わたしが栃木の競馬を見始めたころは、宇都宮・足利ともに全盛期の面影を残していたと思う。

 ハシノタイユウをご存知だろうか?

 ライデンリーダーが桜花賞で人気を集めた95年、足利所属でJRA弥生賞3着、皐月賞でもジェニュインから1秒差の9着した馬だ。

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