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伝統の祭で主役となっている元競走馬たち

  • 2018年08月09日(木) 12時00分


 7月29日、日曜日。平成最後の相馬野馬追の本祭が行われた。

 この日は、午前9時半に甲冑行列が始まり、雲雀ヶ原祭場地で正午から甲冑競馬、午後1時から神旗争奪戦が行われる。それに備える騎馬武者たちの朝は早い。みな、6時前に厩舎に集まって準備をし、7時過ぎに甲冑行列のスタート地点へと出陣する。

左から蒔田保夫さんとアイティテイオー、今村忠一さんとシベリアンハリアー、今村一史さんとプレシャスベイブ。


 私が行動をともにした小高郷の蒔田保夫さん、今村忠一さん、今村一史さんは、雲雀ヶ原祭場地の近くに借りた厩舎から午前7時半に出陣した。

 私は、蒔田さんの馬の世話をする武田昌英さんと一緒にクルマで行列のスタート地点近くの待機場所へ先回りする。それが毎年のパターンになっている。

 市の施設の駐車場や、小川橋へとつながる道そのものが人馬の待機場所となる。

 みな、早めに集合するので、元競走馬の取材には都合がいい。

 大山ヒルズでキッチンマネージャーをしていた佐藤弘典さんら、いつも野馬追で顔を合わせる人と挨拶していると、また懐かしい人を見つけた。先祖の武勲により与えられたという名字を持つ、一刀孝光(いっとう・たかみつ)さんだ。

一刀孝光さんとグレイトスピリット。


 一刀さんがなかなか雰囲気のある馬を曳いていたので訊いてみると、大井の月岡健二厩舎に所属して5勝し、16年に引退したグレイトスピリット(牡10歳、父アッミラーレ)だという。今回は、行列だけの参加となった。

「あれも元競走馬ですよ」と一刀さんに教えられたのは、中ノ郷の吉田達也武者が騎乗するオリオンザポラリス(牡11歳、父マイネルラヴ)だった。美浦の小西一男厩舎で5勝してオープン入りし、14年春の障害レースを最後に引退した。

甲冑行列のスタート地点に向かうオリオンザポラリス。


 午前9時半、宇多郷、北郷、中ノ郷、小高郷、標葉郷の五郷の騎馬武者約440騎が、南相馬市の新田川に架かる小川橋から雲雀ヶ原祭場地まで、2.5キロほどの進軍を開始した。

 正午に始まった花形の甲冑競馬第1レースで、オリオンザポラリスは惜しくも2着だった。

 第4レースを制したのは、昨年の甲冑競馬と、前日の宵乗り競馬につづく連勝となった、小高郷の只野晃章(てるあき)武者が乗るドラゴンフラッシュ(牡9歳)だった。昨年の本稿でも紹介した只野武者は高校1年生だ。

甲冑競馬を連覇したドラゴンフラッシュと只野晃章武者。


 午後4時から、南相馬市小高区の街中で帰り馬の行列が行われた。前日の宵乗り行列同様、昨年から復活した行事だ。今年は、子供を一緒に馬に乗せている騎馬武者を何騎も見かけた。

 今年で38回目の出陣、帰還となり、昨年から小高郷の侍大将をつとめている今村忠一さんはこう話す。

「この地域では、今も家族でバラバラに生活している人がたくさんいます。そんななか、こうして野馬追を開催できるのは家族の協力があってこそです。そこで、今回の帰り馬で初めて、小さい子供も乗せていいということにしたんです」

 相馬野馬追は相双地区の復興の象徴であると同時に、まだ復興が道半ばであることを示すものでもあるのだ。

 野馬追3日目の7月30日、相馬小高神社で野馬懸が行われた。参道を駆け上がる裸馬を騎馬武者たちが追い込み、御小人(おこびと)と呼ばれる男たちがつかまえ、神前に奉納する。千年以上つづいているのはこの形で、野馬懸があるから、相馬野馬追は国指定の無形文化財になったと言われている。

 今年の野馬懸で裸馬を追い込む役割をした馬のなかに、2012年の阪神スプリングジャンプなどを勝ったバアゼルリバー(牡12歳、父フジキセキ)がいた。

2012年の中山グランドジャンプ、中山大障害でともに2着だったバアゼルリバー。


 参道を駆け上がっている写真を載せたかったのだが、追われる裸馬がのんびり走ったためバアゼルリバーが追い越してしまい、上手く撮ることができなかった。

 私が初めて野馬追を見たのは、東日本大震災が発生した2011年のことだった。この素晴らしい祭に出ている馬のほとんどが元競走馬であることを伝え、そして、縮小開催された11年の野馬追で知り合った蒔田さんの長男で、津波で亡くなった蒔田匠馬(しょうま)君という20歳の騎馬武者について書きたいと思うようになり、今年が8度目の野馬追取材となった。

 相馬野馬追には、競馬を見てきた人間ならではの楽しみ方というのが確かにある。7月27日、金曜日付の福島民報の野馬追特集にも、出陣する元競走馬が各郷ごとに紹介されていた。宇多郷のノヴォパンゲア、北郷のビッグショット、中ノ郷のアンレヴマン、小高郷のミエノワンダー、標葉郷のホロムアである。

「あの馬は今」の野馬追版とでも言おうか。第二、第三の馬生を、こうして人々に大切にされながら、伝統行事の主役として注目されている姿を見るのは嬉しいものだ。

 馬もそうだし、人間も、「野馬追つながり」で、ずいぶんたくさんの知り合いができた。

 まるで、これが最後の取材となったかのような書き方になってしまったが、来年も、再来年も行くつもりだ。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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