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超人・的場文男騎手の魅力

  • 2018年08月16日(木) 12時00分


 先日、地方競馬通算最多勝記録を更新した的場文男騎手の取材をつづけるうちに、すっかりファンになってしまった。

 これまでも、囲みやぶら下がりで取材をしたことはあったが、膝を突き合わせて話をしたのは、7月30日発売の「週刊ポスト」のグラビア4ページのためにインタビューしたときが初めてだった。

 取材日は、記録更新まであと9勝となった6月中旬の落馬負傷からの実戦復帰が近づいていた7月上旬だった。撮影を含めて1時間という約束だったのだが、残り15分ほどになっても、用意してきた質問コンテの3分の1も訊けていなかった。ロケットスタートから果敢に先行する騎乗と同じく、インタビューでもテンからガンガン飛ばすのだ。

 まったく予定したとおりには進まず、嬉しくなってきた。というのは、想定していた枠からハミ出してしまった部分こそが面白い記事の材料になるからだ。的場さんは、そうした材料を「これでもか」というくらい、次々と与えてくれる。

 怪我の話になると、突然立ち上がってズボンを降ろし、前述した落馬で20針縫った左ふくらはぎの傷を見せてくれた。少し前、大雪山に登山に行ったというからリハビリのためかと思ったら、夫人と一緒にラベンダーを見に行ったのだという。

 さらに怪我の話がつづくと、今度は下の前歯の部分入れ歯をカランと外した。2005年の落馬事故で、先に落馬した前の馬の脚が顎に当たり、上の前歯9本がジグザグに折れ、下の前歯が顎の骨ごと砕かれたのだという。

 ふくらはぎの縫い痕も、入れ歯も、こちらから「見せてください」とお願いしたわけではない。

 が、硬く盛り上がったくるぶしは、お願いして見せもらった。私は視聴しそこねたのだが、担当編集者とカメラマンが、的場さんがくるぶしに缶コーヒーを叩きつけ、缶が破裂したシーンをテレビで見たのだという。

「いい騎手は、ここで締めつける力が強いんです」と的場さん。馬体に押しつけつづけるうちに盛り上がったくるぶしを触らせてもらうと、骨ではなく鉄の硬さだった。ここまで来ると、もはや人間ではなく、もっと特別な力を持つ存在に思われてきた。文字どおりの超人、スーパーマンなのである。

 取材時間が残り15分を切ったので、撮影のため、会議室からコースへと移動しながら話を聞いた。「週刊ポスト」の読者層は団塊の世代がメインだというので、やはり、61歳という年齢について訊かねばならない。

 ――全国リーディングを獲った40代のころに比べ、衰えを感じることはありますか。

 そう質問すると「あまりないなあ」とサラリと答えた。

 上体を大きく上下させる「的場ダンス」と呼ばれる追い方は、肉体的な衰えをカバーするためにしている、と公言していることと矛盾するようだが、そうではない。

 確かに、握力や背筋力、持久力など身体能力そのものは衰えているのだろうが、騎手としてパフォーマンスは、それこそ的場ダンスであったり、経験の蓄積によるペース判断などによって、高いレベルを保ちつづけて落ちていない、ということだろう。そうでなければ、60歳を過ぎても100勝以上できるわけがない。

 記録更新まであと2勝となった8月1日からずっと密着取材をしてあらためて認識させられたのは、そのスタート技術の高さだ。ゲートがあいた瞬間、子や孫の世代の騎手たちより勢いよくポーンと飛び出す姿を見ていると、普通のアンチエイジングなどの概念が通用しない人であることがよくわかる。

 武豊騎手が年間200勝していたころより鐙を長くして乗るようになったのと同様、スタイルの違いは、「衰え」ではなく「変化」によるものだ。「騎手・的場文男」のパフォーマンスとステイタスを高いところで維持していくため、これからも、変化しつづけていくのかもしれない。

 大井ひと筋で騎乗してきた姿勢や、その風貌から、気難しい人なのかと思っていたら、あまりにいい人なので驚いた。熱くて、優しく、サービス精神旺盛で、支えてくれる人たちをとても大切にする。新記録を樹立したレースのウイニングランで、スタンドのファンに何度も丁寧に頭を下げていた姿が、的場さんの性格をよく表している。

 一度でも会って話すと、「自分は的場文男を知っているんだ」と自慢したくなる。「大井の帝王」は、そういう人だ。

 今回の取材でもっとも印象的だったのは、新記録まであと2勝としてから21連敗したうちの18連敗目、8月3日のサンケイスポーツ賞競走でハナ差の2着になった直後の言葉だ。

「今日ひとついいことがあった。それは、ひとつ勝つのがこれだけ難しい競馬で、よく7150勝もしたな、と思えたこと」

 次のレースのパドックに向かいながらそう言って、笑顔を見せた。

 ――またこの人が笑うところを見たい。

 私だけではなく、ほかの取材者にも、厩舎関係者にも、そしてライバルの騎手たちにもそう思わせる。

 それも、私が好きになった「的場文男らしさ」である。

 記録達成を祝うため、8月28日の大井競馬を「的場DAY」とし、入場無料で、イベントやセレモニーを行うという。

 さすが、45年かけて、魅力たっぷりのレジェンドを育てた競馬場だけあって、やることが粋だ。

 抽選で当たった230名が的場さんとのフォトセッションに参加でき、全員に祝賀マフラータオル「マトタオル」とTシャツ「マトT(マトティー)」がプレゼントされるという。230名は「ふみお」に合わせたのだろう。

 7000勝達成前と今回用意された「マトメーター」もそうだが、「マト○○」と造語をつくりやすいのもいい。的場ファンという意味で「マトマニア」という言葉があるのか検索したら、マトリョーシカが好きな人たちという意味で数件出てきた。今なら、言った者勝ちの状態だ。

 マトマニアのひとりとして、28日も大井競馬場に足を運びたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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